問われるネットでの人権感覚

 
 ジャーナリストの堀田貢得さんは、「ブログの発展が一番恐い。これまでテレビや映画、新聞が差別を拡大再生産させてきたが、もっとひどいことが起きてしまうのでは」といい、差別表現を指摘すると表現者から「言葉狩り」だと言われ、「表現の自由」を主張することについて、「井上ひさしさんは『表現の自由とはあくまで、権力に対する表現の自由。弱者に対しては、担保されていない』と指摘した。差別は人間を不幸にする。表現者は、差別とそれによる不幸を認識し、言葉による痛みを和らげる配慮を持つべきだ」とした。
 
 確かにネット上では少数であることを理由にいわれのない差別が起きている。在日外国人への差別、身体障害者への差別、そして性差別に職業差別。我々は無意識のうちにいわれのない差別をされ、また、差別をしている。
 
 人は誰でも他の人より優位でありたいと考える。勝ちたい、偉くなりたい、金持ちになりたい、と願う。しかしそれが叶わないとなると、その歪んだ考えの矛先を少数派に向ける。ネットであればその考えが希薄になり、群集心理も手伝って勢いが増す。
 
 他人に何の落ち度もないにも拘わらず、言葉をいい加減に発する行為は断じて許されない。人としての権利を侵害できる方法は誰にもないのだ。差別も健全な競争がもたらすものであれば、それは悪意のあるものではなく、善良な区別であるといえる。運動会で順位が付くものががそうである。1位の者を称えて、優勝できなかった者をなぐさめる、そんな優しさを誰もが持っていたことは忘れたくない。
 
 
☆ 飢えている人々に食べ物を与えることができるのにそうしないものは、だれでも殺人者である。(ラムネー)
 
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★ 差別表現 ブロガーも問われる責任と人権感覚(ITmedia News・08/6/9)
★ 「2ちゃんねるなどで社員中傷、法的措置を検討」毎日新聞社 英文サイト問題(産経新聞・08/7/1)
 
 

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