8月15日という日

 終戦記念日であるこの日は、近年特に靖国神社の首相参拝が報道される。
 
 個人の思想信条の自由を尊重すべきで、参拝自体を問題にすべきではない。靖国神社の特異な存在を考えれば、国内外の反発は理解ができる。問題なのは、参拝するという考え自体がよくないという論調が吹き荒れることである。
 
 過去にはしない首相もいたことであるし、したくなければしない、したいならする、その考えだけはどうしても尊重しなくてはならない。一国の長の思想が封じ込められるのは危険な方向である。
 
 戦争は二度とあってはならないというのは、世界が希求している周知の事実だ。スポーツで負けても「次は勝つ」といえるが、戦争でその考えを持つ人はいないであろう。
 
 敗戦の日、解放独立の日、戦勝の日、この8月15日に思いを託す人は国によって異なるであろう。今も戦争や紛争のある国や地域が存在するなかで、この日が戦争について考える節目になるといい。
 
 遺族のかたは思想信条を貫くために手を合わせているのではない。最愛の家族にその思いを手向けているのである。そして願わくわ、という考えはゆるぎのないたったひとつのことである。
 
 
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★ 靖国神社の戦後の歩みと現状(産経新聞)
★ 8・15 靖国参拝(毎日新聞)
★ 沖縄全戦没者追悼式典(本ブログ・06/6/24)
 
 
 
 

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