極楽とんぼ山本圭一が、未成年と飲酒をしてわいせつ行為におよんでいたことで、吉本興業をクビになった。
驚いたのが、彼が所属していた「茨城ゴールデンゴールズ」監督、萩本欽一さんが「チームを解散する」と発表したことだ。欽ちゃんいわく、「山本だけの責任じゃない。大好きな野球だけどやめることにしました。みんな、ごめんな」。これに対して、周囲やファンからは驚きの声が上がっている。
欽ちゃんは根っからの野球好きとして知られ、「もう一つの甲子園」と言われている定時制高校の野球大会(東京・神宮球場)に毎年足を運んでいることは有名だ。それゆえに野球に対する信念というものがあるのだろう。
草の根活動が地域に貢献し、社会人野球に貢献し、野球界にも話題を振りまく。小さな組織からスターが出ることも珍しくない。欽ちゃんはお笑いで多くの人材を育ててきた。解散という決断も、欽ちゃんの哲学に照らし合わせたことに違いない。
不祥事を起こせば、これだけ多くの人に迷惑がかかるという認識が薄いのが一部の大人たち。ましてテレビに出る人間であれば、そうした規範意識は強く持っていないといけない。
欽ちゃんが野球をやめるという決断は、山本にとって自分が吉本をクビになることよりも驚いたことであろう。彼はわいせつ行為の被害者のみならず、こうした人たちに対しても罪を償わなければならない。
茨城ゴールデンゴールズの関係者はチームの存続のための署名活動を始めた。やめないで、というファンの声も多い。お笑いの世界で走・攻・守、均等のとれた欽ちゃんがした決断。その決断は尊重したい。しかし、お笑いも野球もお客さんあってのこと。ファンの声にもう一度耳を傾けていただきたい。
☆ 他人の過ちから学ぶことが必要だ。自分でそれらすべての過ちをするほど長生きはしないのだから。(ハイマン・リッコーバー)
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★ 欽ちゃん泣いた 茨城GG解散へ(毎日新聞・06/7/20)
★ [会見] 山本の責任をとり欽ちゃん球団解散へ(7月26日まで配信) Yahoo!ニュース・エンターテイメント
月: 2006年7月
深夜、テレビをザッピングしていたら爆笑問題が出ていた。場所は東京大学駒場キャンパスだ。東大の先生がたと「教養とは何か」といった内容でのシンポジウムだ。
爆笑問題の太田光が言っていたのは、
1.「大学の先生は社会との接点がないので、守られている」
2.「東大で学んでいれば安心という姿勢は間違い。東大を疑った方がいい」
3.「東大の研究著書など読んでも分かりにくい。表現力がない。立花隆さんの方が分かりやすく面白い」
といったことだ。
学問というのは道楽だと思っていたので「1」の太田発言は昔なら賛成していたが今は違う。その社会との接点を削ってまでする道楽のおかげで、新薬が開発されたり、文化の深層部分が解明されたり、そして「3」の分かりにくい研究著書を分かりやすくしてくれる。
「2」には賛成。教養は受動的な姿勢でなく、常に攻撃的であるべきだからだ。受け身の姿勢で学ぶのは高校までだ。
「3」だが、一般的な語彙を用いて文を書くのは平易で理解されやすいが、端的に専門的なことについて語るとき、専門用語を用いた方が早い場合がある。このバランスが難しいのだが、専門的であればあるほどマニアっぽい文体になってしまうのは仕方のないことであろう。
太田光がほとんどしゃべっていて、先生方に対して失礼な発言もあったが、よくいろいろ考えているものだと感心した。学生の質問にも真摯に答えていた。
チンパンジーの研究をしている教授がいた。「チンパンジーはすぐ切れる。しかし、人間はお節介なほど他人に優しい部分がある」。
イモリの研究をしている教授は、「人間の遺伝子はイモリの40分の1しかない。イモリは人間にはない進化した部分を持っている」。手足を切っても再生するイモリ。その遺伝子研究を人の医学に応用すべく研究しているという。
果たして我々人間は自分たちで思っているほど高等な動物なのだろうか。他の動物は平和に暮らしているが、時に人間は歴史に汚点を残すほど暴走する。そんな人間を他の動物はどんな教養を持って見ていることだろう。
教養とは、知的好奇心を尊い、慕って、一生追い求める恋の対象のようなものである。
☆ 学校で教えることも必要だけれども、教えているのは過去のことなんだ。ほんとに問題なのは、未来なんだな。(本田宗一郎)
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悪質リフォームで自宅失う
都内の79歳の女性が、不要なリフォーム契約を迫られた際に、家の権利書を持ち出され、無断で売却されていたことが分かった。現在女性は、生活保護を受けてアパート暮らしをしているという。女性は当時、役所や警察に相談したが、対応してくれなかったという。「権利書を渡し、押印もある」というのがその理由だ。
女性は家を売り渡す意思があったわけではない。「リフォームに必要な書類として」などといわれて、半ばどさくさに紛れて権利書を渡し、押印している。
であれば、錯誤(勘違い)で契約そのものを無効か取り消しに出来ないものか。この事態が放置されれば、似たような事案が頻発することになる。
リフォーム会社は「その担当の者が辞めている。入社時に書かれた住所も架空のもので所在不明」といっている。事実であれば、架空の住所を記している者を雇っている側には使用者責任がある。
社会的弱者を救済できない法など存在の意味がない。あらゆる法令を駆使して逃げている男を見つけるべく、法の番人たちに動いていただきたい。法の盲点は、悪漢を増やすのみならず、被害者をも増やしてしまうことにある。
☆ 他人に対しても、自分に対しても親切であること。人の生きるのを助け、自分自身の生きるのを助けること。これこそ真の思いやりである。(アラン)
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★ <悪質リフォーム>79歳女性、自宅失う 権利書持ち出され(毎日新聞・06/7/16)
★ 知的障害の男性、家などを奪われる(本ブログ・05/11/14)
元アイドル 甲斐智枝美さん死去
GOGO!チアガールという30分の青春ドラマがあった。出演は三原順子、島田歌穂、そして甲斐智枝美だった。三原順子は金八先生でその頭角を現し、島田歌穂はその昔「ロボコン」のロビンちゃん役で登場。現在はミュージカルなどを中心に活躍している。
甲斐智枝美は歌手としてはあまりヒットしなかったものの、その可愛らしい笑顔、パッチリとした瞳がとても印象的だった。
男の子が2人いるとは知らなかったが、きれいなママの早すぎる死はショックであろう。心をときめかせたアイドルの1人の早すぎる死というのは非常に残念である。心不全、43歳の生涯だった。
☆ 友よ、私が死んだら墓に一本の柳を植えておくれ……。(ミュッセ)
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★ 元アイドルの甲斐智枝美さんが死去(読売新聞・06/7/12)
デジタルメディアが一般に普及したことにより、対面的なアナログコミュニケーションに加えて、「バーチャル」でのコミュニケーションも盛んになってきた。ブログやmixiに見られるように、目の前にいない友人・知人、または面識のない人たちとも盛んに交流ができるようになったのは、一昔前では考えられなかった現象である。
そうしたものや、メールやチャットで面と向かっていえないような感情を吐露することができるようになったのはよい側面である。
一方で、ネット上というのは公道、すなわち公の場でもあるにも関わらず、その交通ルールを無視して「運転」しているものが少なくない。ネット上の掲示板では、犯罪予告なるものがその実効性の程度に関係なく書き込まれ、新たな犯罪の温床ともなっている。
公道であるネット上は、慎重に運転をしなくては事故につながる。例えば、ブログで他人のエントリにコメントを書き込むときに、不快な表現を用いればブログの管理者のみならず、他者がそれを読んでも不快感を覚えるだろう。
これはネット上を「仮想空間」、すなわちゲームの空間として勘違いしているものが多いからである。ゲームは敵がいて、その敵を抹殺しても実在する人間の誰も傷つくことはない。しかし、ゲームもPCも同じモニタに向かっていると、ゲームとネットを混合して考えているものがまだまだ多いのである。
加えて、携帯電話の普及で昭和の時代、アナログな時代は考えられなかった事件がわざわざ起きているような感もある。以前は小学生や中学生が見知らぬ大人と出会うなどということは考えられなかった。それも今は出会いサイトに接続すれば、いとも簡単に見知らぬ大人と出会うことができ、またそれが不毛で危険な関係に導かれることの多い昨今である。
こうしたデジタルメディアの普及は便利になる反面、そうした新しい産物の隙間をついた犯罪が置きやすくなる。以前は「伝言ダイヤル」なるものが存在し、本来のメッセージのやりとりを「工夫して」、若者たちが知らない人とコンタクトをとる手段として社会問題となった。今で言う出会い系サイトのようなものである。当時もよからぬ輩によって、若い世代が事件に巻き込まれることが会ったのだ。
新しいメディアというのは現在過渡期にあるものと思われる。次々と新しいハードやソフトが作られるのはいいが、それを享受しているのは国民すべてというわけではない。それでも、総務省の統計によれば8500万人がインターネット(携帯も含む)を利用している現実は、あらたな生活スタイルやビジネスチャンスを秘めていることであろう。
しかし前述のように、過渡期であるこのデジタルメディアには、それまで主流であった本や新聞などの紙媒体のような利用のされ方が確立されていない。そのため、小学生でも有害なサイトにアクセスすることができ、また「ネットリテラシー」能力に乏しいものが有害な情報を垂れ流し、また詐欺被害にも遭う現状がある。
こうした現状に対して有効なのは、インターネットの教育である。ネットをどう有効活用するのか、やっていいこと悪いことを子供のころから教育することが不可欠である。
それは我々が幼いころに「こんなテレビを観てはいけない」「こんな本を読んではいけない」と道しるべを作ってもらったように、その方向を示す必要がある。また、プロバイダなども、子供が有害な情報に触れることのできないように工夫する必要があるだろう。
ネットリテラシーは見る、見ないだけの問題ではなく、本などの査読を通ったものと違って、放り投げられた情報の真偽を見極める目が大切な役割を持つ。あげられた情報が必ずしも正しいわけではない。何でも鵜呑みにしてしまう姿勢は非常に危険である。
日常生活と深くかかわりのある、こうしたデジタルメディア環境で我々の生活は大きく変わった。ただ、情報の即時性のみを追及することで、時間的な制約が暗黙のうちに作られてしまい、メールが着たらすぐに返信しなくてはならないような強迫観念も感じる。
子供のころ、コンピュータが普及すれば仕事は早く片付いて、生活にゆとりが生じるものだと感じていた。しかし実際のところは、空いた時間に次々と新しい案件が舞い込んできており、仕事量も個人のキャパシティを超えているような現状がある。
デジタルデバイドの問題もある。ITを使いこなせるか否かで個人の就職や賃金に格差が出ている現象である。いとも簡単に金儲けができそうなイメージが蔓延しているが、ひとつの会社を立ち上げるのに、当然リスクが伴う。そして、デジタルメディアと縁のない人たちに不利な社会生活に馴染めない場合もある。行政もこうした問題について真剣に考える必要があるであろう。
デジタルを操るのは、我々人間である。そして我々人間はアナログな思考を持ってデジタルに接するように心がけなければ、こういった便利なデジタルメディアを感受する資格はないであろう。
デジタルメディアがこれだけ普及したのは、その操作性、携帯性、即時性などがあるが、頭の中でしか想像できなかったものが、現実として、バーチャルとして創作できる部分に魅力があるのだ。ソフトやハードの進歩は留まるところを知らないが、その波に飲まれないように、うまく波乗りする必要が今後の課題である。
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福岡市内の書店がカレー関連本とレトルトカレーを並べて販売したところ、3週間で100個を売るヒットとなったという。
書店は苦戦を強いられている。思えば、コンビニが世に登場してから、客足は取られた。さらに大型古本買い取り店の出現は大きな打撃だろう。
昔からある問題として、万引きがある。決して儲けの多いわけではないだろうから、これは頭の痛い問題だ。さらに昨今のデジカメの普及によるデジタル万引きは新たな問題だ。
それでも手にとってじっくり本を読むのは楽しい。今日は10年以上ぶりに「POPEYE」などを買ってみてしまった。懐かしくてそれでいて新鮮。これで少しは若い世代の感覚を真似て磨けるだろうか。
好きな雑誌では「Pen」がある。こちらは感性が多角的に特集されていて、読んで見ていて楽しくなる。本を読んでいる時間というのは、活字や写真の独特な世界に引きずり込まれる。それが楽しい。廃刊に追い込まれている雑誌も多いが、残っている本や雑誌、は個性を失わないように頑張って欲しいものである。
本は持ち歩ける「お手軽メディア」だから。
☆ 私は自分の生のみすぼらしさ、つたなさがあわれでならなかった。 夜通しの仕事の机にも小さい美術品を置いて自分を支えた。(川端康成)
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★ 本とカレーを販売し大好評 博多の書店(毎日新聞・06/7/6)
★ 白石さん効果(本ブログ・06/3/11)
★ インターネットラジオ、あるんじゃない(本ブログ・05/3/5)
手をつなぐ恋人とそうでない恋人。これについて友人と話し合ったことがある。
若いと手をつないで歩くが、年を取ってくると心がつながっているので、手をつなぐ必要がない。それが結論だ。
確かに、若い頃付き合っていた彼女とはいつも手をつないでいた。恋愛が初心者マークだったから、手をつなぐことで安心していた。しかし、年を重ねていくと確かに手をつながなくなっていた。それよりも会話やアイコンタクトが非常に重要になると感じた。
それでも食器用洗剤のCMのように、老夫婦になっても手をつないで街を闊歩してみたいとは思う。世間から注目を浴びる彦星や織姫のように、永遠の恋愛平和を望みたいところである。今日は七夕。
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★ 地上に降りた天の川(読売新聞・06/6/29)
★ ふられても友人(本ブログ・05/10/1)
★ 恋愛少年少女(本ブログ・06/3/30)
北、ミサイル発射(2006年7月)
北朝鮮が日本海にミサイルを発射した。
幸い物的・人的被害がなかったが、もしあれが漁船に当たっていたら、ロシアのナホトカの町を直撃していたら大変なことになっていた。
北朝鮮の軍備力は微々たるものであり、大きな脅威とは成り得ない。しかし、世界を挑発する蛮行を放っておくわけにもいかないであろう。
思想が歪むと国が上手く機能しない。各地で紛争が絶えないのも、思想が正常ではないからだ。一国の首領がそうなると、その国民は哀れである。国際社会はそうした国民を救うべく協力しなくてはならない。
「歴史は繰り返される」というが、これは名言にも教訓にもならず、行き場を失ってさまよい続けている言葉である。
☆ 十のもので百の戦いをする力は自分にはない。けれども十のものを十だけに戦い切ることはできそうだ。(山本周五郎)
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