言葉のリサイクル

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日航機墜落ともうひとつ、

  
 20年前の日航機墜落関連ニュースが毎年この時期に報じられると、必ず思い出すもう一つの「事件」がある。それはそれより2年前に起きた「旧ソビエト連邦軍による大韓航空機撃墜事件」(83年9月1日)である。
 
 アンカレッジからソウルに向かっていた同航空機はソ連の領空を侵犯した。ソ連の戦闘機は領空から出た同航空機をミサイルで狙撃、大韓航空機は樺太の海に散った。269人が死亡。当時、「見れば民間機と分かるものを、狙撃するとはけしからん」とソ連は非難を浴びた。
 
 そして。
 
 当時中学生だった私はその衝撃的な新聞記事を読んでいた。搭乗者名簿をみてハッとした。「東京都中野区白鷺イノウエミワ」とある。私の知っているイノウエミワさんなら同級生だ。当時は隣のクラスだったが、一年生の時は同じクラスで同じ班であった。彼女は物静かでいい子であった。
 
 でも、失礼だが「イノウエミワ」なんて名前はありふれている。別人に違いない。急いで同級生のイノウエミワさんの住所を調べた。うちの中学に通える町名は、「白鷺」か「上鷺宮」のどちらかだ。住所録をみると新聞のそれと同じ「白鷺」だった。
 
 そして残念ながら不安は現実となった。大韓航空機に乗っていたのは、同級生の井上美和さんだったのだ。
 
 重い空気の二学期の始まりだった。隣のクラスからは女子生徒の泣き声が聞こえ、私のクラスも重い空気に包まれて。
 
 存命あらば、井上さんは私と同い年。女として、女性として、一番華のあるときじゃないか。
 
 
 

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