大津市内の中学校で卒業式が行われ、越直美市長(36)がいじめを受けていた体験を語った。「36年の人生で、2回死にたいと思った。小学3年と高校1年の時にいじめにあった」とした。その後に「米国留学をして考え方が変わった」とした。この中学校で昨年男子生徒(当時13)がいじめが原因で自殺をしたことに触れ、「1年前に戻ってこの話をしたかった。大津市にとって大きな損失だ」と涙を流して語った。自殺した男子生徒の両親は、市と加害生徒らに対して損害賠償を求めて提訴している。
子供は他人の容姿などについて平気でものを言う残酷な人種だ。いじめることはいけないと知っていても、加減を知らないので結果として加害者であり続ける。それを断ち切るには周りの大人がいけないことはいけないと声に出すことである。
被害者は精神的にも幼く、大人のように苦しみに耐えたり逃避したりする術を知らないので被害者であり続ける。それを断ち切るためには、知見を広く持つことだ。狭い学校ではなかなか難しいかも知れないが、本を読んだり音楽を聴き、また越市長のような人から体験談を聞いて思いとどまって欲しい。
学校側が「いじめと認識していなかった」と判で押したようなコメントを出すが、昭和の時代から悲劇は絶えない。毎日生徒と接していながら知らないふりをするのであれば、子供達の心はどこを拠り所にすればいいのか。被害者の傷ついた心は。加害者の汚れた心は。
アインシュタインの言葉で、「経験したことだけが知識であり、それ以外はただの情報に過ぎない」というのがあるが、1つ加えたい。「しかし経験しても活用できなければ、それは依然として情報のままである」と。
いじめた側も、いじめられた側も、見て見ぬふりをした臆病者も、経験したことを忘れるな。
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★ 最年少女性市長「死にたいと・・」イジメ体験語る(読売新聞・12/3/13)
★ いじめ自殺:大津市長が卒業式で自身の体験語る 滋賀(毎日新聞・12/3/14)
★ 大津・中2転落死:「いじめ自殺」賠償提訴 両親、市と加害生徒らに(毎日新聞・12/2/24)
★ 郵便局で職場内いじめ 腹蹴られ、退職強要される 公務災害認定で解雇取消 静岡(本ブログ・10/7/4)
★ 職場のいじめで不安障害、抑うつ状態を発症 富士通の元女性社員に労災認定 大阪地裁(本ブログ・10/6/23)
タグ: 倫理
この手の事件は減らそうという気がないとしか思えない。松山市立中学の男性教師(51)が昨年末から今年1月にかけて、教え子である女子生徒の体を触るなどしたうえ、その母親と性的関係を持っていたことが分かった。
男性教師は昨年12月、学校近くで泣いていた女子生徒に「家に送る」として車に乗せて体を抱くなどし、その後も2回、進路相談を理由に校外に待ち合わせて車内で女子生徒の体を触った。母親に対しても昨年末から「生徒の進路で相談がある」と会うように求めた。
1月になり生徒が学校に相談。2月には母親が学校に「妊娠した」と伝えた。学校が教師に事情を聞いたところ「生徒を慰めようと体に触れた。母親との関係は合意の上だった」と話した。退職願を出したうえで2月10日から休職し、学校は20日に受理したという。
校長は読売新聞の取材に対して、「生徒への行為はわいせつとは考えておらず、母親との関係も男女間の問題だが、教諭の行為としては不適切と考えている。ただ、母親から『誰にもいわないで欲しい』と言われ、市教委や警察への連絡や通報を控えた」と話している。愛媛県警によると、女子生徒は2月に警察署へ相談をした。
「合意の上だった」母親との関係であるから、妊娠させたのであれば責任を取らなくてはならない。そこまで覚悟の上での大人の関係であったのか。生徒にいたずらをし、母親とは不適切な関係。
学舎(まなびや)という言葉を辞書で引くと「学問をするところ。がくしゃ。学窓(がくそう)。まなびのまど『ーを出る』」(広辞苑)とあった。「学窓」とはなんときれいな言葉であろう。
中学の時、席が窓際の同級生が羨ましかった。暑いときは一番早く風に当たることができるし、寒いときは暖かい日差しを真っ先に受けられる。昼食後の5時間目というのは、心地よい風や日差しの方を向きながら、先生の声が遠くに聞こえた瞬間もある。
窓に映るのは、同級生の姿であり、先生の顔であった。先生がたは怖い先生もいれば、優しい先生もいた。自分がしっかりしていなくても、先生がしっかりしてくれていた。しっかりしていない先生はいなかった。先生は鑑だけではなかった。厳しいことを映し出し、時には優しい陽をさしてくれた窓のようであった。そして、先生と生徒の間には割ってはいけない、この厳粛な窓というのが存在したものだった。
(12/9/14追記)
公判中の被告(52)が懲戒免職処分となった。教委では本人が事実関係を認めたことから処分を決めた。教委は「言葉にならないほど遺憾」。
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★ 生徒に触り、母とも関係持った不適切教師(読売新聞・12/3/8)
★ わいせつ教職員、評価は多くが「真面目で熱心」(読売新聞・12/3/8)
★ 生徒にわいせつ行為をした元校長 市に賠償命令 鹿児島・鹿屋市(本ブログ・12/3/2)
マインドコントロールが解かれる日は
かつてオウム真理教の信者とジャーナリストや評論家がワイドショーで”対決”していたことがあった。現役女性信者が「児童相談所が勝手に連れ出した子供達を返して欲しい。国家による弾圧だ」などと主張した。これに対して、ジャーナリストの江川紹子氏が、「ならば、教団に連れて行かれた子供達を返して欲しいと訴える親の気持ちは分かりますよね」と畳みかけると女性信者は黙ってしまった。当時、教団施設に入所した若い信者を取り戻そうと、親御さんたちが何度も施設を訪れたが、教団側に「本人の意志だ」などとして門前払いの状態であった。
ところで、マインドコントロール状態になっている女性がいたとする。その女性は、自称占い師と同居するという奇妙な生活を送っていた。女性は占い師の言うことを聞くが、それ以外の人の話は聞かない状態でいた。宗教問題にも詳しい、紀藤正樹弁護士はツイッターで、「脱会や精神操作の離脱にインスタントな方法はありません」と投稿した。
同居していた占い師が法律で裁かれるとしたらなんであろう。何らかの理由をつけて、行動を制限していたのだとしたら強要罪にでもなるのかもしれないが、占い師が裁かれることよりも、解決すべきはマインドコントロールされている女性のほうである。よい教えは説かれるが、悪い教えは解かれなくてはならない。
信じるものは救われる。しかしそれには、正しいことを信じるという前提がある。間違ったことを信じて心あらずの状態である女性を取り戻そうと、関係者による必死の説得が静かに行われている。早くなくてもいい、確実にみんなの元に戻ってくることを、祈っています。
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★ オセロ中島、芸能界復帰に意欲 母”奪還”語る(産経新聞・12/3/6)
★ 貸主、本木雅弘 円満解決望む オセロ中島問題(産経新聞・12/3/6)
新聞記事に見る”紋切り型の表現”
「夕刊ガジェット通信」に「記事の最後で「興味深い」「注目だ」と締めても意味ないよな」と題した記事が載っている。そこではメディアアクティビストの津田大介氏のメールマガジンから、新聞記事などに使われる「締め言葉」について批評がある。メールマガジンに読者から質問のあった内容に津田氏が答えている。
質問内容は「速水健朗さんのブックレビューで『興味深い』という締めは、やっつけ仕事観が強くてプロのライターとして最低」「ライターさんの中では『これを使ったら手抜き』というお決まりのフレーズはあるんですか?」といった内容だ。
津田氏は以下のような内容を答えている。(矢印右は津田さんのツッコミ)
・「議論を呼びそうだ」→ お前が波紋を呼ばせたいんだろ。
・「ますます目が離せない」→ 一生離しとくな。
・「注視したい」→ 問題意識を持っているのであれば、今後ちゃんとアクション取れよ。
・「これからも勢いは加速しそうだ」→ とりあえずホメとけ、なやっつけ感満載です。
・「私だけだろうか」→ 本当はお前だけだとは思ってないんだろ。謙虚ぶるな。
という具合である。
新聞紙面はこうしたステレオタイプ(決まり切った型・新鮮味がない)表現が多い。「議論を呼びそうだ」は世論を煽っているとしか思えないし、がっかりした様子を表す「肩を落とす」、他にも、「眉をひそめる」、「嬉しい悲鳴」、「唇をかむ」などがある。
いずれも表現していることは分かるのだが、毎回使われると事実と言うよりも、よくある情報という感じがして新鮮味がない。こうした表現が生きるかどうかは記事の内容にもよる。決まった言い回しが多いのは政治家の答弁などが代表的であるが、こうした事実を扱うときは紋切り型の表現もあってもよい。政治家の話し方は新鮮味がないからだ。
しかし事件報道などの周辺住民への取材などでは、表現の仕方というのを多少なりとも工夫した方が良い。事件事故が悲惨になればなるほど、表現には注意が必要であり、残虐さや悲惨さを伝えるには”常識的な言葉使用の揺らぎ”が必要である。「唇を噛んだ」や「肩を落とした」というだけでは、いつもの表現過ぎてその事実に新しさがない。表現にツヤを求めないのであれば、ひたすら事実の羅列でもした方がましである。
前述の表現の類が昔から嫌で仕方がなかった。ゆえに当ブログではそうした表現を使っていない。と思ったら「肩を落としている」という表現が1度だけあった。限られた紙面で物事を伝えるのは難しい。あらゆる出来事は無限である。それに呼応する術は型破りであるべきだ。
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★ 記事の最後で「興味深い」「注目だ」と締めても意味ないよな(夕刊ガジェット通信・12/2/28)
★ 津田大介の「メディアの現場」(メールマガジン)
店内での写真撮影は是か非か マナー違反と法律違反
街へ出ればあちこちで写真撮影する人たちが増えた。デジタル一眼レフカメラが安価になったこともあるが、何と言っても携帯電話の普及が後押ししている。そんな中、飲食店での撮影は「マナー違反」という声があることも知っておかなくてはいけない。
飲食店では「シャッター音やフラッシュが不愉快」「場所と雰囲気をわきまえずに撮るのはマナー上問題」というのは客の声だ。マナー講師の平林都さんは「食事の際に携帯電話やカメラを取り出すこと自体マナー違反」という。
お店側の声はというと、「料理はお客様の反応を常に意識しながら作業をする繊細な仕事。シャッター音でおもてなしに集中できない」(東京・日本橋の和食店)
「シェフが懸命に作り上げたメニューを断りもなく写真に撮ってブログなどで気軽にオープンにされてしまうことには抵抗がある」(某イタリアン店)
「当店には政財界のVIPもお見えになるので写真撮影は一切禁止。お料理の撮影もご遠慮戴いている」(銀座のフレンチ店)
「お店の宣伝にもつながるかも知れないのでどんどん撮って戴きたい」(エスニック料理店)と、賛否は分かれるようである。(NEWSポストセブン・12/2/13より抜粋)
法律的にはどうなるか。意識して見ると、デパートや飲食店の入り口に「店内撮影禁止」と掲げてある店舗がある。そのように意思表示をしたお店側が撮影を承諾していないのに撮影をすれば、民事上の債務不履行による損害賠償請求をされ責任を取られる可能性がある。撮影する理由があるのなら、事前に承諾を得た方が良さそうだ。
よくニュースになるのが盗撮である。こっそり撮影すれば肖像権の侵害等にもなりかねない。スカートの中を盗撮というのは無論、都道府県の迷惑防止条例に抵触する行為であり言語道断だ。なお、過去にはスカートの中ではなく、女性の後ろ姿や服を着た状態での上半身を撮影して同条例違反で検挙された者もいる。買い物以外の理由で建物に入って無断で撮影を行えば、建造物侵入罪にも問われかねない。
話を戻して、ではなぜお店側は「撮影禁止」と掲げているのであろう。理由はいくつか考えられる。
・店内装飾デザイン等の意匠権を保護する理由。
・来店客のプライバシーの保護。
・防犯・保安上の理由によるもの。
といったところであろう。
ここまで書いていて、「街を無断で撮影しているグーグルストリートビューはどうなるか」というのを思い出した。主張が繰り返しになるので下記リンクを参照されたい。
誰もがブログやSNSで撮影した写真を公開するようになった。お店の雰囲気や状況に合わせて遠慮することも必要になる。一緒に食事に行った人が目の前で一生懸命携帯を叩いているのを見ると、「せっかく食事をしに来たのになぁ」と思ってしまうのは確かである。お店や街中でレンズを向けるときには、被写体にピントを合わせるだけではなく、被写体以外の部分も考慮しなくてはならない。シャッターボタンを押す前にもう一度確認を。
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★ 料理店主任 料理を断りなく写真に撮りネット公開に抵抗あり(NEWSポストセブン・12/2/13)
★ 店内を撮影したら犯罪になる?(法、納得!どっとこむ・10/9/29)
★ ストリートビューは続けられるのか(本ブログ・09/2/8)
★ 本当に守りたいプライバシーとはなんだろう 現在過去未来(本ブログ・10/5/29)
★ 飲食店で料理の写真を撮るのはマナー違反か?(NEWSポストセブン・12/2/10)
米国テレビ番組の動画がある。ダウン症の男性がレジで袋詰めをするが、彼に対して「もっと早くできないのか」「うすのろ」「私の言っていることが分かる?」などと罵声を浴びせる。しかしこれは、罵声を浴びせている方もダウン症の男性も俳優さんだ。つまり「仕掛け人」。これはスーパーのレジでそうした文句を言っている人の後ろに並んでいる人の反応を見る番組の実験だった。
ひどい言葉にただうつむくだけの人、仕掛け人の「あなたもそう思わない?」という質問にうなずくだけの人。そして、仕掛け人に対して声を荒げて注意する人も現れる。
もしこういう場面に遭遇したらどうするか。恐らく一番多いのは見て見ぬふりをすることであろう。傍観者になることで問題に巻き込まれなくて済む。しかし傍観者というのは、そうした加害行為に対して止めることをしないのであるから、傍観しているだけでも加害行為に充分加担しているといえる。
こういった場面に遭遇した時に人は試される。自分の正義を貫く人なのか、困っている人に手を差し伸べる人なのか、何もせず、いてもいなくてもどうでもよい人なのか。
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★ 自転車事故をきっかけに車いすが不要になった奇跡(本ブログ・11/12/11)
広島県内のマクドナルドの少なくとも3店舗で、学校の制服姿での来店や店内飲食を終日、または夕方以降断っていることが14日分かった。広島県教委は県立高校生の迷惑行為が一因とみて、校外巡回指導などを強める。
そのうちの1店舗では県立高の生徒が店内で騒いだり、トレーを投げたりしたという。同店では11月23日に「学生服姿及び、保護者同伴でない未成年の午後5時以降の店内飲食」を断る文書を入り口に掲示した。同店を利用する客は「制服姿で店内を走り回ったり、注文せずに机を占拠したりして他の来店者が入りにくかった」と話す。
一方で、ある女子高校生は「私服なら店で食べられるのに」と困惑し、別の女子高校生は「一律ではなく、マナーの悪い子供に個別対応して欲しい」と語る。
日本マクドナルド(東京)の広報では「来店制限は把握していない。会社として学生服姿の来店を制限する基準や方針は設けていない。当該店に事情を聴く」としている。
県教委では「生徒の問題で店に迷惑をかけた。校外での指導を強め、規範意識の育成に取り組む」と話している。
最近、都内のマクドナルドでこれと同じような光景を目にしたところだった。2階席に座ると、フロアの半分が制服姿の高校生に占拠されていたが、食べ終わったのか最中なのか分からないトレーが乱雑に置いてあり、人数の大半はそこにはおらず、残った生徒は携帯をいじっていたり、椅子を並べて寝ている生徒もいた。
かつて都内のマクドナルドで、こうした状況を注意している光景に2度出会った。1度目は大学のサークルのような団体が20人ほど飲食をしながら騒いでいた。男性の店長らしき人が現れ、「他のお客様の迷惑になりますのでお帰り下さい」と言って退散させた。
2度目は別の店舗で朝方に4人の若者が寝ていた。それを男性の店長らしき人が注意をしに行った。4人のうちの1人は店長をにらんでいたが、店長は彼らがそこを立ち去るまで動かなかった。結局4人は店を後にした。
別のファミリーレストランでは、夜中に寝ていた男性客に対して、社員と思われる男性が「ここは寝る所じゃありませんよ。それを飲んだらお帰り下さい」と注意していた。
かつてのマクドナルドというと、こちらが恐縮してしまうほど接客が素晴らしいと感じていたが、最近はそういう感じがなくなった。早く注文しないといけないような雰囲気で落ち着かない。店内は汚れているところも多く見受けられた。
制服に限らず、若者が騒いでいたりする光景は時々目にすることがある。そういった客に対して、張り紙一枚で一律に規制をするのは不思議。商売をしている以上、個々のケースに対処する必要がある。
問題のある客というのは早めに注意をしないと増殖する。1つ1つのケースに対して時間をかけて解決することで店内の不穏な空気は払拭できる。騒いでいる客の方が間違いなく悪いが、それに対して毅然とした対応を取ると良いお客さんが必然的に増えるのである。
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★ マック、制服生徒の入店制限(中国新聞・11/12/15)
千葉県柏市で7日、女子大学生(20)が「男に切られた」と交番に届けた事件は、この大学生の虚偽申告だと分かった。千葉県警柏署はこの大学生を軽犯罪法違反(虚偽申告)で千葉地検に書類送検する。
大学生は7日午前、柏署新柏交番に「自宅近くで男に切られた」と届けた。左脇腹に4カ所の切り傷があったが、大学生が着ていた洋服などが破れていないことなど不審点があったため同署で調べていた。
まずはこれで柏の”通り魔”事件が解決したことになるが、女子大学生は肝に銘じなくてはならないことがある。この虚偽申告によって、必要のない警察力を動かしたこと、そして何よりも地域住民を不安にさせたことである。
隣接する埼玉県三郷市の通り魔事件では、男子高校生が殺人未遂容疑などで逮捕されたが、まだ他に通り魔がいるのではないかと保護者や子供を恐怖に陥れたことは断罪されなくてはならない。茨城県下妻市で起きた”通り魔”も”被害者”である女子中学生の虚偽だった。虚偽申告の模倣の連鎖だ。
今回は軽犯罪法違反で検挙となったが、警察や学校に警戒を余儀なくさせたということになれば、威力業務妨害で逮捕されることもあり得る。「みんなの気がひきたかった」と話しているそうだが、大学とはそんなに寂しいところなのだろうか。
友達の有無や人数を問題にしているのではない。寂しい大学生活というのは、独りで黙々と勉強したり何か打ち込むことができない状態のことである。自分の寂しさを紛らわすために取った今回の行動は、大学生にしてはあまりにもつたなすぎると反省しなくてはならない。
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★ 千葉の女子大生「切りつけ」はうそ 「気ひきたかった」(朝日新聞・11/12/17)
★ 柏で女子大生切られる 茨城では中1女子生徒が 模倣犯か(本ブログ・11/12/7)