個人情報の思い出
昔の話。かつて住んでいた町に幼なじみの戸越さんという女の子がいた。顔も完全に覚えているが、私が転居したこともあり、彼女がいまどこで何をしているのか分からない。もう一度会いたいと思った。
当時彼女が住んでいた家に行ってみた。しかし家はあるものの表札が「戸越」ではない。そこで、当時通っていた南小学校に行って彼女の転居先を聞いた。
「戸越さんなら第一中学校に行っているのでそちらで聞いてみるといいですね」
と言われ、学区内であれば通うであろう彼女の家の近くにある第一中学校に行った。するとそこでは、
「戸越さんなら途中で武蔵野市立緑中学に転校しています」
と教えてもらった。
そこから車で1時間ほどの緑中学校に行った。職員室に入ると、
「戸越さんなら、△町○丁目に住んでいるよ」
と教えてもらった。
地図を確認し、10分ほど車を走らせたところにその家はあった。表札を確認すると間違いない「戸越」さんである。
ところで、そんなに簡単に女の子の家の個人情報を教えてもらえるものだろうか。1つの小学校と2つの中学で何と言って女性の住所を聞いたかというと単純に、「昔の幼なじみの女性を捜しています。どうしても会いたいので、今どちらにいるのか教えていただけないでしょうか」という質問しただけであった。
最初に訪問した南小学校では女性の先生が対応。「はいそうですか、と教えるわけにもいかないので」と言われた後、私の在籍当時の担任の名前、現住所と連絡先を聞かれた。次の第一中学では女性の先生が対応し、現住所と連絡先を聞かれた。
最終訪問地の緑中学校では、ジャージの上下姿の男性の先生が対応してくださった。
「わざわざそんなことのために来たの?戸越さんね。確かにうちに在籍していたよ」。
そう言うと、横に向けた体をこちらに向けて、「君は世田谷区立北中学校出身なのか。北中学校の前に■■という飲食店あるよな。あそこ、旨いよな」
「はい、美味しいですね!」
思わず微笑んだ。
「うちの息子、君と同じ北中学に通っているんだよ」
「え、そうなんですか!?」
そんな会話があったあと、現住所と連絡先を聞かれ、戸越さんの住所を教えてくれて「行ってみてごらん」となった。
当時は私も若く、純粋に人に会いたかったという”熱意”が伝わったものと思うが、当然ながら今の時代に”会いたい”という理由だけで転校先や住所などの個人情報を教えてもらうのは不可能である。今なら学校に入ってその旨伝えたところで門前払いとなるだろう。
昭和の時代の話であり、個人情報に関する扱いもゆるかったに違いない。先生がたは在籍時の担任の名前を確認したり、中学の前の飲食店の話をすることで、私が話した内容の整合性を判断したのであろう。
そんなわけで戸越さんの家の前まで行き、ドキドキしながらインターホンを押した。出てきたのはおばあちゃんと思われる声。口の悪かった戸越さんの言っていた「クソババア」である。私は戸越さんと同じ幼稚園、小学校出身であることを力説したが、「申し訳ないのですが、昔の話ですし、覚えておりませんのでお引き取りください」と面会を断られてしまった。
彼女の家を後にしたのは夕方。秋の夕焼けがむなしくオレンジ色の光を投げかけてきた。個人情報のガードが堅かったのは、戸越さんの家であった。
でも、会えなくてよかった。きっと少しばかり遊んだことなんて戸越さんは覚えていないだろう。こうして些細な過去を引きずるのは男のほうなのかもしれない。元気な女の子だった彼女との思い出は当時の記憶に封印したままのほうがいいのかもしれない。
純粋な思い出のある異性というのはきっと、一緒に遊んだこともなく声をかけることもできなかった、そんな切ない相手のことだ。伝えることもできず、臆病すぎて頭の中が真っ白な気持ちであったに違いない。真っ白な記憶のキャンバスにいろいろな記憶を描いて、新たな現実の世界を描いていくのが恋愛なのだろう。
私は戸越さんという女の子のことは特別に好きだったわけではない。わんぱくだったし口から出るセリフは汚かったし、学年も彼女はひとつ下だし、同じクラスの西本さんや竹内さんのほうがよっぽど好きだった。なのになぜ彼女に会いに行こうと思ったのかがよくわからない。もしかすると魅力的なひとというのは、恋愛対象として理にかなった感情を無視したところにいる存在なのかもしれない。戸越さん、元気でいるといいな。
(文中の登場人物、学校名は全て仮名)
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