都市計画地域の中に風致地区と呼ばれる地域がある。風致地区というのは自然の美しさを保護するために規制されている地区であり、神奈川では藤沢市の湘南地区、大阪市では夕陽丘、神戸市は六甲山、奈良市春日山、福岡市松崎など、平成24年3月現在、全国で762地区が風致地区に指定されている。自然美ではなく、神奈川県鎌倉、岐阜県飛騨高山のような人工美を守る都市計画地域は景観地区という。
東京・練馬区の北西部に位置する大泉地区は23区でも指折りの「風致地区」に設定されている場所である。都内では杉並区善福寺、千代田区お茶の水、大田区と世田谷区にまたがる多摩川など21地区が指定されている。
そんなのどかな場所である、練馬区大泉町で子供が襲われる事件が起きた。28日午後1時40分ごろ、同区立大泉第一小学校から「ナイフを持った男に児童が切りつけられた」と110番通報があった。ケガをしたのは一年生男子児童3人でいずれも軽傷。
3人の児童は校門付近で男にナイフで襲われた。近くにいた交通指導員の男性(71)が誘導に使う旗を持って立ち向かうと、男は車に乗って逃走した。男性は車のナンバーを控えていた。
通報から50分後、現場から北部に10キロほどの埼玉県三芳町で埼玉県警東入間署の警察官が手配された車を発見、職務質問したところナイフを所持していたため、銃刀法違反の現行犯で身柄を拘束された。
警視庁石神井署によると、逮捕されたのは事件現場近くに住む、男の容疑者(47)で、調べに対して「ナイフは持っていたが悪いことはしていません」と供述しているという。容疑が固まり次第、傷害か殺人未遂の容疑で逮捕する方針。
大泉第一小学校の校長は「下校時というのはこれから遊びに行こうとか、楽しい時間なんです。こういうときを狙う犯人は許せない」と語気を強めた。
評価しなくてはならないことがある。
事件発生から1時間も経たないうちに、隣接する埼玉県警が容疑者を補足したということである。県境で事件が発生した場合、警察本部同士の連携は欠かせない。かつて、東京・町田市で銃を所持した男が警察官に発砲して逃走した事件では、警視庁と隣接する神奈川県警との連携がうまくいかず、緊急配備の情報も共有できなかったことから、犯人を逮捕するのに時間がかかった。
今回、警視庁と埼玉県警の連携がうまくいったのは、かつて東京・埼玉で発生した連続幼女殺人事件がきっかけだったという。子供が被害に遭ったときにどう連携するのか、情報共有をどうするのか訓練を重ねた。
地域に配置されていた交通誘導員の男性のとっさの判断がよかった。子供が襲われているのをみて、すぐに男に立ち向かった勇気は賞賛されなくてはならない。
子供が受けた恐怖を払拭するために心のケアも課題だ。小さなころに受けた恐怖というのは記憶として残る。校門を出るたびに怯えなくてはならない、そんな怖い思いをさせては絶対にいけない。しかし、誘導員の男性がそこにいること、守ってくれるかもしれないという安心感を子供たちは感じたことだろう。
とにかく大きな事態にならなくて良かった。小さな子供たちをみていると、この子たちに未来は託されていると感じる。自分は十分生きた、交代すべき命はあってもいいと思う。刃物を振り回した男に立ち向かっていった誘導員の男性は「自分はどうなっても良いから子供たちを守ろうと思った」と語った。その勇気に敬服である。
そしてそういうかたにはもっと人生を歩んでいただき、生きることの大切さ、悪に立ち向かう勇気、守ってくれる人たちの存在、そんなことを子供たちに話していただいたいと思う。横断用の黄色い旗が、明日からも子供たちの安心のために振り下ろされること切望する。怖い思いをした男の子たち、男に立ち向かっていった男性をどう思っただろうか。早く元気になるといいね。
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★ 練馬児童切りつけ 容疑者の車にナイフ2本(日テレニュース24・13/6/28)
年: 2013年
公費での救助は無駄遣いではありません
どこぞの冒険家が海上で遭難して自衛隊機が救助に向かった件について、救助費用の算出が始まって冒険家が弁償すべきだという議論があるらしい。何でも1千万円の救助費用がかかったのだから、自己責任として費用を償わなければならないということのようだ。
ナンセンスである。それでは例えば、犯罪を犯す者がどれだけ無駄なコストをかけているか考えなくてはならない。
図書館における、器物損壊、窃盗行為で新たに購入しなくてはならない本の代金。街の至る所に書かれる落書きを消す洗剤等と人件費。暴走行為の果てに物損事故を起こし、警察や救急を動かすコスト。犯罪を犯した者を捜査機関が捕まえるためのコスト、裁判費用、服役中の刑務所に使われる税金。
こうしたことは、しなくてもいいことを悪意を持ってした者がいたためにかかる本来必要のないお金であり時間である。
冒険やレジャーなどで、計画の足りない部分に、または不可抗力によって第三者のお世話になる可能性は誰にでもあり、救援の手がさしのべられるのは大変心強い。こういう人たちの存在があるから安心して日常を過ごせるのだ。
太平洋上で自衛隊機が救助に向かったから、ことさら費用に注目が集まったのかもしれない。ならば、前述のような公費の無駄遣いにこそ声を上げるべきである。故意に税金を使うのと、緊急事態にお世話になるのとでは意味が全く異なる。
日本は法治国家である。法が治めるのだから個人が、法人が勝手なことをしてはならない。法令に則って生活しなくてはならない。従って犯罪を犯すなどということはもってのほかだ。そして法治国家であるから、緊急事態には法令に則って救援の手が差し伸べられるのは当然なのである。
太平洋の真ん中で心細い7時間であったに違いない。とにかく無事で良かった。救助されたかたも救助した自衛隊員も。
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★ 昨今の事故にみる「山岳警備隊」の存在(本ブログ・09/9/23)
★ 公立図書館で窃盗が横行(本ブログ・08/11/10)
★ 被害額「3銭」 駅コンセントで携帯充電の女性摘発(本ブログ・08/9/10)
移動弁当販売 求められる公平さ
福岡・博多の屋台は名物である。全国の4割ほどがこの地に軒を連ねる。あるラーメン屋に行ったことがあるが、駅の定期券が所狭しと並べられ、知らぬ土地に来て親近感を憶えた。勿論ラーメンもおいしかった。最近ではラーメンばかりではなく、フランス料理や中華などあらゆる食を楽しむことが出来る。
出店している屋台の8割は市道に出店しており、道路占有使用料は1軒あたり月5600円ほどになるという。こうした屋台出店に問題もある。汚水などの悪臭の問題、博多の一等地にありながら個人の商用利用のために公道を使用して良いのかという問題だ。使用許可を得ていない悪質な業者もある。
しかし博多の屋台は観光の一部とされて認知されており、行政も完全になくそうとしているのではない。問題なのは、違法営業している業者を行政が積極的に取り締まらないからである。正規出店している業者との公平性の問題、衛生上の問題は当局の監視が求められる。
近年、オフィス街で「キッチンカー」と呼ばれる移動販売車が増えている。短いお昼休みの時間に会社から飲食店まで移動するのも時間をかけたくない会社員に好評だ。すぐに買うことが出来るうえ値段も安く設定してある。利用者の多くはコストがかからずに「助かっている」との感想を述べる。
こうした移動販売車も問題がゼロではない。公道に車を止めることは道路交通法上で取り締まりの対象となる。法律上、車内での調理が出来ないので衛生管理は徹底しなくてはならない。また、車を停めた付近に飲食店がある場合にトラブルとなる場合がある。こうした業者は簡易に許可を取得できる、あくまでも「行商」という枠組みであり、常に移動できる「豆腐屋さん」のような扱いなのである。
「駐車禁止」の場所であれば5分以内の「停車」は可能であろう。しかしグレーな部分があることは否めない。民有地を借りて正規の営業をしているところもある。調理は出来ないが、火を入れる、冷やすことは可能であるので、あらかじめ用意した食材の適正管理が求められる。
移動販売自体はは被災地などの買い物難民の強い味方になり得る。道路は警察、食の安全は保健所という管轄である中で、利便性を担保するために新たな枠作りが必要だ。グレーゾーンを放置しておけば、正規に店舗を構えて営業している業者が経営的に打撃を受けることになる。
日本の屋台やランチボックスは独特の文化。文化と経済の融合は時にぶつかるが、利用者の安全が担保され、もとから店舗を構えている業者との公平性を保ち、新たなビジネスにつなげることの出来る法令のあり方、ルール作りが必要である。
★ 弁当の移動販売について(東京・港区ホームページ)
★ 移動販売ドットコム
島根県にある「島根あさひ社会復帰促進センター」は、全国で4番目になる半官半民で運営されている刑務所だ。こうした官民協働方式をPFI(Private Finance Initiative)といい、公共の施設を民間資金力を利用して運営する方法だ。
職業訓練では陶器や和紙の制作、理容師やホームヘルパーなどの資格取得も出来るが、日本盲導犬協会の協力のもと、盲導犬育成のプログラムがあるのがユニークである。実に10ヶ月間もの間、子犬(パピー)を育てることになる。
このブログラムの元で育てられ、盲導犬として認定を受けたラブラドールレトリバー1頭が、ユーザーの男性(48)らと谷垣禎一法相を訪問した。男性は「目が悪くなる前のスピードで歩けるようになりました」と法相に語った。
盲導犬は育成に時間と費用がかかる。需要に供給が追いついていない実態がある。こうした取り組みが進むことで、目の不自由な人の生活が少しでも楽になれば良い。そしてちょっとわがままで口をきかないパピーとの共同生活で、受刑者の新たな心のより所が作られると良い。
今年の1月、同センター内にて「盲導犬パピー育成プログラム第四期修了式」が行われた。受刑者である訓練生はパピーに「元気にがんばれ」「立派な盲導犬になれよ」などと達成感に満ちた表情で送り出したという。送り出された盲導犬は約8年の間活躍することになる。
受刑者もいずれ送られる立場になる。社会に出れば辛い出来事も待ち受けているに違いない。しかしそのときに、町で犬と出会ったら、苦難を乗り越えられる辛抱強さと、自分に対して、他人に対しての優しさをきっと思い出すに違いない。そうなれば、更正などという言葉ではなく、一人の優しい人間であり続けられることは必然だ。
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★ 刑務所で育てられる盲導犬(本ブログ・09/5/2)
★ 盲導犬:受刑者が育て・・初の認定を法相に報告(毎日新聞・13/6/20)
★ 島根あさひ社会復帰促進センター
シンデレラストーリー
コラムニストの深澤真紀氏によれば、「草食系」と呼ばれる男性の定義は、「恋愛に縁が無い訳ではないのに、積極的ではない、『肉』欲的に淡々とした『草食男子』」ということだそうだ。傷つくことを嫌がる温室育ち、という定義もあるそうだ。
昨今の社会情勢を考えてみると、はっきりとした実感のある世の中ではなくなってきている。漠然とした中で成果主義が進んだことにより、個人への負担が大きくなってきた。それは例えば職場で顕著になっていることであろう。寸分のミスも許されない、ブレーキで言うところの「遊びのない」空気が漂っている。ブレーキは止まることが出来れば良いが、「遊びがない」ので直ちに止まらなくてはならない。
パワハラ、セクハラはいけないが、何かあればハラスメント(嫌がらせ)だと言われるため、当たり障りのない言動に終始する1日。これでは誰もが「草食系」になる。まるでロボットであるかのごとく。
精神的に余裕がなくなれば、満足な食事や睡眠、そして恋愛をする時間すらなくなる。食事や睡眠も同じだが、恋愛や結婚は本来自然発生的に起こる動物の本能とも言えるにもかかわらず、「婚活」や「街コン」という言葉がわざわざ流行らなければ、男女の出会いすらなくなっているのは異常事態である。
努めて時間を設けるべきである。特に何をするのでもない、本当の意味での自由な時間を得るべきである。悩みがあるのなら、とことん悩むことの出来る時間を作るべきである。解決すべき方法が見つからなかったら、信頼できる人に打ち明ける時間を割くべきである。最近では本当に悩める時間すらなくなっているから、苦しいのである。
知り合いの女性が転職した。前の職場ではいろいろ大変なことがあったようで、そうした経験も踏まえてがんばりたいとのこと。
この国には、シンデレラのようにいじめられて苦しい思いをしている人がいる。そしてカボチャの馬車に乗れない。乗れたとしても、シンデレラガールもシンデレラボーイも、ガラスの靴が落ちていることに気づいていない。働き者のシンデレラの皆さん、ガラスの靴は透き通っているから、それを決して見逃さないで。
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常温で売られる飲料 コンビニで
ボイストレーニングを受けていたとき、喉を守るためのノウハウが張られていた。その中に、「飲み物は熱すぎず冷たすぎず」というのがあった。どちらも喉を痛めてしまう可能性があるからだ。
全国に1600店舗を展開するデイリーヤマザキでは、常温のお茶やミネラルウォーターの販売を始めた。「水滴で鞄がぬれるのがイヤだ」「薬を飲むのに常温の方が良い」と、メーカーのアンケートで4割が常温を支持していた。
そうした要望に加え、冷房が効いている部屋なら常温でも良いと感じることがある。冒頭のボイトレのこともあり、夏季に常温で飲み物を口にすることに抵抗がなくなった。
ただ、熱中症予防の観点では炎天下では冷たい飲み物で身体を冷やすことに意味はある。飲み過ぎればお腹を壊すことも考えられる。
身体の8割が水で出来ていることもあり、水分補給は夏季に限らず大切なことだ。あえて冷たい飲み物を口にするか、常温を口にするかは、その時の状況によってうまく使い分けたい。
ボイトレを習っていたこともあり、カラオケではいかに水分を補給せずに歌えるかという実験をしたこともある。歌に限らずだが、夢中になっていると水分補給しなくても結構長持ちすると感じた。
しかし、炎天下での運動中などは決して無理をしてはならない。こまめに水分補給、涼をとる、休憩を取るということを実践した方が良い。
ちなみに歌を歌うときも、喉に負担をかけないためにときどき水分をとることは必要である。夢中になるものがあると生活は潤うが、喉や体を潤せることもお忘れ無く。
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★ 冷えてないお茶売っています 常温ニーズにコンビニ動く(朝日新聞・13/6/16)
あなたとは50年前につながった
「LINEは50年前に生まれた」などという話題があるそうだ。勿論そんなことはあり得ないが、LINEを始めとする人をつなぐ道具というのはネット文化で栄えた。
固定電話しか無かったころ、相手の家に電話するのが楽しかった。特に異性の家に電話するのには勇気がいる。家族が出ることを予想して、うまく乗り切る文言をあらかじめ用意したものだった。父親がまずい。「どこのNonoさんですか?」なんて聞いてくる。どこのNonoさんでもいいじゃないか、早く彼女に替われ、そう言いたい気持ちをぐっと堪え、下手な敬語と丁寧語を駆使して異性の友人につながるのである。
ポケベルが登場したころ、電波の強かったポケベルは活躍した。数字だけのメッセージが送れなくても、電話以外の手段でつながることがとても楽しい。数字で「4649」(よろしく)とだけの簡易メッセージで相手の気持ちを汲んだ。
時同じくして、ファックスでやりとりした友人がいた。メールがない時代、濃厚な内容と筆跡が家に届いているのは手紙よりも早い楽しいやりとりだった。今でも宝物。
手紙も同じころやりとりした。郵便ではなく、直接手渡しする手紙の内容は恋愛の話がほとんどだった。誰某の気持ちが分からない、私も辛い、といった今考えればたわいの無い話だったが、手紙を書く時間、渡すとき、相手がそれを読む時間、それに返信する手紙、一人の相手の時間を大切に使った。
人のつながりというのは、自分にとって有益なつながりであればほどくべきでは無い。損得勘定をしなければならないつながりというのは解いた方が良い。プラスマイナスを考えなくても良い人間関係が、何かの拍子にほどけてしまったら、それはこっそり結んだ方が良い。人は誰でもうっかり間違える。修復する結び目は自分で強く結ぶべきである。
この先何十年後にもにつながっていられる関係はどれくらいあるだろう。つながりが過去形になってしまう人はどれくらいいるだろう。50年前に何かが生まれた。どうせ言うのであれば、たくさんの時が流れた、50年前にあなたと知り合ったね、そういうつながりを保ちたいものである。そういう過去を作るためには、つながる未来を今から結ぶことだ。
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日本語の便利なオノマトペ、擬音語擬態語擬声語
擬音語・擬態語の事をオノマトペ(onomatopueia)という。ワンワン、ドンドン、パクパクといった繰り返し語や、ツルッ、パクッ、ポンという言葉である。「(星が)キラキラ」は英語だと”twinkle”で済んでしまい、日本語の感覚だと味気ない。日本語ではこうした語が豊富であるがため、日本語を学ぶ外国人はかなり苦労するだろう。
食べ物の味や食感を表すにもオノマトペは活躍する。「もっちり」「とろとろ」「ふわふわした」などに加え、オノマトペではないが、「とろけるような」「こしのある」といった表現は日本語でおよそ800あると言われており、英語表現だとせいぜい200とされる。
大阪で交通事故が起きる。目撃者が警察官に、「車が向こうからガー来て、バーンぶつかって、ダー逃げた」などと擬音語が多く、事故捜査する警察官が苦労するという話を聞いた。ユーモラスではあるが、時に弊害となり得るオノマトペだ。
しかし医療現場では「胃がきりきり痛む」「傷口がずきずきする」という表現は日常的に問診する上で使用されている。こうした表現が無いと状態を伝えるのは困難である。
11日のNHK「クローズアップ現代」ではオノマトペを取り上げており、人がオノマトペを使うときは脳が活性化されていることを報じていた。スポーツの現場でも、膝を折り曲げる時に「グイといけ!」という言葉を使う監督のことが紹介され、「グイ」を使わないと、大変長い日本語での説明になるという。
オノマトペは便利だと思う反面、憂うべき側面もある気がする。正確な言葉が存在するのに、それを使えずにオノマトペばかり乱用使う懸念だ。カタカナで書かれた文字、発せられる言葉というのは時に感覚だけで使われる。それは幼児が車を「ブーブ」と言うのと似ている。幼児はそれで良いが、大人がはっきりした言葉遣いをせずに感覚だけに頼って伝えているとしたら表現として頼りない。
政治家が最近よく使う言葉に「きっちり」というのがある。どれだけ「きっちり」物事を実行してくれているのかいつまで経っても歴史が証明してくれない気がする。雄弁な政治家は過去の物になり、実体も無く、感覚に頼って言葉が一人歩きしてはいないだろうか。「アベノミクス」が単なる擬音語で終わりませんように。
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