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還暦迎えた志村けん コメディアンにこだわり続けるプロ魂

 「全員集合!」を観ていた世代なので、志村けんとはテレビ越しの長い付き合いになる。志村けんはコメディにこだわり続けているので、ドラマや映画に出演しない。かつて「笑っていいとも!」のテレホンショッキングに、桑野信義の紹介で電話がかかったときも「明日ゴルフだからだめだよ」と断った。しかしその後に初出演をするが、非常にばつの悪いタイミングだった。
 
 タモリに向かって、「今日、『だいじょうぶだぁ』のDVDが発売になる」といって、タモリのことをポンとたたく。そして「メンバー全員が出るの!」と言って笑う。テレホンショッキング初出演のこの日、「だいじょうぶだぁ」メンバーが逮捕されてしまった日であった。
 
 映画の出演歴も1度だけある。「鉄道員(ぽっぽ屋)」に出たのは、主演の高倉健さん直々の電話があり「さすがに断れなかった」ということであった。
 
 コントというと、ドリフのメンバーのみならず、アイドルや歌手、などと絡むのは絶品だ。桜田淳子、研ナオコとの夫婦役を演じるコントは相手の特徴をよく捉えてうまく合わせている。アイドルとのコントは、演技のつたなさを逆に利用して能力を最大限に引き出すところがうまい。充分に練られたコントのオチが分かっていても、志村けんがやると最後まで観てしまうから大御所というのはすごい。
 
 NHKの紅白歌合戦で、氷川きよしの応援ゲストとして、ビートたけしと二人でコントをやったことがある。コントそのものはベタな作りで、内容としてはハッキリ言って面白くない。しかしビートたけしと志村けんとが演じると何でも面白くなってしまうし、紅白という場に出てくるだけで思わずにやけてしまう存在感という才能は他に類を見ない。
 
 舞台へのこだわりがあるという。「お客さんの生の反応が一番嬉しいし、気持ちもいいから」というのは「全員集合!」で得たものが影響しているのかもしれない。歌手でもライブにこだわる人たちがいるが、お客さんと楽しさを共有する空気というのは、その職業冥利に尽きることであろう。
 
 しかし還暦を迎えているとは知らなかった。これからも腹を抱えて笑えるようなものをどんどん提供して欲しい。幕が開く前から笑ってしまうようなその才能が大前提となっているコメディアンはそう多くはない。期待を超えるような時間をもっともっと作ってください。笑う準備をして待っています。
 
 
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★ 喜劇王は「働き盛り」 60歳の志村けんさん(毎日新聞・10/5/3)
 
 

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訃報:ラッシャー木村さん死去、誤嚥(ごえん)性肺炎のため68歳

 また昭和を飾った著名な人が逝った —————— 元プロレスラーで2003年からプロレスリング・ノアの終身名誉選手会長に就任していたラッシャー木村さん(68)=本名:木村政雄=が24日午前5時30分、腎不全による誤嚥(ごえん)性肺炎のため死去した。プロレスリング・ノアの公式サイトで発表した。
 木村さんは大相撲からプロレスに転身。アントニオ猪木、ジャイアント馬場、ジャンボ鶴田らの人気レスラーとともにプロレスを盛り上げた。
 試合終了後のマイクパフォーマンスは人気で、観客からは「マイク!マイク!」とパフォーマンスを求めるマイク・コールが起こるほど。かつての志村けんさんの番組でも、桑野信義さんがこのマイクパフォーマンスを真似するほどであった。
 03年3月の試合を最後に体調不良により長期休養に入り、04年7月、ビデオレターで引退を表明していた。
 
 木村さんは1941年6月に北海道で生まれた。58年に大相撲宮城野部屋に入門したが、64年にプロレスラーに転向した。
 
 ホームページによると、遺族の意向により、通夜、告別式は親族のみで執り行うといい、「明日の富山大会にて、10カウント弔鐘(ちょうしょう)を鳴らして、故人の冥福を祈る」と掲載されている。ラッシャー木村さんのご冥福を心よりお祈りいたします。
 
 
★ プロレスリング・ノア公式サイト
★ ラッシャー木村さん:死去、68歳=元プロレスラー(毎日新聞・10/5/24)
★ 元プロレスラー ラッシャー木村さん死去(朝日新聞・10/5/24)
 
 

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懐かしい再放送「ザ・トップテン」キラキラしていた80年代

 この手の番組の再放送を見ることができるとは夢にも思わなかった。かつてのランキング形式の音楽番組で一世を風靡した「ザ・トップテン」が懐かしい。80年代を彩ったアイドルたちが懐かしく、四半世紀の時間経過を忘れさせてくれる。
 
 松田聖子、河合奈保子、中森明菜、堀ちえみ、小泉今日子、菊池桃子などの女性陣、チェッカーズ、安全地帯、吉川晃司、アルフィ、CCBなどの男性陣。歌手が歌う前に、司会者であった堺正章と榊原郁恵と一緒にする会話も楽しい。
 
 番組の魅力となったことの1つに「中継」がある。主に番組放送していた東京・渋谷公会堂に来られない歌手は、中継で渋谷とを結び歌を歌った。特に中継にこだわっていたのは「ザ・ベストテン」ともいえる。時間がない歌手が新幹線で移動していたときに、駅の停車時間というわずかな部分を拘束して中継で歌わせた。歌手によっては、新幹線が発車するぎりぎりまでホームで歌い、発車のベルが鳴ったときは新幹線に乗り込んで歌を歌い続けるという、今では考えられない”無茶な”中継が楽しかった。
 

 こうした中継について、当時の「ザ・ベストテン」の担当は、「ランキングを正確にするために中継にもこだわった」という。是が非でも歌ってもらうことで、ランキングというものに真実味を与えたわけだ。しかし番組開始当時は系列局の協力を得るのに苦労したという。「報道ならともかく、たかだか3分の歌のために中継車を出すなんて」というわけだ。しかし中継も後に番組の重要な位置を占めることになった。(※)

 
 ザ・トップテン番組中のハプニングとして、「日本航空123便墜落事故」(85年8月)の速報がある。番組冒頭に小林完吾アナウンサーが、同機が管制塔レーダーから消えたことを伝えた。番組は進行したが、何度か中断してこの事故の速報を伝えた。
 
 80年代後半に、トップテンやベストテン、「夜のヒットスタジオ」が相次いで番組の歴史に幕を閉じた。その原因として、視聴者の音楽嗜好の変化が挙げられた。そして大スターやヒット曲の不在、出演を拒否した歌手が続いたことも大きな痛手となった。
 
 この時期の音楽業界といえばレコードからCDへ移行した時期である。1曲聴くのに針を落として歌詞カードを読みながら音楽を楽しむという時間があったが、CD出現で忙しくても多少手荒に扱えるCDはテレビの前で好きな歌手が出てくることを待つ必要をなくした。加えて洋楽ブームが起きていたことも、当時の音楽番組離れを加速させていった。
 
 番組を支えたのは出演歌手のみならず、司会者も同じである。そして裏方さんの苦労も忘れてはならない。出演者のスケジュール管理、中継の手配、大きなセットの制作など番組を楽しく見られるために忙しく動き回っていた人たちに感謝したい。
 
 毎週が楽しみだった音楽番組。ランキング紹介でどの歌手が出てくるのかはとてもワクワクさせられた。そんな興奮を四半世紀ぶりに味わえるのも、再放送を有料で見ることのできる時代になったからであろう。”来週”はどんな歌手が出てくるのか楽しみである。それにしても童心に戻る。思えば放送当時、純粋にテレビを楽しめばよく、大人目線で見る必要がなかったことが実に楽しかったのだ。
 
 
(※)=参考・読売新聞東京版夕刊・92年11月24日
 
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★ ザ・トップテン(日テレプラス)
 
 

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懐かしい再放送「玉ねぎむいたら・・・」 家族で観られたドラマ

 気は強くて情に厚いが、家事はてんで苦手・・・。嫁修行ということで、母(春川ますみ)の友人である漫画家・大国鶴郎(藤岡琢也)宅にお手伝いとして居候する小浪(こなみ・桜田淳子)の努力奮闘を描いたドラマ、「玉ねぎむいたら」が懐かしい。
 
 鶴郎は漫画家だが、実際に描いているのはアシスタントである理介(石立鉄男)、蝶子(中尾ミエ)、一久(山本紀彦)の3人である。この家には3人の子どもがおり、一番下の輝利(蔵下輝美)はウソばかりつく男の子。だが小学生ということもあり、3人の子どもの中でも小浪がよく面倒をみる。
 
 ある日、この家に”有名人宅訪問”のようなラジオの生番組が来ることになった。理介は前日、マスコミ向けの振る舞いをするようにアシスタントら家族全員に相談する。しかし問題があった。鶴郎の妻(新藤恵美)は男の家で別居中なのだ。「奥さんは旅行に行ったことにしよう」となった。
 
 ところがいつもウソをつくはずの輝利が、「ぼく本当のことをしゃべるよ。それでもいい?小浪が言ったんだろ。だからぼく決めたんだ。もうウソつかないって」と小浪に言う。小浪は輝利をじっと見つめて微笑む。「いいとも、何しゃべっても良いよ。お姉ちゃん、全責任持つから。クビにされたってさ、てるぼうのことかばってあげる」。
 
 本作品ではすぐにカッとなる理介と小浪の犬猿の仲が面白い。そう、最初は犬猿の仲なのだが・・。石立鉄男さん独特のコミカルな演技、そして色白で目のぱっちりした秋田美人である桜田淳子さんの元気で優しい演技が目を引く。
 
 
 ところで、虐待という卑劣な事件が後を絶たない。80年代当時も子どもを捨てる親はいた。しかし昨今のようなひどい虐待までする親は聞いたことがなかった。テレビが娯楽であり、家族全員で観られるドラマの1つが「玉ねぎむいたら」であったが、こうしたドラマに理想の家族像を心に描いたものである。
 
 「どうして、てるぼうのどこがいけないのよ。みんな寄ってたかってのけ者にして。かわいそうだと思わないの?あんたたちなんて最低だよ、みんな大嫌い!」と小浪が怒るように、子どもを救ってあげる心と教え諭す厳しさの両方を普通の親は持っているものである。玉ねぎをむいて泣くことも、そのあとにうっかり指を切ってしまう痛みも、思い出しておきたいものである。
 
 「玉ねぎむいたら」はDVDとなって販売されている。上記メンバーに加えて、鈴木ヒロミツや和泉雅子、荒木由美子、車だん吉、森マリアらそうそうたるキャストである。小浪の妹役ということで、松田聖子も初回と第二話に登場している。
 
 
☆ 子どものウソなんてたかがしれてるじゃないか。大人たちの汚いウソに比べたら。(小浪「玉ねぎむいたら」)
 
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★ たまねぎむいたら・・・(全31話)映画チャンネルNECO
  
 

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ポーランド・カチンスキ大統領夫妻搭乗機、ロシア西部で着陸失敗 全員死亡

 ポーランドのカチンスキ大統領(60)夫妻の乗った専用機が10日、ロシア西部スモレンスクの空港に向け着陸体勢に入ったところ墜落した。大統領夫妻の安否は不明とされていたが、乗員乗客全員が死亡したと報じられており、カチンスキ大統領も亡くなったとみられている。
 
 ロシアの緊急事態省によると、同機には132人が乗っていた。大統領は、旧ソ連によるポーランド人虐殺の「カチンの森事件」の70周年追悼式典に参加するため、妻や遺族会など同行団とともにスモレンスク近郊の軍用空港に向かっていた。
 ロシア国営テレビが現場から伝えた映像では、林の中に機体が散乱しており、煙が上がっている。ロシアのメドベージェフ大統領は、プーチン首相に事故原因解明に全力を挙げるように指示した。
 
 大統領専用機は旧ソ連製。コックピットに使われている計器類はすべてアナログの古いものだった。加えて、現場は霧で視界が悪かったことから、高度を誤ったのではないかとみられている。
 
 在任中に国家元首が亡くなった例としては、1963年のパレード中に頭部を狙撃されたジョン・F・ケネディ米国大統領(46)、78年に急性心不全で入院中になくなった大平正芳首相(70)などがある。在任中ではないことになっているが、2000年に脳梗塞で倒れ、退任後に亡くなった小渕恵三首相(62)などがある。(年齢はいずれも死亡当時)
 
 
★ ポーランド大統領機墜落 大統領ら96人全員死亡(朝日新聞・10/4/10)
  

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アメブロ芸能人ID・パス流出でホリプロ元契約社員を逮捕 警視庁

 アメーバーブログを利用していた芸能人のIDとパスワードが流出した事件で、芸能プロダクション「ホリプロ」(東京・目黒区)の元契約社員の男(30)が3月13日、不正アクセス禁止法違反容疑で警視庁に逮捕された。
 
 同庁ハイテク犯罪対策総合センターと渋谷署によると、逮捕容疑は今年の元日未明、タレントの藤本美貴さんのブログにIDとパスワードを使って不正に侵入して、芸能人445人分のIDとパスワード記載リストを張り付けた。その結果、ブログ閲覧者がそのリストをダウンロードできるようにした。
 
 アメーバーブログを運営するサイバーエージェント(東京・渋谷区)の内部文書だった同リストだったが、誤って男にメールで送信されたのが原因だった。現在はID・パスワードとも変更されており、流出などの被害はない。
 
 こうして原因を見るとささいなことであった。しかしメールの「送信ボタン」の怖さを改めて知る。送信相手が適切か、添付書類は間違いがないか、確認する作業が必要だ。米グーグルの運営するGmailがベータ版で提供している機能に「夜中にメールを送信する際は確認メッセージを出す」というのがあるが、そんな機能が標準で必要になるかもしれない。
 
 そして痕跡が残るにもかかわらず、不正にアクセスをした男の目的は一体何だったのであろうか。男は調べに対し「大切なファイルを持っていることを誰かに知らせたかった」と供述している。あまりに稚拙な動機である。動機という言葉を使うのもためらいたくなる。
 
 
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★ 芸能人ブログID・パス流出、ホリプロ元社員逮捕(読売新聞・10/3/17)
 
 

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相棒Season 8の最終回 特命係の杉下右京と神戸尊は・・・?

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 「この6ヶ月間、僕が杉下さんを調べていたのですか?僕が調べられていたんですか?」
 
 杉下右京警部との新しい「相棒」となった特命係の神戸尊警部補。神戸が運転する車が走行中にオービス(自動速度測定装置)に捉えられた。しかし通常1回フラッシュがたかれるのに、2回光ったことに疑問を抱くことから話は始まる。
 
 当初から神戸はなぜ特命係に配属になったのか疑問を持ちつつも、特命係がこれまで同様に事件解決をするのと同様に2人は協力していく。そして杉下は折に触れ「無理して僕の仕事に着いてくる必要はありませんよ」と神戸に告げてきた。杉下は神戸の役割を知っていた。
 
 IT、つまりインフォメーション・テクノロジーが社会の基盤となっていることは便利である反面、その運用は慎重を期する。ハードウエアは従順にも人間の要求に応えることだろう。しかしそれが人間の要求を超えたとき、人間は所詮アナログにしか物事を処理できないことを知らされる。
 
 何度か書いてきたことではあるが、1つの組織にいると、また、1つの組織しか知らないことで、常識と非常識が交錯することがある。その組織の中でどれだけ自分を見失うことなく進んでいくかということが大切だ。
 
 すき間に入り込んでくる”組織の常識”に身を投じなければいけないとしたら、我々は本当に正しい道を進む信念を持っているだろうか。
 
 杉下と神戸の”相棒”は終了した。そしてこの2人で新たな「相棒」としての特命係が始まるのである。我々の日常生活でも新たな生活を迎えることができるのは、自分の役割を知り、そしてためらうことのない第一歩を踏み出したときである。
 
 
☆ 苦しみは、弱い者にとって閉ざされる扉であり、強い者にとっては開かれゆく扉である。(アルマフエルテ)
 
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★ 「相棒」Season8 始動、どうなる杉下・神戸のコンビ(本ブログ・09/10/14)
★ 特命係に神戸尊(及川光博)がやってきた 「相棒 Season7」最終回(本ブログ・09/3/18)
★ 特命係の亀ちゃん、相棒を卒業(本ブログ・08/12/18)
★ 相棒Season8(テレビ朝日)
 
 

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銀色に光った浅田真央の涙 バンクーバー五輪閉会

 
 「そうですね、長かったというか、あっという間でした」。
 
 こう答えたのは浅田真央。フィギュア・フリープログラムの演技終了後の最初のインタビューで「4分間はどうだったか」と聞かれてのことだった。次に「長かったと感じたのはどの当たりですか?」とインタビュアが質問している最中に浅田の顔がくしゃくしゃになった。見ていたこちらの涙腺もここで爆発した。
 
 「4分間だったんですけど、すごく・・・もう、まあいろいろ考えたりして、長かったなと思ったんですけど、でも本当に、あっという間に終わってしまいました」。
 
 「演技に行く前に音楽を聴いていましたが、どんなことが頭をよぎったのですか?」
 
 「でも、自分の今できることは、すべてできたので、悔しいですけど」。
 
 久しぶりに五輪選手が「悔しい」と言ったような気がする。負けを認め、それを公言することはかなり勇気の要ることだ。しかし初出場の五輪で銀メダルというのはすごいことである。それに浅田はまだ19歳。顔をゆがめ、呼吸も乱しながら泣いていた時は、まだ幼い女の子が泣いているような感じがして、親のような心でこちらも胸が熱くなった。
 
 敵ながらあっぱれだと思ったのは、金メダルのキム・ヨナだ。ショートではボンドガールを魅力的に演じ、フリーでは無駄のない動きに感心した。高さのある回転、しなやかな動き、それは次の動きへ自然に移行できるしなやかさであった。
 
 どこかの記事で「浅田の服の色がよくなかった」と書いてあったが、色よりもむしろ、肌(色)をもう少し露出してもよかったのではないかと思う。キム・ヨナがそうであったように、もともと手足の長い浅田だが、服装でそれを隠してしまったのはもったいない。大きく演技を見せることができた方が綺麗に見える。その点が少し残念だ。
 
 それにしても、東洋人がこんなに健闘する種目だったかと驚いた。キム・ヨナ、浅田、安藤美姫、鈴木明子、米国代表だが日米両国籍を持つ長洲未来、と上位10人のうち5人が東洋人だ。昔と違って体格も変わり、小柄な東洋人はジャンプなどに有利になったことがあるかもしれない。
 
 銅メダルのロシェット(カナダ)は、2月21日に母親が心臓発作で急死という悲報を受けた後での出場となった。フィギュアで初の金メダルを韓国にもたらしたキム・ヨナ、初出場で銀メダルを取った浅田。3人はそれぞれの想いを胸に秘めて表彰台に立ったことだろう。
 
 どうしてもメダルの色に話題が行ってしまうが、表彰台に立つものだけが分かることがある。それは首にかけられるときのメダルの重さである。その重さは、それまで背負っていたプレッシャーを解放させてくれる、小さくて心地よい重さなのである。
 
 初出場の五輪までに長い年月をかけてきた浅田真央。これからは次への4年という時間を意識して練習をすることになる。がんばれ!真央ちゃんのトリプルアクセルを跳ぶ前の、手足を振り子にする一瞬の静寂が大好きだった。
 
 
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★ 浅田「銀メダル、すごくうれしい」 フィギュア陣が会見(朝日新聞・10/2/27)
★ 【フィギュア】東洋系が席巻 身体的、文化的に優位性?(産経新聞・10/2/26)
★ 五輪フィギュア:浅田の銀、視聴率最高46.2% 占拠率は71.8%(毎日新聞・10/3/1)
★ 五輪フィギュア:ロシェット、母失い表情で涙(毎日新聞・10/2/24)
 
 

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