昭和の頃の天気予報は今のようなCGを駆使したものではなく、手作りのお天気マークなどが使われることが多かった。気圧を言うときの単位も、現在の国際標準であるヘクトパスカルではなくミリバール。
かつて好きだったお天気お姉さんがいた。その当時、TBSで21時前に放送する天気予報があった。この番組が始まるときの「ポッパッパッ」という音はまだ耳に残っている。音と共に登場するのが大好きだったお天気お姉さんである。
気象予報士のいなかった時代にお天気を伝えるのは、アナウンサーや日本気象協会所属の気象解説者、あるいはこのお姉さんのようなお天気キャスターであった。今でこそバラエティあふれる気象予報士の布陣だが、当時は地味だったお天気キャスターの中で、ちょっとだけ変わった存在だった。
他愛のないことであるが、予報が終わった後に「それではまた」といって、腰のあたりで”バイバイ”と手を振るのである。そんなことをするキャスターが他にはいなかったので、好んで彼女の天気予報を見るようになった。このお姉さんは現在も現役で競馬番組を担当されているのだという。
このお姉さんの出ていた番組が夜だったこともあり、あの番組を思い出すと「もうすぐ寝なくちゃ」と思ったものだ。季節や時間を感じる思い出のお一人である。
☆ カメラの向こうに大好きな人がいると思いなさい。「ねえねえ聞いて。こんなことがあるのよ」という気持ちで話してごらん。うまくなくても、みなさんに伝わることばと表情になるはずだから。(吉村光夫・=ロングおじさん。デビュー当時のタレント・鈴木淑子に)
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年: 2008年
よくできたYouTube動画
むかしミニカーを持っていた。パトカーや消防車、普通の乗用車。マッチボックスというシリーズだったと思うが、箱にたくさんのミニカーが入っているものだった。知らない間に母に捨てられてしまい激しく怒った記憶がある。
YouTubeの動画の中で、時々目を見張るものに遭遇することがある。こうした動画を探すのは大変だ。1つ目はミニカーを使った動画。ミニカー達がたくさん登場する動画で童心に返る。
2つ目は地下鉄駅の動画。最初は何だろうと思うが・・まずはご覧ください。
☆ 床の上で自分の子供の電気機関車をいじくって三十分を空費することのできる男は、どんな男でも実際は悪い人間ではない(シメオン・ストランスキー)
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★ ミニカーショップ アートラグラン
★Tomica de Douga 003/トミカで動画003 ~トラックでドリフト~
★地下鉄の駅で何かが起こる!Amazing Train station
本田美奈子. 人々の心に残る声
「私のように、たいした努力もしないで芸能活動をしている人がいる中で、彼女は本当に努力家でした」。親友だった南野陽子が本田美奈子の葬儀に際して行ったインタビューでそのように語っていた。そのあと南野は泣き崩れた。
本田は急性骨髄性白血病と診断されてから、骨折をして偶然同じ病院に搬送された作詞家の岩谷時子とICレコーダーを利用し、ボイスレターの交換をするようになった。無菌室にいる本田が外部と情報交換をする1つの手段がICレコーダーだった。多くの詞を提供した岩谷は本田の恩師である。
岩谷を「おかあさん」とボイスレターの中で呼び、身内のいない岩谷を気遣った。そして必ず本田自身が歌を吹き込んでいた。病魔と闘っているものとは思えないほど安定感のある声量。岩谷は「みなちゃん、いつもありがとう。声がよく出ているので安心しています。声は体調がよくないと出ないから」。
そんなやりとりも続き、一時は退院するほど回復した本田だったが、2005年11月6日未明に家族が見守る中、38歳の若さで帰らぬ人となった。
2004年のクリスマスコンサートの時に撮影されたもので、誰もいないステージで本田が両手を広げて天を仰いでいる写真が公表されている。舞台には歌の神様がいると信じてのことだという。
歌の使者としてこの世に送り込まれた彼女は、歌の神様によって迎えがあったのかもしれない。平和を愛し、「小さな幸せ」が口癖だった彼女は、歌の神様にとっても魅力的な存在であったに違いない。
☆ 音程が少しずれても、心を込めれば歌は人に通じます。(本田美奈子.)
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★ 本田美奈子.が最期に遺した歌が配信リリース(BARKS・08/3/24)
★ 本田美奈子さんに捧ぐ(YouTube)
★ 「本田美奈子」の検索結果(YouTube)
土浦の8人殺傷事件、なぜ県警は防げなかった
男の容疑者(24)は警戒していた茨城県警土浦署員の前を素通りしていた。土浦市のJR荒川沖駅周辺で起きた8人殺傷事件で、警察は殺人容疑で指名手配をしていた男の犯行を許す形となった。
「早く捕まえてごらん」という本人からの110番通報を受けた県警は、携帯からの発信記録から、つくばエクスプレスの各駅に捜査員を配置し警戒していた。事件が起きた荒川沖駅周辺にも8人の私服警官を配置したが、変装した男は堂々と警官の目前を素通りした。
その直後、惨劇が始まった。改札付近にいた巡査が突然頭部を切られ、近くにいた別の巡査に事件の発生を伝えた。この瞬間に男は逃走、被害者を次々と出す結果となった。
この茨城県警の警戒態勢がおかしい。防刃チョッキを着けて臨んだ体制であったが、全員が無線機を所持しておらず、携帯電話で個別に連絡することとなった。けが人の救助に追われた捜査員は男を駅周辺から逃がしてしまい、県警本部に入った第一報は一般人からの110番通報だった。
この時に無線機を所持していれば、当然のことながら事件の発生は警戒中の捜査員全員に一斉に伝わることになる。殺人容疑で手配中の犯人を捕捉するのに、これでは8人の捜査員がいた意味がない。情報の伝達が一斉にできない携帯電話では、捜査員は8人ではなく1人で対処するのと同じ事である。
制服の警察官を配置しないところにも疑問を感じる。制服というだけで抑止力となりうる場合がある。少なくとも銃や警棒を装備している制服警察官であれば、突然の惨劇に対する被害を最小限に抑えられた可能性もある。最後に刺されて亡くなった男性の命は救えたはずだ。
男は犯行後、現場から300メートル離れた無人の交番にいるところを逮捕された。男を簡単に逃がしたことで、さらに被害者を増やした可能性も否定できない。県警は170人の体制で警戒していたというが、本当は荒川沖駅に配置されていた8人の捜査員だけで逮捕できた事案であった。警官の目の前で一般のかたが犠牲になったことを茨城県警は重く受け止めなければならない。
★ 容疑者、張り込み警官の目前を素通り(読売新聞・08/3/24)
★ 死亡の被害者は首をひと突き 明確な殺意「たまたま見かけたので刺した」、土浦市の8人殺傷事件(産経新聞・08/3/24)
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最初は仕事自体に不慣れなこともあり、適度な緊張感しかなかったのだが、仕事が分かってくるようになると過度なプレッシャーを感じるようになった。3ヶ月が過ぎようとしていたころ、朝食べたものを吐いてしまうという症状が現れた。職場近くで吐く場所が決まってしまう状態になった。
朝のみならず、昼も夜も少量しか食べていないのにも拘わらず戻してしまう。恐ろしくて食べ物はほとんど口にできなくなってしまった。結果、この3月だけで5キロ痩せた。しかし何も食べないわけにはいかないので、栄養剤だけ飲んで1日を過ごした。もちろん万全な体調ではなく、空腹で頭はクラクラする状態が続く。
今月いっぱいで終わりの仕事、早退したい、辞めたい、と何度思ったか分からない。しかし頑張ろうと決めた。
ところでいったい何の病気なのか調べてみると、摂食障害ではないようで、適応障害がぴったり当てはまるようである。ストレスを排除すれば比較的治るものらしいが、これが続くとうつ病やその他の疾患に繋がるかもしれないことを考えると恐ろしい。
そんな中で、同期のかたと食事をすることは唯一の楽しみであった。ほとんど会話のない職場でたわいもない話をすることが唯一のストレス発散であったようで、食べても吐かなかった。
何をストレスと感じるかはその個人個人によって異なる。もっと雑に物事を感じられればいいのにな、と思っていてもなかなかそうはいかない。この手の病気が増えている背景には、単純な人間の行動や思想が複雑な社会に適応しづらい所にある。以前、精神疾患を患っているかたと接する機会があったが、みんな純粋な人たちであった。残念ながら、純粋さを受け入れてくれるようなきれいな世の中ではない。
世の中には3通りの人がいる。健康な人、病んでいる人、健康だが性根が病んでいる人。
☆ 薬を10錠飲むよりも、心から笑った方がずっと効果があるはず。(アンネ・フランク)
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人々がブログを書く理由
ブログを書き始めた理由は自然の流れであることを前に書いた。それでも時々聞かれることがある。「何でブログを書くの?」。それに対する答えは簡単で、書くのが好きだからである。そもそもこの類の質問は少々妙である。
一般に、音楽活動をしている人になぜ音楽やっているかは聞かないし、絵を描く人にその質問をする人も少ない。どんな創作活動でも「嫌で嫌で仕方ないがやっている」という人は稀であろう。そうしたアーティスト達の根底にあるものは自己満足だ。頭にある感覚を形にしたいから必然的に活動することになる。あわよくば、それらの作品が人に触れられる事があれば嬉しいことであるに違いない。
しかし、この作業を続けて行くにはジレンマがある。食べていかなければならないので、1日の時間全てを自己満足に費やすことは往々にして困難であるということだ。それを仕事とすることができれば幸せかもしれないが、今度はそれらの作品が売れないと生活できないという事態に直面する。そうなると、彼らの一部は商業的成功を意識して作品制作に取りかかる。これは恐らく辛い作業に違いない。
そうしたアーティストではなくても万人に共通するものがある。例えば人に話を聞いて欲しい人がいる。話すほうは自己満足であるが、相手に理解してもらえるように話を進める。こうした行為はアーティストの根底にあるものと全く同じものだと思う。
本当に人を感動させる文や絵も音楽も、決して単なる勝手な自己満足で終わることはなく、相手に伝えたいというささやかな思いやりが作品に散りばめられているものである。
☆ いや、こちらが与えにゆくんです 。(岡本太郎・海外で個展を開く前、「今度あちらへ行かれて、何を得てこられるのでしょうか?」と尋ねられ)
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★ 岡本太郎の巨大壁画、東京・渋谷へ(朝日新聞・08/3/18)
★ 岡本太郎:「明日の神話」東京・渋谷に設置決定(毎日新聞・08/3/18)
ブラインドタッチをどうやって覚えた?
高校の時、必修クラブで英文タイプ部に所属していた。タイプライターを使うクラブである。タイプライターに興味はなかったが、英語が好きなので英語に関係するそのクラブを選んだ。それ以前にパソコンは持っていたが、両手の人差し指で素早く打っていた。ローマ字打ちではなくカナ打ちであったゆえ、タイプライターのおかげで今のブラインドタッチがある。
タイプライターも独特の味がある。パソコンのそれに比べると少し重量感のあるキーは、感覚でいうとピアノくらいのものかもしれない。英文を打っていてチーンと音が鳴ると改行の合図だ。レバーをガッシャンと左に寄せて文字を打つ。メカニックな感じが打つことの面白さを助けた。メーカーはオリベッティ。
自宅にパソコンを持っていない人は、職場でブラインドタッチを覚えることもあるだろう。パソコンスクールもある。職場で自宅にパソコンのない人がいて、その人は東芝のルポというワープロで覚えたそうだ。古い友人曰く「大学にワープロでレポートを出す学生は羨望の眼差しで見られていた」と語る。
時代はタイプライターからワープロへ、そしてパソコンになった。パソコンをしていると必然的にアルファベットに出くわすことになる。国際標準であるローマ字打ちがお勧めなのはいうまでもないが、妹は仕事を辞める数年前までカナ打ちでやり過ごしていた。ある意味すごい。
カナ打ちといえば、ケータイのそれはメールを打つときに役立っているが、一人だけ「ポケベル方式」でやっている友人がいて驚いた。「あ」は「11」、「い」は「12」、「か」は「21」という具合である。「こっちの方が速いじゃない」と言って譲らない。
ブラインドタッチという言葉が差別的であるとし、「タッチメソッド」という言葉が誕生した記憶があるが、どこへ行ってしまったのだろう。ここは素直に英語の「タッチタイプ」を使った方がいいような気がする。
ちなみに、typewriter(タイプライター)という単語は最上部の一列だけで打つことができる。このブログをパソコンでご覧になっているかた、視線を落としてキーボードを確認してみてください。
☆ 学校で学んだことを一切忘れてしまった時に、なお残っているもの、それこそ教育だ。(アインシュタイン)
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これまで忘れ物で焦ったことがあるといえばライターだ。イーグルが表面に付いたジッポであったが、タクシーに乗ったときに置いてきてしまった。慌ててタクシー協会なるところに電話するも、「緑のタクシーってだけでは特定は難しいねぇ」といわれてさらに焦った。こうなったら同じライターを探すしか術はなく、専門店に行ってようやく同じものを見つけた。
テニスをした山奥に家のカギを忘れたこともある。どうしようかと悩んだが、悩んでも仕方ないので車を飛ばし、夜中に草むらをかき分けて見つけた。
さらには財布を紛失したこともある。慌てて銀行やカード会社に連絡して止めてもらったが、その直後すぐ近くで見つかった。カードがなくて不便な期間を過ごした。
職場に家のカギを置いてきたこともある。家に着く100メートル手前で気付き、電車に乗って取りに行ったが、1日に2度も会社に行くととても損をした気分になる。
病気だった時に大きな忘れ物をしたことがある。歩いて30分ほどの最寄り駅に原付で行って買い物をした。帰りにビニール袋を1つ持ち、なんと歩いて帰ってしまった。原付は置きっぱなし。原付の存在に気付いたのが家のドアにカギを入れたとき。キーホルダーには原付のカギも付いていた。
こう挙げてみると忘れ物が多いようであるが、他人と比べると忘れ物の類はあまりない方だと思う。忘れるというよりは準備が足りないことのほうが多い。ちなみに冒頭のライターが無くなって焦ったのは、当時付き合っていた彼女からの誕生日プレゼントだったからだ。願わくは元カノがこのブログを読んでくれていないことを。
何かもっと大きな忘れ物をしている気がするが、忘れた。
☆ 探し物は最初に探す場所にかならずある。だが、最初に探したときには見つけられない。(マーフィーの法則)
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★ 【勿忘草】紛失(Sankei Express・08/3/14)