言葉のリサイクル

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日本、最初のメダルは谷亮子の銅

  
 「最高で金、最低でも金」と発言した、田村亮子が最初にオリンピックで金メダルを取った映像はまだ記憶に残っている。口を両手で押さえ、146センチの体がピョンピョンと畳の上を舞った。田村にとって念願の金メダルはシドニー五輪でのことであった。その後、結婚してからのアテネ五輪では「谷でも金」として、旦那さんらが応援する中で見事に金のメダルを取った。
 
 「ママでも金」ということで臨んだ北京五輪は銅メダルとなった。日本に最初にもたらしたメダルである。谷亮子は終始うつむき加減で会場をあとにした。その後のインタビューでは、「負けは負けとして自分の中で受け止めている。残念と言うよりも、応援してくださった皆さんに感謝の気持ちでいっぱいです」とした。勝つことが当然のようになっている雰囲気がある中で、その重圧を背負うというのはどういう気持ちなのだろう。
 
 英語で「野球をする」は、”play baseball”、「テニスをする」は”play tennis”といい、動詞に”play”を使う。柔道はどういうかというと”practice judo”といい、”practice”(稽古する、練習する)という動詞を用いて表す。厳しい練習と地味な稽古の積み重ねは、素人の想像を絶することだったに違いない。
 
 礼節を重んじる武道は礼に始まり礼に終わる。畳の上のみならず、その後のインタビューでも一切愚痴をこぼさなかった姿勢は、武道に携わる人の礼節の極みであり、またその道の王者であるからこそのことである。少しくらい、「本当は、負けて悔しい」と言っても良さそうなものである。
 
 でもね、ヤワラちゃん。五大会連続メダル獲得の偉業は素晴らしいことです。嫉妬でもあり、敬意です。あなたの存在は、ニッポンにとって大きな一本でした。本当にお疲れさまでした。
  
 
☆ 人生の目標を達成しようとするとき、限界がたった一つある。それは自分が決めた限界である。(D・ウェイトリー)
  
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★ 残り33秒”不可解な指導” 谷、笑顔なき銅(産経新聞・08/8/9))
 
 

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