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巨大イカ伝説に魅了される

 ツイッターのタイムラインが「イカ」で埋まった。何が起きたのかと思えば、NHKで小笠原諸島周辺に生息するとされる「伝説の巨大イカ」をドキュメンタリーが放送されたようで、それが話題となっていた。気になって仕方がなかったので再放送を見た。
 
 小笠原諸島は世界遺産にも登録されたガラパゴス、独自の進化を遂げている地域である。空港がなく、東京から船で1日かけて行かなくてはならないところ。それゆえに巨大イカの存在を伝説化したくなる。
 
 番組では巨大イカ探索中に深海に住む不思議な生物たちが多く登場した。深海に住む生物の多くは自らを発光させるものが多いのだという。威嚇する意味もあれば、仲間とのコミュニケーションに使うこともあるという。暗闇でのコミュニケーションはそれしかないかもしれないが、人間にとってみれば鮮やかな自己主張でありとても面白い。
 
 イカを探す潜水艇に小さなイカが集まってきた。世界中から集まった研究者たちが大いに湧く。「小さなイカ君、もっとこっちにおいでよ」「ここはどこだ?」「みて!またきたぞ!」熱中する様は威厳のある研究者ではなくなっていた。
 
 撮影に成功した巨大なイカは「ダイオウイカ」であり、23分間研究者たちの前で漂っていた。鋭い目であったが、ゆっくり瞬きしたその様は、自らを慕ってきた研究者たちに対するウインクのようであり、暗闇にゆっくり消えていったその巨体は、伝説と呼ばれるのにふさわしく金色に輝いていた。
 
 伝説であった巨大イカ。伝説を追うのはきっと刺激的な日常に違いない。そこには日常の画一的な考えを一蹴する超越的な魅力が存在する。
 
 つまり、思い切って伝説を追ってみてはいかがであろうか。それには、イカのような身近なものに焦点を当てて、大洋のような広い探究心が必要だ。そしてもう1つ必要なのは、すでに忘れてしまっている、理屈抜きで夢中になれる色のついていない純粋さである。
 
 
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★ 怪物ダイオウイカ、生け撮った NHKが深海撮影に成功(朝日新聞・13/1/7)
 
 

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【動画】日本の女の子にありがちな言動

 外国人から見た日本の女の子にありがちな言動です。馬鹿にしているのかとも思いますが、ジョークですので。でも「あるあるある〜」と思ってしまいますね。
 

 
 
 

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「体罰に線引き必要」ボーダーラインの可否

 大阪市立桜宮高校で男子生徒が体罰を苦に自殺した問題で、文部科学省の義家弘介政務官が大阪市役所を訪れて永井哲郎教育長らと今後の対応を協議した。この中で義家政務官は、「気合いを入れるための平手打ちは前時代的だ」と否定しながらも、「強くなるために(体罰は)一定ある。目的は何なのかだ」、「あり得る体罰とそうじゃない体罰の線引きが必要」などと述べた。
 
 学校基本法は体罰を禁止している。平手打ちのようなものではなくても、バケツを持って廊下に立たせる行為も体罰と推認される。しかし義務教育中の児童や生徒を教室外に出すことは禁止されている。
 
 スポーツの世界で気合いを入れるためと称し、平手打ちをするなどの行為がある程度許容されている特殊な世界である。しかし、政務官が言うような「線引き」とは少々違和感がある。
 
 やってもいい体罰や悪い体罰など存在しない。体罰は体罰であり、暴力以外の何物でもない。線引きをするとして、それをいったい誰がするのか。何を根拠に有形の暴力を容認するのか。
 
 昨今では家庭内でのしつけと称した虐待も刑事責任を問われる。校内でのいじめも積極的に立件される。これは世論が閉鎖的な場所での暴力を許さない風潮ができているからである。その校内で、先生が児童・生徒に暴力をふるっていいわけがない。言葉という無形の暴力も同様である。もっとも、人に対して力をふるったり罵声を浴びせるような指導しかできないのは、その指導者が無能であるからだ。
 
 人に教えるということは、拳を振り上げて強く主張する方法もあるが、さりげなくほのめかすという方法もある。子供というのは十人十色である。枠にはまった考え方で接してそれでいいのか。
 
 教育基本法の第一章第一条には、「教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家および社会の形成者として必要な資質を備えた心身共に健康な国民の育成を期して行われなければならない」とある。暴力を一部でも肯定すれば、この第一条を守ることなど永遠にできない。
 
 
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★ 教育基本法について:文部科学省)
 
 

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ツイッター トップリツイートにみる世相•39


  

 
 
 
 全国のツイッタラーのみなさん、ありがとうございます。
 
★ トップリツイートにみる世相/38
 
 

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いじめ、体罰、セクハラ、パワハラ 人権侵害が合法化される異様な現場

 
 大阪の市立高校で2年生の男子生徒が昨年暮れに自殺した。所属したバスケ部顧問である男性教諭(47)から亡くなる前日に体罰を受けていた。残された顧問宛の手紙は「体罰が辛い」という内容だった。
 
 スポーツの世界では「指導」と称する厳しい体罰が慣例的に行われる風潮がある。かつて相撲部屋で若い力士が亡くなった事件でも激しい暴行があったのは「かわいがり」と称した無意味な傷害致死現場であった。
 
 勝ち負けという2つに1つである結果が重視される現場では、多少の暴力は仕方ないと考えられる風潮がある。学校や会社組織において、いじめ、体罰、セクシャルハラスメント、パワーハラスメントが無くならないのは、こうした考え方を支持する傾向が残っているからである。
 
 組織が設置する「セクハラ・パワハラ相談窓口」などの類も虚しい。果たして身内の訴えに良識を持って対応してくれるところがあるかどうかが疑わしい。大切なことは窓口の設置よりも、現場の人たちがどれだけそうした嫌がらせに対する意識を持っているかということだ。
 
 いじめとは何か、セクハラとは何か、という質問をいきなり投げかけて、まともに答えられる人が学校や組織にどれくらいいるのだろう。
 
 「結果が全て」という考え方を口にすることで、その過程を重要視しない傾向にある。有形無形の暴力が無くならない以上、こうした事案を壊滅するのは困難だ。音頭を取るべき上の立場の人が、こうした事に無知であったり無関心であることで悲劇は始まる。
 
 仕方ない、という考え方が始まった時に人権侵害が組織を浸食し始める。この手の事案は初めてではないのに、実際に動いて人を助ける人がいないのが悲しい。
 
 1日が終わる前に考えたい。今日学校や職場で、自分の言動が相手を傷つけてしまってはいなかったかどうか。相手と話した時に、相手が笑顔で応対してくれていたかどうか。相手が話しかけてきた時に、自分が笑顔で話していたかどうか。
 
 もし、学校や会社内で人権侵害に対して苦しんでいる人がいたら、最後に頼れるのは赤の他人である。利害関係がないぶん、真摯な対応が期待できる。窓口を設けている所は真剣な対応が望まれる。
 
 そしてもう1度考えたい。いじめとはなんですか、体罰というパワハラとは何ですか。性的嫌がらせとは何ですか。
 
 
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★ 法務省:人権相談
 
 
 

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Gmailをメールソフトで受信できなくなったら原因はこれかも

 設定の類いというのは最初にしてしまうと、トラブルになったときにどうしてよいかパニック状態になる。細かい設定など日常的に行わないからだ。GmailをAppleのメールソフト「Mail」を利用して受信できなくなった場合、「Googleアカウントに許可されたアクセス」の設定をしていたことを忘れていた。
 
 Googleのアカウント設定ページで「アプリケーション固有のパスワード」というのを設定したはずだ。自分でGmailにアクセスするアプリケーション名を好きなもので入力。アルファベット16文字が出てくるので、それをアプリケーションのパスワードに入力する。
 
 メールソフトなどのパスワードだが、Gmailの通常のパスワードを入力してもだめなので、もしこの設定を忘れている方は実行すればよい。新たにパスワードを設定(生成)するが、これは一回きりのもので、特に記録する必要はない。出てきたら、それをそのままMailなどのアプリケーションのパスワードの所に入力すればよい。
 
 この画面を思い出せばよい。
 

 
 もちろん、popやsmtpの設定などはしっかりとやっておくことをお忘れなく。おかげさまで、2006年以降から使っているGmailを9千件以上受信に成功した。振り分けるのどうしよう。
 
 
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※ 本稿で利用したのは、MacOS 10.7.5、メールソフト「Mail」バージョン5.3です。
 
 

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開運お守りの思い出

 
 
 以前、都内の神社に初詣に行った。年明けから数日過ぎており、人はまばらな近所の神社だ。鳥居をくぐり、参道をゆっくり歩くと賽銭箱が置かれる幣殿(へいでん)に近づいた。すると、髪の長い若い女性が手を合わせていた。終わるのを待っていたが、なかなか終わらないようなので境内を散歩した。女性が長く神様にお願いするのも訳があるのだろうか。
 
 今年は近所のお寺に初詣。新年2日目という事で多くの人出。近隣の駐車場は満車、露店が多く出店して賑わっている。賽銭箱に小銭を投げて手を合わせた。こういうところで手を合わせると、願い事をするのと同時に反省することが多い。それは困った時の神頼みなんてムシが良すぎるのではないか、という罪悪感である。
 
 普段から神仏に手を合わせ、身を捧げようとしているわけではない。単なるお祭りのごとく、一年で一度の行事に乗じているだけではないか、そんな気持ちがある。そう考えることもいやなので、お守りを購入して毎日持ち歩くことを考えた。
 
 これまでは自分の中に宗教を持ち、それを神の存在として認識していた。それでもいいのだが、その思いを形にしておきたいと考えたのがお守りであった。それは必ず、自分を裏切らずに正しくあることを毎日誓うことにある。
 
 それでも人は神仏に手を合わせる。自分では正しいはずの行いが、うまく作用しなかった時にすがりたくなる宗教心ではないだろうか。
 
 くだんの女性は、私が境内を散歩して戻ってきたのにまだ手を合わせていた。背筋を伸ばして微動だにせず手を合わせていた女性は、きっと自分で宗教を持っているのだろう。しかし自分ではどうしようもなくなることもある。誰かに願いを聞いて欲しくなったに違いない。
 
 さり気なく横から女性を見ると、頬に涙が伝っていた。自分のことなら涙は流さない。きっと、大切な誰かのために流していた涙に違いない。
 
 二十分以上も手を合わせていたのだから、あの女性に幸が訪れたことを信じたい。これはムシの良いお願いではなく、ささやかな他人に対する自分の宗教観。
 
 
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公式コメントに足りないあと”1ミリ”

 歌手、aikoが歌う「花火」という曲がある。その中に、「1ミリだって忘れないと・・」という歌詞がある。つまり少しも忘れることはない、という意味を表現したものであり、aikoらしい表現である。
 
 昨年10月、自民党の安倍晋三総裁は米バーンズ国務副長官と会談をした際に尖閣諸島について、「(中国と)話し合う余地はない。領土問題はないのだから、1ミリも譲る気はない」と述べた。
 
 こうした言葉の使い方が気になるのは、英語で言ったらどうなるかを考えてしまうからだ。安倍さんに同行した通訳者がどう訳したか知らないが、「一歩も譲らない」は「1ミリ」ならぬ「1インチ」を使った、”not yield an inch”がある。しかし、尖閣を語るのであればこちらの表現がずばりだ。それは、”hold one’s ground”である。groundを使うので、領土を語るのならちょうど良い。
 
 言葉は人柄を表す。一過性の流行語なら目くじらを立てることもないが、最近は「普通に」に代表されるように度量衡のさじ加減が分かりにくい表現が氾濫している。言葉というのは使い方には注意が必要であり、言葉一つで人を傷つけることもあれば勇気づけることもある。そして混乱もさせるのが言葉である。
 
 情報源を確認せずにツイートをするのもよろしくない。正しい情報の発信は、1ミリのブレもあってはならない。
 
 
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★ 自民・安倍総裁「1ミリも譲る気はない」米国務副長官と会談(産経新聞・12/10/15)
 
 

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