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透明な募金箱

 アメリカを訪れた際、コンビニのレジ横に透明なプラスチックの箱が置かれているのを目にしました。てっきり募金箱だと思っていましたが、それは「チップ入れ」でした。小銭が余った時には入れていましたが、入れなくても何の問題もありません。しかし、レストランなどで飲食した後、支払いとなるとチップのことを考えなければなりません。この習慣に不慣れなため、ある時、日本食レストランで食事を終え、チップを支払い忘れて店を出ようとしたところ、従業員が追いかけてきて支払いを促されたこともありました。
 
 こうした慣れない習慣とは対照的に、日本には「見える」形での善意の連鎖があります。2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震の直後、「東北地方太平洋沖地震の募金をお願いします!」という募金活動が活発に行われていました。東京でもかなりの揺れを感じ、映像で津波の恐ろしさを知ることになりました。私はその募金活動に積極的に協力しました。
 
 宮城学院女子大学心理行動科学科の1年生グループが行った興味深い調査結果があります。透明な募金箱と半透明の募金箱では、前者に4,140円、後者には297円の募金額が集まったそうです。さらに、透明な箱に千円札が投入された後には、一人あたりの募金額が増加したといいます。その他にも、被災前と被災後の被災地の写真を置いたところ、被災後の写真の方が募金をする人数と金額が増えたという結果も出ています。
 
 これはまさに人間の集団心理の一端を垣間見るようで、非常に示唆に富む調査研究です。特に千円札が見えた後に募金額が増えたという事実は、人々の行動が視覚的な情報や他者の行動に影響されることを示唆しています。
 
 この「透明性」という概念は、人への投資にも通じるところがあります。自らの内面を見せない人よりも、自らを曇りなく開示する人に人々は惹きつけられます。そうした魅力的な人には、自然と人が集まります。そして、人が集まっている光景はさらなる人を呼び込みます。魅力的な人には、時間やお金といった貴重なリソースを投じたいと人々は感じます。つまり、透明である人とは、募金箱が人々を集めるように、自らも周囲に「集まること」を発信している存在であり、単なる無機質な箱とは異なります。
 
 2011年3月11日の直後に行われていた募金活動で、駅前で若い人たちが横一列に並んで募金を呼びかけていました。私は列の真ん中で立っていた一人の女の子の前に進みました。彼女の持っていた箱は透明ではありませんでしたが、その姿は、まるで心が透明であるかのように見えました。それは、一番背の低い小学生の女の子でした。 
 
 
★ 義援金集め、募金箱透明なら額14倍 宮城学院女子大生調査(河北新報・12/12/7)
 

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