ゲートのない有料駐車場はカメラで見張る→効果あり

 今年に行った川崎市内のステーキ屋さんの駐車場が面白かった。ゲートでの駐車券の受け取りも地面から車をロックする板もない。あるのはカメラだけである。カメラが入出庫状況、駐車位置を記録する方式だ。
 
 帰りの飲食代の精算時に、車で来たことを店員さんに伝えると黄色い紙を渡してくれた。その紙を店の入口にある精算機に入れる。車のナンバー4桁を聞かれるので入力すると、「この車ですか?」という表示とともに、私の運転してきた車が映る。正しいので「はい」を押すと、規定の時間内のために「料金は無料です。ご利用ありがとうございました」という旨の表示になるのである。
 
 これが今新しい駐車管理システムのようである。カメラがあることで犯罪の抑止力となっており、違法な入出庫がなくなったり店によっては万引被害も激減したという。精算しないで出た人も、次の来店時に払うこともあるという。
 
 フラップ板式もゲート式も道路を掘り返す工事が必要になるが、この駐車場システムだと、カメラと精算機の設置だけでよく、おそらく工期もそんなにかからないことは素人の私でもわかる。
 
 カメラによる識別技術が飛躍した。スマホでも顔認証でロック解除ができるようになった。虹彩認証、指紋認証、静脈認証などが増えると、もう何も持ち歩く必要がなくなるかもしれない。
 
 ステーキ屋での思い出は母との外食の最後の場所となった。母はステーキランチを注文し、私のと「ちょっと交換しようよ」と言ってペロリとたいらげた。もしあの店舗に今でも映像が残っているとしたら、完食に満足して微笑んでいる私と母が映っているのだろう。
 
 
★ 増える駐車券&ゲートなし有料駐車場、不正ないのか? 実は不正減少、万引きまで減少(乗り物ニュース・2019/9/23)
 
 

もっと飛べるかも

 跳び箱は危険であるというニュースがあった。小中学校で体育の授業における怪我の原因の1位が跳び箱であるという。組体操よりも死傷事故が多いようだ。跳び箱反対派は、「日常生活では全く使わない体の動きをすることに何の意味があるのか」と言い、跳び箱擁護派は、「できないことができるようになる達成感がある」などとした。
 
 組体操よりも受傷者が多いというのは驚いた。手首を捻挫したり、バランスを崩して頭から落下して上半身不随になる、跳び箱に腹部を強打して内臓破裂で死亡した例もあるという。
 

 桐蔭横浜大学スポーツ健康政策学部の松本格之祐教授は、「跳び箱は、両手をつき、体を前に投げ出す、という日常ではなかなかやらない動きが特徴。体の使い方に慣れていない状態で跳ぶと恐怖心を感じてブレーキをかけ,手に体重がかかる形になったりバランスを崩したりして事故につながることが多い」と指摘しています。身をかがめた人の背中に手を付き、跳び箱のように跳ぶ「馬跳び」を勧めます。子どもどうしでちょうどよい高さに調節できるうえ、助走しないために安全に体の使い方を習得できるといいます。(NHKニュース・2019/9/9)

 
 小学生の時、運動音痴な私が跳び箱を15段を跳んで英雄になったことがあるので、事故が多い理由で「廃止」などとなったらあまりに悲しい。松本教授の言うように「馬跳び」をオススメしたい。むかし、馬跳びをしたときに「Nonoが跳んだときは軽くて体重がかかっていなかった」と言われたことがある。その時はよくわからなかったが、その後大人になってその理由が少しわかったような気がした。
 
 ジャズダンスを習っていたときにバーレッスンの時間があった。バレイのレッスンでも見かけることのあるあれだ。あのバーには頼りすぎてはいけないというルールがある。あくまで軸足が立てているかどうかを見るものであるからだ。
 
 つまり誤解を恐れずに言えば、取っかかりを作るためのバーであり、バーがなければできないことではないのだ。あのとき馬跳びで「軽かった」と言われた理由としては、馬跳びも跳び箱も同様に、手をつくのは跳ぶための「取っかかりであるという意識」であって、手をつくことに気持ちが大きく依存する必要はないのだ。手をつくのは空中でバランスを整えるためのものであって、前方に跳ぶための勢いは助走と踏切板で構成されるのではなかろうか。
 
 馬跳びだと友だちの体に思いっきり叩くように手をついては申し訳ない。あまり触れないようにする意識をもっていたから「軽く」跳べた。
 
 ヒーローになった跳び箱は、開脚跳びではなくて閉脚跳びであった。最初は足が箱にぶつかる恐怖があったが、高さを低く設定され、「跳び越えるのではなく、箱の上に乗っかる」というのが最初の目標であったために恐怖心がなくなった。そのうち「これは跳び越えられる」と自信がついたことで次々と箱をとび越えた。
 
 しかし、1位はもうひとり男の子がいた。今もSNSで繋がっているが、こんな話をしたら彼は覚えているだろうか。運動神経のいい彼のことだ、体育の中の1つでしかない跳び箱なんて忘れているだろう。ならば忘れていてほしい。そんな小さいひとつの思い出くらい、一番でいさせて。
 
 
★ ”危険”なとび箱 どう防ぐ(NHKニュース・2019/9/9) 

働き方改革

 
 「お客様のいない時間に配達する方が悪い」
 
 「宅急便」を運営するヤマト運輸がかつて時間指定配達サービスをするに当たって語った言葉を覚えている。確かに不在時に配達するよりも効率的に再配達できるサービスは、荷物を配達する方と受け取る方両者に利益があった。しかしネット通販が拡大することによって、指定時間配達が困難になってしまった。
 
 ヤマト運輸の労使交渉では、追随する他の事業所も注目しているという。業界大手のヤマトが送料の値上げに踏み切ってくれれば、当然他の事象所も値上げしやすいというわけである。
 
 ことさらネット通販という身近なものであるがゆえにヤマトの「働き方」に注目が集まっているが、一方で、ヤマト運輸は健全な営業活動であり、あたかも利用者がヤマトに寄り添うような考え方はおかしい、利用者も健全な経済活動をしているだけだ、という声もある。
 
 勿論、利用者にしてみれば、合法的にネット通販などを利用して宅配会社を届けてもらっているだけで、はっきり言って事業所が大変だろうと何だろうと「関係ない」というものの見方も出来る。正しい。
 
 ヤマトに注目したいのは、今の少子化人手不足が如実に表れているライフラインだからである。物流が停滞すれば通常の経済活動にも支障が出る。再配達に関わるコストや排気ガスに交通渋滞を考えれば、無駄なコストはなければない方がよいという考え方が健康的である。
 
 人手不足はサービス業を筆頭にどの事業所でも頭の痛い問題である。人材がいないのではなく、人がいない。人が集まらなければ人を育てて人材にすることも出来ない。
 
 大手ファミリーレストランも、24時間営業の形態から撤退することを決めており、実行に移している。人口比率の波が大きく変わったことに加えて利用者の生活様式も変化した。人々が疲弊し、過労死の問題もある中で、さまざまな会社が働き方を変えようとしている。
 
 前のエントリで「微力ながら宅配ボックスを備え付けた」と書いた。利用者が宅配事業者に気を使う必要など全くないが、それも少しだけ経験のある仕事だからだ。
 
 再配達のシステムが確立していなかった時代、留守の家には気が済むまで何度も何度も車を走らせた。加えて携帯電話もなかったので在不在の確認も出来ず、重い荷物を持って高層階まで運び不在と分かった時の絶望感は今も記憶に残る。
 
 暑い日、荷物を届けると、年配の女性が「ちょっとまって」と言ってアイスキャンディーを差し出した。受け取れません、と断ったが結局頂戴することとなった。こうしたこと、ちょっとしたことが報われるので、ぜひ、ちょっとした改革で働く人たちが幸せになれるように考えたい。生身の人間が働きます、幽霊に働かせるのはもうやめましょう。サイダー味のアイスキャンディーはおいしかったな。
 
 
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★ ヤマト、労使で合意した「働き方改革」の全容(東京経済オンライン・2017/3/20)
 

バックヤードの楽しみ

 
 「バックヤード」という言葉をご存じだろうか。デジタル大辞泉によると、(1)裏庭(2)背景、バックグラウンド(3)店舗内で、売り場ではない場所。倉庫や作業場、調理場など、とある。これまで経験した職場のバックヤードというのは今考えればなかなか面白い。
 
 飲食店の事務所。ここは休憩室も兼ねているが、他店に比べて更衣室などのスペースも含めて広い。そのため当日勤務していない人たちも気軽に立ち寄って帰って行く憩いの場となっており、他店の従業員も「うちにはない雰囲気」と感心していた。
 
 電気店の事務所。ここには「要注意人物」として、店舗内で万引きしたことのある男の画像が印刷して貼ってあった。所内は狭く、在庫を取りに行くのに四つん這いにならなくてはならない変わった所であった。窃盗犯のかたたち、バックヤードで見られていますよ。
 
 商業施設のバックヤード。ICカードが無いと建物に入れない。通常お客さんが目に触れないような場所ばかりを通って荷物などを運ぶ。この迷路のような所を通って該当店舗にいかに早く行けるかが勝負であった。休憩スペースに行くと、場所柄女性従業員が多かったため、「目の保養になるね」と言っている男性も多かった。
 
 運輸施設のバックヤード。迷路度としてはハイレベルで、古い建物ゆえに特に複雑な作りとなっていた。他社の人も気軽に「お疲れ様です」と声をかけてくれたこともあり、楽しい思い出となった。
 
 なお、流通用語辞典の解説によると、「原則的には、このバックヤードは収益を生まないスペースであり、できるだけ効率的に活用する必要がある」とある。
 
 直接的に利益を生まないといっても、憩いの場であり交流の場であるバックヤードは重要な空間である。情報を共有して円滑な業務遂行に寄与する場所であり、そこでの立ち振る舞いの緊張感は舞台の「ソデ」のようであり楽しいものである。バックヤードの居心地の良さで舞台も華やかになるに違いない。
  
 
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個人情報の思い出

  
 昔の話。かつて住んでいた街で幼なじみの戸越さんという女の子がいた。顔も覚えているが、私が転居したこともあり、彼女がいまどこで何をしているのか分からない。もう一度会いたいと思った。
 
 当時彼女が住んでいた家に行ってみた。しかし家はあるものの表札が戸越ではない。そこで、当時通っていた南小学校に行って彼女の転居先を聞いた。
 
 「戸越さんなら第一中学校に行っているのでそちらで聞いてみるといいですね」
と言われ、学区内であれば通うであろう第一中学校に行った。するとそこでは、
 
 「戸越さんなら途中で武蔵野市立緑中学に転校しています」
と教えてもらった。
 
 そこから車で1時間ほどの緑中学に行って確認した。
 
 「戸越さんなら、○丁目に住んでいるよ」
と教えてもらった。
 
 地図を確認し、10分ほど車を走らせたところにその家はあった。表札を確認すると間違いない「戸越さん」である。
 
 ところで、1つの小学校と2つの中学で何と言って女性の住所を聞いたかというと、単純に「昔の幼なじみの女性を捜しています。どうしても会いたいので、今どちらにいるか教えていただけないでしょうか」という質問であった。
 
 最初に訪問した南小学校では女性の先生が対応。「はいそうですか、と教えるわけにもいかないので」と言われた後、私の在籍当時の担任の名前、現住所と連絡先を聞かれた。次の第一中学では女性の先生が対応し、現住所と連絡先を聞かれた。
 
 最終訪問地の緑中学では、男性の先生が対応。
  
「わざわざそんなことのために来たの?戸越さんね。確かにうちに在籍していたよ。Nono君は世田谷区立北中学校出身なのか。北中学の前に■■という飲食店あるよね。あそこ、旨いよな」
 
「はい、美味しいですね!」
思わず微笑んだ。
 
「うちの息子、Nono君と同じ北中学に通っているんだよ」
 
「え、そうなんですか!」
 
という会話があったあと、現住所と連絡先を聞かれ、戸越さんの住所を教えてくれて「行ってみてごらん」となった。
 
 当時は私も若く、純粋に人に会いたかったという”熱意”が伝わったものと思うが、当然ながら今の時代に”会いたい”という理由だけで転校先や住所などの個人情報を教えてもらうのは不可能である。今なら学校に入ってその旨伝えたところで門前払いとなるだろう。
 
 昭和の時代の話であり、個人情報に関する扱いもゆるかったに違いない。先生方は在籍時の担任の名前を確認したり、中学の前の飲食店の話をすることで、私の話の整合性を判断したのであろう。
 
 そんなわけ戸越さんの家に行き、ドキドキしながらインターホンを押した。出てきたのは祖母と思われる声。口の悪かった戸越さんが言っていた「クソババア」である。私は戸越さんと同じ幼稚園、小学校出身であることを力説したが、「申し訳ないのですが、昔の話ですし、覚えておりませんのでお引き取りください」と言われてしまった。
 
 そこを後にしたのは夕方。秋の夕焼けがむなしくオレンジ色の光を投げかけてきた。個人情報のガードが堅かったのは、戸越さんの家であった。
 
 でも、会えなくてよかった。少しばかり遊んだことなんて戸越さんは覚えていないだろう。こうして些細な過去を引きずるのは男のほうなんだろうな、と。
 
 女の子が覚えている異性というのはきっと、一緒に遊んだこともなく、声をかけることもできなかった、そんな切ない異性のことだ。伝えることもできず、純粋すぎて臆病な気持ちであったに違いない。
 
 
(文中の登場人物、学校名は全て仮名)
 
 
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あなたは自分を押したことがあるか 自分の衝動は急には止まれない

 
 
 本ブログのアクセスを見ていると、2009年1月19日に書いた「引きこもりからロックバンド 欧米進出の『ガガーリング』」のアクセスが増えていることに気付いた。そして投稿に貼り付けられている広告を見ると「うつ病」関係と「ボイストレーニング」関係の2つが貼り付けられていた。内容にあっていて興味深い。
  
 ロックバンド「ガガーリング」のボーカル・マイムさんはうつ病を患っていたが、ローリングストーンズのライブを見に行き、自分も歌ってみたいと一発奮起し頂点まで上り詰めた。現在は実家に戻り、旅館の若女将として違う人生を歩んでいるとのことである。
 
 うつ病とボイストレーニングという広告であったが、もっとふさわしい広告はないものかと考えた。しかし広告は広告。必ず人を導く魅力のあるものだけとは限らない。
 
 マイムさんの事を書いているときに気がつかなかったが、私もふさぎ込んでいたことがあり、治りかけたころにボイストレーニングを受けに行ったことがある。マイムさんと似通った部分があった。私はマイムさんのように人を感動させたい、とまでは思わなかったが、暗いトンネルから抜け出すのに光の道筋を手に入れたかっただけなのだ。3年通ったおかげでカラオケに行くのが苦ではなくなった。
  
 
 もし心の病に倒れている人がいたとしたら、必ずしもマイクを握る必要はありません。みんな辛いこと隠してる。大人になると、悲しみも喜びも大きく受け止めることになります。大きな悲しみを受け取ってしまったら、それよりも大きな喜びを受け取るために、小さな一歩を踏み出して、そっと、声を張り上げましょう。それならできますよ。
 
 
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★ 引きこもりからロックバンド 欧米進出の『ガガーリング』(本ブログ・09/1/19)