最近流行りのSNS(ソーシャルネットワーキングサイト)mixi(ミクシィ)を疲れたことを理由に突然辞める人が多いという。
mixiに限らずこのブログもそうである。相互リンクし、トラックバックやコメントが付けば嬉しいのは同じだ。
こうしたものをわざわざ「やめる宣言」するというのは、それだけ依存度が高い証拠だろう。何かの節目に「やめたいと思います」と記すのも、そうしたものが生活の一部になっているからだ。
ネットのない時代にはなかったこうした現象。ネットはバーチャル空間である。そしてバーチャルとは「仮想」という意味ではなく、「目に見える実態はないが、現実味を帯びている」という意味である。このバーチャル空間をゲームと錯覚し、犯罪予告を行えば捕まるのはすでに明白である。また、うっかり暴言を吐けば相手を傷つけることになる。
頻繁に更新していて疲れたら、ログインしなければいいだけの話である。バーチャルな付き合いでもネットは公の場所。本当に大事なことは、面と向かって人と会ったときにどれだけ相手のために心身捧げることができるかである。コメントの数や「足あと」が全てではない。
一方で、ネットやメールのちょっとしたひとことで救われることもあるだろう。救うこともできる。バーチャル空間のやりとりをないがしろにしていない人は、面と向かってもその人間性はほぼそれと同じである。
☆ 人は誰でも、それぞれ他人には言えない苦しみ、悲しみを胸に秘めている。 しかし、人の眼を見ただけでは、こうした内面に秘めた辛さ、悲しさに気づくことはない。 当人が語らない限り、苦悩も悲しさもないかのようである。 (白隠慧鶴)
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★ 「mixi疲れ」を心理学から考える(ITmedia・06/7/21)
★ ふられれても友人(本ブログ・05/10/1)
タグ: 倫理
捨て犬・捨て猫 半減目標 環境省
以前、テレビで「動物愛護センター」なる施設のドキュメントを見たことがある。番組の内容は、同センターの一番荷の重い仕事の一部であった。
犬たちが部屋に閉じこめられ、テレビカメラに向けてワンワン吠え、しっぽを振って近寄ってくる。この子たちを見ていると「僕たちを引き取って」と言っているように聞こえた。カメラに向けられた彼らの視線は必死だった。
引き取り手が見当たらなければ、次の部屋に移されることになる。さらに次の部屋に移され、最終的には「終末処理」される運命にある。
環境省の04年の集計によれば、迷子などで保健所に引き取られた犬は18万匹、猫は23万匹で、9割以上が殺される運命にある。多くは人間の身勝手な理由で捨てられることが多い。
目は口ほどにものを言うという。そんな純粋な犬猫の瞳に目をつぶる冷たい人たちは、こうした主張に耳をふさぐ。開いた口からは彼らを捨てる言い訳しか出てこない。
☆ 人間は鳥かごの中の鳥のように自由である。ある限られた世界の中で動くことができるからだ(ラーヴァター)
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やめさせてくれない会社
会社を辞めるのは個人の自由であるが、人手不足のためにやめられないという相談がふえているとのことである。
「やめるなら損害賠償請求する」なんていう脅し文句もただの脅しに過ぎず、なんら法的根拠がない。
景気が悪くなるとリストラし、景気が回復すれば会社にいろという。会社というのは従業員を何だと思っているのだろう。従業員というのは持ち駒ではない。従業員は常に前進すべく尽力し、「王手」目指して一歩一歩コマをすすめるためにがんばっているのではないか。
そんなに従業員にいて欲しいのであれば、待遇の改善をしっかり考えるべきである。今は昔と違い、会社のために働くという人は少ない。いかに自分の能力を最大限引き出せるかを考えて転職を繰り返している人も多い。
その能力を会社の長の方々はちゃんと見極めたことがあるのだろうか。自社員の面倒をしっかり見られない会社が、お客さん相手にまともな商売はできるかといえば、それは怪しい。入退職者の激しい会社は本来の業務がおぼつかなくなる。働きさんあっての会社の存在を忘れてはならない。
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★ <リストラ反動>人手不足で辞められず 組合に相談増える(毎日新聞・06/6/14)
スカート盗撮のテレビ局
今年の漢字大賞は「盗」じゃないかと思うほど、盗撮事件が続いている。リスクを冒してまで、何故そんなにパンツが見たいのだろうか。携帯電話は便利だが、新しい文化が普及すると必ずそのすき間に犯罪が生まれてくるのは古今東西不変だ。
ついでながら、制服のミニスカートはやめたほうがいいのではないか。少子化対策で多くの女子高でこれを導入をしているが、これだけ盗撮被害の対象となっている状況に、危機感を抱いた方が学校関係者はいいだろう。「我が校は生徒を守るために制服を変えます」と唱った方がイメージがよくなる。子どもが被害にある事件が毎日毎日報道されて、ショックを受けている子どもが多いかと思うとかわいそうである。
ところで、盗撮をして捕まった日テレのアナウンサーについて、日本テレビは「プライバシーに関わることなのでコメントできない」とした。被害者加害者のおおよそいらないプライバシーまでいちいち報道する割には、こんな理由で自社員の不祥事に対して、まともなコメントの一つもできないのか。
犯罪者に対して頼りない姿勢の報道機関なんて無力である。今後、加害者のプライバシーを伝えれば、その姿勢は胡散臭い。被害者の感情というプライバシーをないがしろにした、いい加減な電波資源の無駄遣いである。
☆ 失敗の言い訳をすれば、その失敗がどんどん目立っていくだけです。(シェイクスピア)
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★ スカートめくりを知らない男達(本ブログ・05/3/28)
大学でこの時期になると、授業で学生の連絡先等をリストにして配布することがある。共同作業をすることになるので、その方が便利だからだ。
先生はリストを配布し終わったあとにボソッという。「あ~、それからそのリストなくさないでね。みんなの個人情報だから」
この個人情報を扱うのに、世間ではかなり過敏になっている節がある。例えば、国勢調査では個人情報の漏洩をおそれるあまり、調査を拒否した人が多かった。学校では緊急連絡先の名簿を作れない学校が出てきた。
知人でもなかなか個人情報を教えてくれないこともある。相手が見えるのにその一歩奥まで入り込めないもどかしさが最近多い。
初対面の人と会えば、「どこに住んでいるのですか?」と聞く。人によっては「あの駅のスーパーの裏辺り」と具体的に教えてくれるが、「横浜のほう」としか言わない人もいる。
いけないのは、情報を知ることではなく、その大事な情報を漏泄することにある。情報提供も慎重にならないといけない窮屈な時代だが、目の前にいる人がどこの誰だか知らないというのは普通ではない。
あなたのこと、もっと知りたいんですよ。
☆ 鎖をあざ笑うものがすべて自由とは限らない。(レッシング)
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組織の統率が崩れると、取り返しのつかないことになる。カリスマが逮捕されたラ社では、東京地検による幹部の逮捕以降に離職者が続いたそうである。
組織を辞めるとき、理由はいくつかあるであろう。
1. 個人的な事情による理由
2. 栄転
3. その組織が嫌になった
問題は3番目である。人間関係で空気が悪くなるのは上の人間の統率が上手くいっていない証拠である。
がなり立てるだけでは人はついてこない。組織に新しい人というのは見下されがちだが、相応の評価がもらえなくて苛立っていることだってある。そんな人を馬鹿にするようなことがあってはならない。
ラ社の広報を勤めた女性がやめた。メディアにも露出していたが、もう仕方がないことなのだろう。辞める人も辛いと思うが、それを見送る人もまた辛いのである。
☆ いかなる革命家も、最後には独裁者か異端者になる(アルベール・カミュ)
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一昔前であれば「オンナ社長!?」と言っていたが、今ではそれも珍しくなくなった。男女が同等の立場で仕事ができる環境が整い、発言をして行動ができ実力を発揮できる世の中になっている。
組織が人を引っ張っていくのは容易なことではない。例えば叱り方。男性は人前で晒し者になってなんぼであると思っている。
女性は陰でこっそりたしなめるのがいい。こういう男女差別は大いにすべきであると思うのは、男女は元々その資質が違うからだ。
学校の理科の実験の時に男女が共同作業をするのには理由がある。男の子は表面を観て理論的に考えるが、女の子は男の子の気がつかない部分を女性らしい視点で見抜く。だから一緒に実験をする意味があるのである。
叱るのに感情的になってはいけないし、注意する仕方もちょっと気を使えば人は動いてくれるものである。情報操作ならぬ、雰囲気操作。これができている組織の中の女性たちは実に生き生きしている。
☆ 政治の世界では、何かを言ってほしければ男性に頼みなさい。何かをしてほしければ、女性に頼みなさい。(マーガレット・サッチャー)
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★ 2つのタイプ(本ブログ・04/10/13)
小さい頃、外でぐずっていると「じゃあもう知らない、そこにずーっといなさい。お母さんはもう帰るから」と本当に遠くまで行ってしまい、ごめんなさいごめんなさい、と泣きながら追いかけた記憶があります。
先日、電車内で小さな男の子2人が不機嫌らしくて大声で泣いていました。お母さんは小声で注意。「うるさいから静かにしなさい。泣くんだったら迷惑だから次で降りるよ」。
結局、予定通りの駅で降りたようですが、どうせなら前の駅で引きずり出しても降ろすべきだったのでは。または言うこと聞かないんであればバシッとひっぱたくとか。
それより以前に、車内でお父さんが小学生の男の子を凄い勢いでひっぱたいていました。「何度言ったら分かるんだ。なんで叩かれたか分かっているのか。『ごめんなさい』だよな?」
あまりの迫力に車内は緊迫。私が思わず謝ろうかと思ったほど。
男の子は呼吸もみだれて泣きながら「ごめんなさい」。
お父さんは「もう泣くな。男の子なんだから泣くなよ」
公の場で子供をひっぱたくことができるのは親の特権。子供は公の場で晒し者になり恥をかくことで成長していく。公共の場で叱る親もいれば、家庭内でしつけと称した虐待がやまない昨今。
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★ 長男虐待死:夫婦を傷害容疑で逮捕 群馬県警渋川署(毎日新聞)
★ 虐待される命(本ブログ・05/6/19)