戌年から亥年へ

 
 人が時に「負け犬の遠吠え」などというように動物に例えるのは、動物を見下しているところがあるからに違いない。優位に立った人間は犬を狩猟の道具として家族に迎えた。その後は愛玩動物として家族に迎えた。
 
 座っている犬を見下ろしてしまっているように思えるが、それは錯覚である。上品にお座りしている彼らが我々を見上げているだけなのだ。
 
 来年は亥年。どうやら上品に見つめさせてくれそうにはない手強い年になりそうだ。
 
 しかし荒れるのではなく、張り切って痛快なことも苦難も乗り越えたい。飛び越える力はなさそうだが、当たって砕けろの精神は与えてくれそうな亥年である。
 
 
※当ブログが9月で3年目になりました。いつも読んでくださる皆さまのおかげです。ありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。
 
みなさま、どうかよいお年をお迎え下さい。
 
「言葉のリサイクル」文責:Nono
 
 
☆ 自分がこうなったのは環境が悪いからだ、と文句ばかりいう人がいるが、私は環境なんて信用しない。この世間でりっぱにやっている人物は、自ら立ち上がって望むような環境を探したか、もしそういう環境が見つからなければ自分で作り出した、という人たちなのだ。(バーナード・ショー)
 
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