カテゴリー
ニュース

命の冒涜、考えが至らなかったか

 毛皮は動物虐待に当たるとして反対運動を起こしている人がいる。日本であれば、女優の杉本彩さんが有名だ。抗議活動の1つとして一糸まとわぬ姿で写真公開したこともあった。
 
 人が一糸まとわずに体を見せるということは、美しい行為になり得るが、動物がそれをされた姿というのは実際に見たことがない。せいぜい毛を刈られた羊くらいなもので、それが毛皮を作るために皮ごと剥がされた動物たちだとしたら悲惨である。
 
 ツイッターのつぶやきで、動物の毛皮に反対するものを見つけた。「毛皮は我々が生きてゆく上で必要でしょうか」とあり、頭と四脚と尾っぽをのぞいた全ての皮を剥がされた動物の写真が添えられていた。
 
 動物はキツネだろうか。息絶えていると思われるその表情は拷問を受けた後のような表情であり、かわいそうでならない。
 
 我々は毛皮は動物から作られていると知っていても、そうした動物たちの実情から目をそむけている。見て見ぬふりをしている。傍観者になることすらせず、立ち止まることをしない卑怯者である。
 
 このつぶやきは、ツイッターの投稿の流れ(タイムライン)で見つけた。タイムラインの主は、三重県警四日市北署に逮捕された男子高校生(18)である。毛皮のつぶやきは引用投稿(リツイート)されたものである。共感することがあったからリツイートしたのであろう。
 
 彼は、無意味に、自分以外の命を奪うことが、恐ろしいことだということを知っていたはずである。
 
 
☆ 人気ブログランキング(国内ニュース)に参加しています。クリックのご協力をお願いいたします。
 
★ 夏休みの凶行に捜査員8千人投入 幹部、逮捕も表情硬く 三重県警(産経新聞・14/3/4)
 
● 下の2つは男子高校生がリツイートしたつぶやき投稿。
 

fox
★ 上記ぼかしの部分を取り除いた写真はこちらをクリックしてください。
 
 
● 事件関連をつぶやいた内容。第三者を装う。
 

 
 

カテゴリー
その他

シンデレラストーリー

  
 コラムニストの深澤真紀氏によれば、「草食系」と呼ばれる男性の定義は、「恋愛に縁が無い訳ではないのに、積極的ではない、『肉』欲的に淡々とした『草食男子』」ということだそうだ。傷つくことを嫌がる温室育ち、という定義もあるそうだ。
 
 昨今の社会情勢を考えてみると、はっきりとした実感のある世の中ではなくなってきている。漠然とした中で成果主義が進んだことにより、個人への負担が大きくなってきた。それは例えば職場で顕著になっていることであろう。寸分のミスも許されない、ブレーキで言うところの「遊びのない」空気が漂っている。ブレーキは止まることが出来れば良いが、「遊びがない」ので直ちに止まらなくてはならない。
 
 パワハラ、セクハラはいけないが、何かあればハラスメント(嫌がらせ)だと言われるため、当たり障りのない言動に終始する1日。これでは誰もが「草食系」になる。まるでロボットであるかのごとく。
 
 精神的に余裕がなくなれば、満足な食事や睡眠、そして恋愛をする時間すらなくなる。食事や睡眠も同じだが、恋愛や結婚は本来自然発生的に起こる動物の本能とも言えるにもかかわらず、「婚活」や「街コン」という言葉がわざわざ流行らなければ、男女の出会いすらなくなっているのは異常事態である。
 
 努めて時間を設けるべきである。特に何をするのでもない、本当の意味での自由な時間を得るべきである。悩みがあるのなら、とことん悩むことの出来る時間を作るべきである。解決すべき方法が見つからなかったら、信頼できる人に打ち明ける時間を割くべきである。最近では本当に悩める時間すらなくなっているから、苦しいのである。
 
 知り合いの女性が転職した。前の職場ではいろいろ大変なことがあったようで、そうした経験も踏まえてがんばりたいとのこと。
 
 この国には、シンデレラのようにいじめられて苦しい思いをしている人がいる。そしてカボチャの馬車に乗れない。乗れたとしても、シンデレラガールもシンデレラボーイも、ガラスの靴が落ちていることに気づいていない。働き者のシンデレラの皆さん、ガラスの靴は透き通っているから、それを決して見逃さないで。
 
 
☆ 人気ブログランキング(国内ニュース)に参加しています。クリックのご協力をお願いいたします。
 
 

カテゴリー
その他

あなたとは50年前につながった

  
 「LINEは50年前に生まれた」などという話題があるそうだ。勿論そんなことはあり得ないが、LINEを始めとする人をつなぐ道具というのはネット文化で栄えた。
 
 固定電話しか無かったころ、相手の家に電話するのが楽しかった。特に異性の家に電話するのには勇気がいる。家族が出ることを予想して、うまく乗り切る文言をあらかじめ用意したものだった。父親がまずい。「どこのNonoさんですか?」なんて聞いてくる。どこのNonoさんでもいいじゃないか、早く彼女に替われ、そう言いたい気持ちをぐっと堪え、下手な敬語と丁寧語を駆使して異性の友人につながるのである。
 
 ポケベルが登場したころ、電波の強かったポケベルは活躍した。数字だけのメッセージが送れなくても、電話以外の手段でつながることがとても楽しい。数字で「4649」(よろしく)とだけの簡易メッセージで相手の気持ちを汲んだ。
 
 時同じくして、ファックスでやりとりした友人がいた。メールがない時代、濃厚な内容と筆跡が家に届いているのは手紙よりも早い楽しいやりとりだった。今でも宝物。
 
 手紙も同じころやりとりした。郵便ではなく、直接手渡しする手紙の内容は恋愛の話がほとんどだった。誰某の気持ちが分からない、私も辛い、といった今考えればたわいの無い話だったが、手紙を書く時間、渡すとき、相手がそれを読む時間、それに返信する手紙、一人の相手の時間を大切に使った。
 
 人のつながりというのは、自分にとって有益なつながりであればほどくべきでは無い。損得勘定をしなければならないつながりというのは解いた方が良い。プラスマイナスを考えなくても良い人間関係が、何かの拍子にほどけてしまったら、それはこっそり結んだ方が良い。人は誰でもうっかり間違える。修復する結び目は自分で強く結ぶべきである。
 
 この先何十年後にもにつながっていられる関係はどれくらいあるだろう。つながりが過去形になってしまう人はどれくらいいるだろう。50年前に何かが生まれた。どうせ言うのであれば、たくさんの時が流れた、50年前にあなたと知り合ったね、そういうつながりを保ちたいものである。そういう過去を作るためには、つながる未来を今から結ぶことだ。
 
 
☆ 人気ブログランキングに参加しています。クリックのご協力をお願いいたします。
 
 

カテゴリー
その他

乙女たちの一票


 AKB48の第5回総選挙があった。これで一番票を集めるとセンターに立ってステージングができるということだ。AKBのような大所帯だと、ファンはどうやって好みの女の子を選ぶのだろう。選挙開票イベント会場に集まったファンの数、実に7万人となった。
 
 時のアイドルというのは多くの場合若い。そのため、年齢の離れた者にとっては人気のほどが分かりにくい。何故人気があるのかも分かりにくい。しかし、人にとってアイドルとなる人物というのは、わずかなきっかけで人の心を揺さぶるものだ。
 
 人の心を熱くし、疑似恋愛対象とも言えるアイドルの存在というのは必要なのである。人は誰かをアイドルに見立てて、自分の日常の時を奪われる。人を魅了する人の存在というのは日常生活に必要なのだ。
 
 勿論、誰かにとってのアイドルの年齢が若い必要は無い。10代、20代ではなくても、一瞬心奪われときめく存在というのは当然いるはずだ。
 
 そうは言ってもやはり若さは羨ましい。今日、都内の駅前広場で座っていると、隣に7人の女子高校生が集まった。何やらスマートフォンで写真を撮るようである。
 
 二本の指を立てている友人たちを、スマートフォンの”ファインダー”越しに真剣な眼差しで撮影する女の子。体勢を変えて表情を作っている女の子。カメラの前で腕を使いアーチを作る女の子。人数分のテニスラケットを立ててポーズをとる女の子。
 
 撮影した写真を見ては、ああでもない、こうでもないと、黄色い声を上げていた。静かになったかと思うと、またすぐに笑った。そして、全員で一斉にジャンプするとまた笑った。
 
 純粋無垢というと可愛らしい描写になると思っていた。しかし違った。成長過程の若い元気というのは美しいのだ。若さに羨望の眼差しが注がれる社会現象が分かる気がする。
 
 初夏の広い空間で目立っていたのは、少し上品で元気な娘たちだった。可愛らしく風に揺れている、コンクリートの上に芽生えた7つの小さい若葉。この子たちは将来、誰のアイドルになるのだろう。
 
 
☆ 人気ブログランキング(ニュース全般)に参加しています。クリックのご協力をお願いいたします。
 
★ 大好きだったCM 「もし鳥だったら・・」(本ブログ・11/2/10)
 
 

カテゴリー
ニュース

自転車サドルに啓発アート 花が咲いたら

 横浜というのは坂の多い町である。行政区18区のどこを見ても坂が多く、住人の方は車や自転車が日常生活に欠かせないはずだ。横浜国立大学のある保土ヶ谷区も例外ではない。
 
 同大では学内に放置された自転車対策として、サドル部分に花を取り付けた。花が咲けば放置期間が長いという証拠になる。さらに自転車の共同利用(シェアリング)システムである「COGOO(コグー)」を試験的に実施して学生に利用を呼びかけている。
 
 近年、移動手段として自転車が注目を浴びる。健康のため、そして震災発生時の移動手段として手軽である。しかし駐輪場数が需要に追いつかず、多くの自治体で新たな駐輪場整備対策が行われている。
 
 加えて、民間にも駐輪場対策を促したい。新たに作られる店舗やビルなどは自転車を置くスペースを確保した方がよい。わずかなスペースの確保で歩道上の自転車が消えれば歩行者や車いすのかたが安全に移動できるようになるだろう。
 
 横浜国立大の話は一大学の小さな話である。それでも、同大生が花を見て自転車のことを思い出すことで放置自転車対策が進めばよい。何しろ、放置自転車に張られる警告表示よりもシンプルである。それに枯らすわけにはいかなそうである。
 
 
☆ 人気ブログランキング(国内ニュース)に参加しています。クリックのご協力をお願いいたします。
 
★ 花が咲くまで放置された自転車?(時事通信・13/5/7)
★ 道路の不正使用 見えない障害物
★ 花を育てて防犯効果
 

 
 

カテゴリー
ニュース

体罰を受けて顧問と学校を提訴 元女子柔道部員 東京地裁に

 藤村女子中学校(東京・武蔵野市)に通っていた元柔道部員(16)が、体罰を加えられたなどとして、学校を運営する井之頭学園と顧問の男性教諭に計495万円の損害賠償請求を起こした。学校側は「こちらが把握している事実と違うことも含まれている」などとして、争う姿勢を明らかにした。
 
 閉ざされた空間で起きていたかもしれない体罰問題がまた浮き彫りになるのか。元女子部員は現在別の学校に通っているという。学校に対する不信感がスポーツをする楽しみを奪ってしまったとしたら残念なことだ。それに加えて、大人や学校に対する不信感を抱くと言うことは、発達途上の少女の心に傷を負わせたに違いない。
 
 早く咲いた東京のソメイヨシノ。この時期には卒業と入学が訪れる。新たな夢や希望を抱いた新入生がやってくる。若者のそうした気持ちを散らしてはならない。常に花開いた状態にして卒業させてあげなければ、学校というものの存在意義が無くなる。
 
 この学校のソメイヨシノはとても綺麗だ。綺麗な思い出が開花するように、学校側と生徒との信頼関係は常に水を与えておかなければならない。
 
  
☆ 人気ブログランキング(国内ニュース)に参加しています。クリックのご協力をお願いいたします。
 
★ 藤村女子中学・高等学校ホームページ
★ 体罰で大けが 藤村女子中の元柔道部員提訴(日テレNEWS24・13/1/23)
★ 本ブログ内「体罰」関連エントリ
★ 住みたい街ナンバー1で起きた悲劇 絶たれた若い命 東京・吉祥寺強盗殺人事件(本ブログ・13/3/4)
 
 

カテゴリー
ニュース

住みたい街ナンバー1で起きた悲劇 絶たれた若い命 東京・吉祥寺強盗殺人事件

 東京・武蔵野市の吉祥寺は都内の「住みたい街ランキング」でトップに躍り出る。自由が丘や下北沢がその後に続く。この3つの街には共通点があり、人気があるのはよく分かる。
 
 その1つに交通の便がよい点が挙げられる。いずれの街も電鉄2路線が利用でき、都心へのアクセスが簡便だ。街そのものが十分便利であるのに、新宿、渋谷や横浜方面に行け、贅沢な交通の利便性を甘受できる。
 
 吉祥寺に限って言うと、近くに井の頭公園や動物園があることから、繁華街の喧噪を離れて時間の呪縛から解放されて過ごすこともできる。そんな吉祥寺で発生した、今回の事件現場から徒歩30秒の所に8年住んでいたことから、本件はあまりにも衝撃的である。
 
 2月28日未明、武蔵野市吉祥寺本町の路上で、女性(22)が血を流して倒れているのが見つかった事件は強盗殺人事件と断定された。警視庁組織犯罪対策2課と武蔵野署は、少年2人を強盗殺人容疑などで逮捕した。亡くなった女性は青森県むつ市出身。吉祥寺には1月に引っ越してきたばかりであった。
 
 「一人の女性を狙っていた。金を奪う目的で殺した」などと供述している少年。逮捕後は「取り返しのつかないことをしてしまった」と話しているという。
 
 報道では、最近の吉祥寺は治安の悪化が懸念されているとあった。しかし、バブルの頃の方が物騒で、最近でそれを感じたことは無い。確かに落書きやけんかもあったが、それは繁華街特有の光景と感じていた。しかしこの事件をきっかけに、吉祥寺が「怖い街」となってしまうとしたら残念である。
 
 近隣商店街では防犯カメラの設置を考えているという。ただ、防犯カメラというのは事件後の捜査には役立つが、本件のように確信的に事件を起こす者にとって抑止力となるのかは疑問である。振り込め詐欺のいわゆる「出し子」も顔がカメラに写ってしまうことくらい分かりそうなものなのに、なかなか無くならない犯罪であることが象徴している。
 
 「住みたい街」である吉祥寺や自由が丘、下北沢にはもう1つの共通点がある。それは「歩いて楽しい街」ということである。少し歩けば小さな雑貨屋やカフェを見つけることができ、チェーン店とは違った楽しさを味わうことができる街なのである。
 
 「吉祥寺の西側」と言える部分には「中道通り」、「昭和通り」、そして今回の事件現場となった「大正通り」がある。いずれも小さなお店が軒を連ねており、歩くととても楽しいところである。そんな「大正通り」で若い女性の命が絶たれた。
 
 今年の桜の開花予報では、東京は3月下旬にソメイヨシノが楽しめる。「大正通り」近くには私立校があり、ここの桜がとても綺麗である。
 
 
 
 
 導かれし若き魂よ 桜咲くまでこの地で眠れ
 
 桜舞うとき その花びらにのれ
 
 里の雪溶けるころ その花をその地に落とせ
 
 武蔵野の新緑の季節に むつの地でその花 鮮やかに開花させんことを
 
 
 
  
☆ 人気ブログランキング(国内ニュース)に参加しています。クリックのご協力をお願いいたします。
 
 

カテゴリー
ニュース

いじめ、体罰、セクハラ、パワハラ 人権侵害が合法化される異様な現場

 
 大阪の市立高校で2年生の男子生徒が昨年暮れに自殺した。所属したバスケ部顧問である男性教諭(47)から亡くなる前日に体罰を受けていた。残された顧問宛の手紙は「体罰が辛い」という内容だった。
 
 スポーツの世界では「指導」と称する厳しい体罰が慣例的に行われる風潮がある。かつて相撲部屋で若い力士が亡くなった事件でも激しい暴行があったのは「かわいがり」と称した無意味な傷害致死現場であった。
 
 勝ち負けという2つに1つである結果が重視される現場では、多少の暴力は仕方ないと考えられる風潮がある。学校や会社組織において、いじめ、体罰、セクシャルハラスメント、パワーハラスメントが無くならないのは、こうした考え方を支持する傾向が残っているからである。
 
 組織が設置する「セクハラ・パワハラ相談窓口」などの類も虚しい。果たして身内の訴えに良識を持って対応してくれるところがあるかどうかが疑わしい。大切なことは窓口の設置よりも、現場の人たちがどれだけそうした嫌がらせに対する意識を持っているかということだ。
 
 いじめとは何か、セクハラとは何か、という質問をいきなり投げかけて、まともに答えられる人が学校や組織にどれくらいいるのだろう。
 
 「結果が全て」という考え方を口にすることで、その過程を重要視しない傾向にある。有形無形の暴力が無くならない以上、こうした事案を壊滅するのは困難だ。音頭を取るべき上の立場の人が、こうした事に無知であったり無関心であることで悲劇は始まる。
 
 仕方ない、という考え方が始まった時に人権侵害が組織を浸食し始める。この手の事案は初めてではないのに、実際に動いて人を助ける人がいないのが悲しい。
 
 1日が終わる前に考えたい。今日学校や職場で、自分の言動が相手を傷つけてしまってはいなかったかどうか。相手と話した時に、相手が笑顔で応対してくれていたかどうか。相手が話しかけてきた時に、自分が笑顔で話していたかどうか。
 
 もし、学校や会社内で人権侵害に対して苦しんでいる人がいたら、最後に頼れるのは赤の他人である。利害関係がないぶん、真摯な対応が期待できる。窓口を設けている所は真剣な対応が望まれる。
 
 そしてもう1度考えたい。いじめとはなんですか、体罰というパワハラとは何ですか。性的嫌がらせとは何ですか。
 
 
☆ 人気ブログランキング(国内ニュース)に参加しています。クリックのご協力をお願いいたします。
 

 
★ 法務省:人権相談
 
 
 

モバイルバージョンを終了