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祇園8人死亡事故 負傷者11人 運転の男に持病の症状 通院先で「運転やめるように」 京都

 12日午後1時過ぎ、京都市東山区の交差点付近で、軽自動車が歩行者に突っ込み、はねられた男性2人、女性5人が死亡、男女11人が重体または重軽傷を負った。車は電柱に衝突し、運転していた会社員の男の容疑者(30)も死亡した。読売新聞によると、容疑者の男は持病の症状がり、家族から運転を控えるように言われていた。現場は京阪祇園四条駅東側の四条通沿いで、京都有数の繁華街・祇園の一角。京都府警東山署は自動車運転過失致死傷の疑いで捜査をしている。
 
 1年前の18日、栃木県鹿沼市で小学生の列にクレーン車が突っ込み、小学生6人が死亡した事件を思い出す。このとき逮捕されたのは元運転手の男性(27)で、持病を隠して免許を取得していた。持病の薬を服用せず、運転中に発作を起こして意識を失い事故を起こした。宇都宮地検は自動車運転過失致死傷容疑で起訴、宇都宮地裁が昨年12月に同罪で最高刑の懲役7年を言い渡して刑は確定している。
 
 持病そのものが悪ではないことを伝えなくてはならない。発作は予期せずして起こるが、薬を服用していれば意識混濁などの症状を抑えることができる。しかしながら病気を公言することで就職に不利益になることを考えて病気のことを隠している人がいるのも現実だ。その病気は必ずしも危険な病気ではなく、周囲も正しい理解が必要であるのと同時に、車などの機械運転に従事するのであれば、薬の服用や規則正しい生活などをして発作を出さないようにする努力は当然にある。
 
 車は赤信号を無視して、大和大路通を南から北に向かって走り、タクシーに接触した後に東西の横断歩道を渡っていた歩行者を次々とはねた。交差点から約300メートル先の電柱に衝突して停止した。現場は救急車やパトカーなどの緊急車両が多く駆けつけ、花見で賑わっていた祇園の街を一変させた。
 
 容疑者の通院していた病院は記者会見をし、病名を明かさなかったものの、「患者さん本人や家族には車の運転はしないようにと再三にわたって話した」とコメントした。容疑者は先月の運転免許の更新の際に持病の申告をしていなかったことも分かった。
 
 容疑者の家族によると、容疑者は大学生時代に交通事故をきっかけに症状が出るようになり、持病の症状は1、2年前から起きていた。持病の発作は仕事が忙しい時やストレスがたまった際に家で出た。「事故を起こしても会社に責任はない」。そんな誓約書を書くよう言われたと1週間ほど前に打ち明けられたという。「運転を続けるなら会社をやめて」と話したといい、「家族の注意が行き届かず、申し訳ありません」と泣き崩れた。
 
 警察庁によると、運転手が病気の発作を起こしたことによる事故は、昨年1年間に全国で73件。うち死亡事故は5件だった。
 
 
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★ 死者は運転手含め8人に 京都・祇園の車突入事故(朝日新聞・12/4/12)
★ 死者8人 容疑者家族「いつか事故を起こすのではと心配していた」(産経新聞・12/4/12)
★ 「運転控えて」直後の惨事 発作心配、家族で会議-死傷事故の容疑者(時事通信・12/4/12)
★ 鹿沼クレーン事故:遺族が法改正求め請願書 17万人署名(毎日新聞・12/4/9)
 
 
 

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障碍者の差別に遭遇したらどうするか【動画】

 米国テレビ番組の動画がある。ダウン症の男性がレジで袋詰めをするが、彼に対して「もっと早くできないのか」「うすのろ」「私の言っていることが分かる?」などと罵声を浴びせる。しかしこれは、罵声を浴びせている方もダウン症の男性も俳優さんだ。つまり「仕掛け人」。これはスーパーのレジでそうした文句を言っている人の後ろに並んでいる人の反応を見る番組の実験だった。
 
 ひどい言葉にただうつむくだけの人、仕掛け人の「あなたもそう思わない?」という質問にうなずくだけの人。そして、仕掛け人に対して声を荒げて注意する人も現れる。
 
 もしこういう場面に遭遇したらどうするか。恐らく一番多いのは見て見ぬふりをすることであろう。傍観者になることで問題に巻き込まれなくて済む。しかし傍観者というのは、そうした加害行為に対して止めることをしないのであるから、傍観しているだけでも加害行為に充分加担しているといえる。
 
 こういった場面に遭遇した時に人は試される。自分の正義を貫く人なのか、困っている人に手を差し伸べる人なのか、何もせず、いてもいなくてもどうでもよい人なのか。
 
 
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★ 自転車事故をきっかけに車いすが不要になった奇跡(本ブログ・11/12/11)

 
 
 

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自転車事故をきっかけに車いすが不要になった奇跡

 映画「スーパーマン」シリーズ4作の主演、クリストファー・リーヴは、95年に乗馬中に落下して脊髄を損傷した。そのために首から下が麻痺した状態になり車いすの生活を送ることとなった。それでも車いすに乗りながら映画に出演するなど活躍した。しかし95年、自宅にて心不全をおこし、そのまま帰らぬ人となった。52歳の若さだった。
 
 そのクリストファー・リーヴが出演したCMがかつて物議を醸した。車いすからゆっくりと立ち上がった彼が歩き出すのである。もちろん特撮によるものであるが、車いすの生活を送っている人に非情な希望を与えるとの批判の声が上がった。下半身不随になれば、現在の医療では元に戻らない。そうした批判も納得ができる。
 
 ところが驚くべき奇跡がオランダで起きた。2008年北京パラリンピック、女子車いす競技の銀メダリスト、オランダ人のモニク・ファンデルホルストさん(27)がその人である。
 
 来年のロンドンパラリンピックに向けてのトレーニング中、自転車にはねられた。ところがその後、足に痛みを感じるようになり、リハビリの過程で脚が少しずつ動き始めた。そしてとうとう健常者としてロンドン五輪を目指すというのである。医者は「説明がつかない」と驚いている。ファンデルホルストさんは13歳の時に受けた手術がきっかけで車いすの生活となっていたのだ。
 
 この奇跡が今後の医療の進歩に何らかのよい影響をもたらせば良いだろう。根本的な治療法が見つからない病態というのは数多く存在するが、そうした病態も医療の進歩によって克服される時が来るのかもしれない。クリストファー・リーヴにその奇跡のチャンスはなかったが、スーパーマンのように飛ばなくても良い、せめてCMのように歩いてくれたなら、そんな風に思う。
 
 人は絶望することがあるかもしれない。それならば、夢や希望などは捨てた方がいい。時に夢や希望は重荷になる。ただ、絶望の底にいるときにだけ、奇跡は起こる。それはきっと、命の危険にさらされたときに「おまたせ」と現れるスーパーマンのようなものであるはずだ。
 
  


★ オランダの車いす選手、「奇跡の事故」で下半身まひ回復(ロイター・11/12/9)
★ スーパーマンのような人(本ブログ・06/9/25)
 
↓「スーパーマン」第1作(1979年)ロイスを救出するシーン

 
↓冒頭のコマーシャル↓

 
★ 【動画】オスカーに登場したクリストファー・リーヴ〔1996年)
 

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「家政婦のミタ」にみる笑えない人 たち

 テレビを見ていてある人を思い出した。その人は病名は分からなかったが、笑うことができなくなってしまっていた。原因は人間関係である。軽い抑うつ症状も出ていた。
 
 しかし全く笑えないわけではない。ある日その人がくだらないことを言い、その内容がツボにはまってしまって私が腹を抱えて大爆笑、5分間くらい泣きながら笑いが止まらなかったことがあった。その人はそんな私を見て口元だけ少し微笑んでいた。声を上げて笑ってもおかしくない状況だったが、その人の笑顔はそこまでだった。
 
 日本テレビ系列ドラマ「家政婦のミタ」で主人公の三田灯(みた・あかり=松嶋菜々子)は笑うことができなくなってしまった人である。現時点でその理由は分かっていないが、かつて夫と息子が亡くなったことに関して三田に負い目があり、2人の葬式の時に義母から「もう2度と笑うな」と激高されて以来笑わなくなっているのではないかと推測できる。
 
 三田が家政婦として送り込まれた阿須田家は子供が4人いるが、父親・恵一(長谷川博己)の不倫が原因で母親・凪子(大家由祐子)が自殺。そのことが引き金となって家族は空中分解していた。
 
 そんな中で三田は喜怒哀楽の表情を一切表に出さず、冷酷なロボットのように「承知しました」の一言で仕事を引き受ける。業務命令なら何でもこなし、伝言をする際も相手からの文言を完璧に覚えている。ある日長男・翔(中川大志)が「やらせてくれ」というと、「承知しました」と言って服を脱ぎ出すほどである。
 
 しかし、笑えという命令には「どうしてもと仰るのであればお暇を頂きます」と言い、自身の過去のことについても「個人情報はお伝えできません」と拒否する。それ以外であれば基本的に何でも行い、長女・結(忽那汐里)が「私を殺して!」と懇願すると「承知しました」と言って包丁を上から振りかざすように持って結を追いかける。恐ろしくなった結は物を投げつけるが、何故か全てはねのけてホラー映画並みに執拗に結を追い回した。
 
 阿須田家の家族が「三田さん、どうしたらいい?」と言うと、「それはあなた(たち)が決めることです」と突き放す。しかし三田も徐々にではあるが、質問に対して忠告をするようになっていく。
 
 「家政婦の三田」に笑う日が訪れるのだろうか。そして阿須田家全員が笑うことのできる日が来るのだろうか。
  
 心の闇に感情を閉じ込めてしまった人は笑わなくなる。笑う感情よりも強い責務がのし掛かってきた時にそうなってしまう。冒頭に出てきた「笑えない人」がその後どうなったかは分からない。ただ笑うという人間だけの感情表現を早く取り戻していたらと願う。私を笑わせたのであるから大きな前進だったに違いない。
 
 重いストレスを抱えると笑えない。暗い話が明るくなるのは何がきっかけになるのか。最初に笑顔を見せるのは誰なのか。笑顔を見せるきっかけを作ってくれるのは何なのか。そのきっかけは作れるものなのか。
 
 笑顔は人を笑顔にし、笑い声は相手の全身に心地よく響く振動だ。同じ人生を送るのであれば、笑う時間を人生で長く持っていたいものである。怒っている人や泣いてる人を一転にして楽にする、笑顔にはそんな力が働く。そして笑顔は必ず相手に伝染する。僕たちはそれを、生まれたときに覚えた。泣いて生まれてきたのに、笑顔で迎えてくれた。
 
 
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★ 家政婦のミタ(日本テレビ)
 
 

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なでしこジャパン、金メダル優勝世界一 初の決勝戦でアメリカとPKまでもちこむ大接戦

 1981年に結成された日本女子サッカーチーム。30年の時を経てワールドカップの決勝へ臨み、アメリカを相手にPK戦で3-1で勝ち、金メダル、初優勝となった。
 
 前半、パスミスが目立った日本。15分を過ぎた時点でアメリカに6本のシュートを打たれた。アメリカはそうしたチャンスをなかなかものにできない。タテに入るパスなどで日本も5本のシュートを放つが、なかなかキーパーを脅かすまでにはいかずに前半終了。
 
 空中戦は体の大きいアメリカに取られがちであり、彼らの腰より低い部分でのフットワークを生かせばなでしこジャパンにもチャンスが来たであろう。
 
 後半、24分にアメリカのモーガンがシュートを決めて0-1に。そのあと35分、宮間が左足でシュートを決めて同点となった。その後、なでしこはシュートまで持ち込める好戦状態になった。
 
 同点のまま延長戦に入り、ワンバックにヘッドでシュートを決められ1-2に。そして延長後半10分、澤がコーナーキックからのボールを右足でシュートを決めて再び2-2の同点に。その後、岩清水がレッドカードを取られた。ペナルティキックだったが、全員でブロックした。
 
 延長戦が終了し、PK戦に突入することとなったが、海堀の好セーブ、そしてアメリカがシュートを2連続で外す中、なでしこはPK戦2-1の時に熊谷がシュートを決め、この瞬間、優勝が決まった。
 
 決して楽な試合ではなかった。前半はアメリカの攻撃的なシュートに翻弄されたが、外されたことで助けられた部分もあった。しかし、後半からはなでしこのペースをつかみ始め、細かいパスワークなどは観客から拍手がわいた。そしてPK戦を迎える直前に円陣を組んでいたなでしこ達と監督は笑顔だった。それが実力を呼んだのだ。
 
 佐々木監督は「小さな娘たちがよくねばってくれました」と笑顔でコメントした。ニューヨークタイムス電子版は、「”絶対にまけない”精神を象徴するゴールだった。それはまた、今年初めの破壊的な地震から立ち直りつつある日本の姿勢をも示した」と絶賛した。
 こんなに興奮する試合は久しぶりだ。小さな戦士が大きなアメリカ相手にがんばった。ありがとう、なでしこジャパン。青のユニフォームは遠い日本の空までつながっていました。「なでしこ」の意味は、なでるように愛しい子。それでいて強くて、周りの人をも笑顔にできる天から与えられた素敵な才能。
 
 
★ 日本サッカー協会公式サイト
 
★ 世界がなでしこを賞賛(産経新聞・11/7/18)
★ なでしこ世界一:「日本女性はこんなに強いのか」(毎日新聞・11/7/19)
★ 国民性の違いなのか…なでしこ優勝にドイツ驚嘆(読売新聞・11/7/18)
★ 海外メディア、なでしこ絶賛「復興の国に自信」「伝説」(朝日新聞・11/7/18)
 
 

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俳優の長門裕之さん死去 77歳 晩年は南田洋子さんを介護

 映画やテレビで名脇役を演じた俳優の長門裕之(本名=加藤晃夫=かとうあきお)さんが21日午後5時20分、都内の病院で亡くなった。77歳だった。
 
 長門さんは昨年、解離性大動脈瘤(かいりせいだいどうみゃくりゅう)のバイパス手術を受けたがその後仕事に復帰。今年2月に脳出血で倒れて入院し、自宅療養していた。
 
 俳優の津川雅彦さんは実弟。映画「太陽の季節」で共演した故・南田洋子さん(09年死去)と61年に結婚、おしどり夫婦ぶりで知られた。その一方で、レストラン経営に失敗したことや女性問題で芸能界を一時期”干されていた”ことなどが伝えられる。
 
 しかし晩年は、認知症に罹患(りかん)した南田洋子さんに対して献身的な介護を続け、その様子をテレビのドキュメンタリーで公開した。しかし「見せ物にした」などの批判も多く受けた。南田洋子さんも病状が快方に向かう様子も見られたが、くも膜下出血で死去した。
 
 南田さんの認知症の様子が公開されたことはショックであったが、一般の人も同様のドキュメンタリで出演している。高齢化が進む中、社会が真剣に考えなくてはならないことの1つを長門さんは教えてくれたような気がする。
 
 長門さん、お疲れ様でした。天国という舞台では、南田さんがそでで待っていますよ。
 
 
★ 長門裕之さんが都内の病院で死去 (スポーツニッポン・11/5/21)
★ 長門裕之さん死去…ユーモラスで哀感のある演技(読売新聞・11/5/21)
★ 俳優の長門裕之さん死去、77歳 「太陽の季節」「狂った果実」「ミュージックフェア」の司会(産経新聞・11/5/21)
 
★ 南田洋子さん死去 認知症で闘病、くも膜下出血で重体(本ブログ・09/10/21)
★ 南田洋子さんがくも膜下出血で入院 認知症で闘病中(本ブログ・09/10/20)
★ 老老介護の現実 進行する少子高齢化の問題(本ブログ・09/9/8)
★ 認知症妻介護役を好演 長門裕之「ショカツの女・3」(本ブログ・09/4/19)
★ 消えていく記憶 認知症の南田洋子さん(本ブログ・08/11/3)
★ 南田洋子さんの認知症「介護は恩返し」長門裕之(本ブログ・08/10/4)
 
 

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坂上二郎さん脳血栓で死去 コント55号で萩本欽一さんの相方

 タレントの坂上二郎さんが10日、脳血栓のため栃木県内の病院で亡くなった。76歳だった。コメディアンとしては萩本欽一さんとコンビを組んで「コント55号」で人気者となった。お笑いだけではなく俳優もこなし、「夜明けの刑事」で主演を務め、「1年B組新八先生」「スクールウォーズ」「高校聖夫婦」などにも出演した。
 
 2003年、ゴルフ場でクラブを握る手がおかしくなり、たまたま一緒にプレーしていた友人の医師が「動かないで!」といい、その場で横になった。ゴルフ場もグリーンまで救急車が入ることを許可、そのまま入院となった。脳梗塞だった。
 
 翌04年には復帰し、舞台に立ったほか、栃木県内のお笑い養成学校「那須お笑い学校」を開設し校長に就任した。また06年には社会人野球チーム鹿児島ホワイトウェーヴの監督に就任するなど活発な活動をしていた。
 
 10年8月、自宅で脳梗塞を発症し倒れて病院に搬送された。この時に見舞いに行った欽ちゃんに「飛びます飛びますできないだろう」と言われて「飛びませーん」とギャグで返したという
 
 かつて欽ちゃんの番組の一つであったTBS系バラエティ番組「週間欽曜日」の中の「欽ちゃんバンド」のコーナーに、二郎さんがゲスト出演したことがある。そこで「コント55号」のコントをいくつか披露。「結婚コンサルタント」ではコンサルタント役を演じる。お客さんに見せる飛行機を飛ばす時に弁当を用意しましょうと提案する。「弁当にはひじきを入れましょうか?」と言ったところで欽ちゃんが吹き出す。「あんたもよく覚えているよ。普通、ひじきのことなんて忘れるもんだよ」。
 
 相方の欽ちゃんは移動先の富山県内で訃報を聞いたという。「コント55号は幕引きです」とし、「泣きたいけれどテレビの前では泣かない。なぜなら二郎さんは僕だけのものだから。家に帰って、お空にありがとうと言って一人で泣きます」とインタビューに答えた。
 
 コントというのは何らかのギャグが生まれる。「飛びます飛びます」はその中でも一番のギャグかもしれない。しかし本当の芸人さんというのは、お客さんの前に出てきただけで笑いを取れる。そうするともう大御所の部類に入る。二郎さんが舞台を横切るだけでお客さんが笑ったという。そんな相方を失った欽ちゃんの悲しみは計り知れない。
 
 40年も一緒にやってきた友人が亡くなるときなど想像ができない。特に、笑いを追求してきた人がその対極にある悲しみになったときなんて、あまりにも辛すぎる。坂上二郎さんのご冥福を心よりお祈りいたします。
 
 
★ 萩本欽一さん一問一答「コント55号は幕引きです」(産経新聞・11/3/10)
★ 坂上二郎さん死去:「一人で泣かせて」涙をこらえて欽ちゃん会見 コント55号「心の中では不滅」(毎日新聞・11/3/10)
★ 欽ちゃん「最高のコメディアンいなくなった」(読売新聞・11/3/10)
★ 「坂上さんはアイドル」 関根さん・小堺さん追悼の談話(朝日新聞・11/3/10)
 
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譲りたい気持ち

 妹が3才と1才の子供を連れてファミリーレストランに入った。食事が出てきてしばらくすると1才の子が泣き出した。この子の声はとてもうるさく周りのお客さんに大変な迷惑をかけてしまった。近くにいた中年の女性に「うるさいわね!」と叱られて恐縮しながら妹たちは食事にほとんど手をつけずに店を退散した。
 
 知人はがんを患い、病院で放射線治療を受けた後にバスで帰路についた。体力の消耗で席に座っていた彼女はもうぐったり。すると中年女性が「お年寄りが立っているでしょ。あんた若いんだから席を譲りなさいよ!」と言ってきた。知人は何も言わずに立ち上がり、自分の降りるところまで我慢して立っていた。
 
 以前に「マタニティマーク」の普及を訴える記事を読んだ。妊娠初期の女性は見た目では分からない。そのため気分の悪いときには電車内などで座りたいときにこのマークをカバンなどにつけておけば他人からも一目で分かるというものだ。
 
 実際にカバンにそのマークをつけている女性を見たが、もう少し大きくした方が良いのではないか。ネックストラップ状にしてもいいかもしれない。それに加えてもう少しマークの周知をした方が良い。厚生労働省では「子供ができない方もおり、積極的にアピールできない」という。子ども手当を大々的に展開しているのにそれはないだろう。
 
 幼い子や老人に対して冷たくなってしまった私たち。個人主義、権利、プライバシーだと声を上げ、他人には気を遣わなくなってしまったただの人間の抜け殻になってしまった。ただのぬけがら。
 
 冒頭の妹と2人の子供たちだが、店を出るときに店員さんが「ごめんなさいね」とおもちゃをくれたということである。小さな優しさ、ほんのわずかな気遣いを忘れてしまってはいないだろうか。
 
 
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★ 厚生労働省:首都圏の鉄道事業者16社局によるマタニティマークの配布等について
★ 「席を譲らなかった若者」という記事・2(本ブログ・05/5/13)
★ 「席を譲らなかった若者」という記事(本ブログ・05/4/28) 
 
 

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