こと日本人は血液型や占いの話が好きだ。初対面の人と親しくなる手段のひとつがこれで、コミュニケーションを円滑にすることになる。
心理学では血液型で人を分類することは、全くその根拠をなさないとなっている。いうまでもなく、4つの血液型だけで人など分類できるわけがない。生まれてきた周辺環境が大きく作用して人格を形成するのであるから。
マイナスイオンやゲルマニウムなど、科学的根拠のないものを「ニセ科学(疑似科学)」という。学習院中・高等科で「ニセ科学フォーラム」が開催され、反響があり、会場は満員になった。京都女子大の小波秀雄教授は「人を納得させるのにさも科学っぽい言葉を用い、万能であるかのように見せている」「不確かな情報が一斉に流れるネット社会の影響も大きい」などとした。
時折現れる「地震雲」の話についても気象予報士の森田正光さんは「毎日空を見たことがあるのでしょうか。あんな雲はしょっちゅう出現する」とバッサリ斬った。
それでも人は神秘的なものに傾倒することがある。意思伝達の手段のみならず、時としてそれを思想として受け入れる。ニセ科学が科学的根拠がないのであれば、それ自体も解釈上の根拠がない。すなわち、本当の科学もニセモノも人が作り上げた解釈であるからだ。
人々が見えないものに傾倒するもので身近なものといえば、友情や愛情である。これを知っている人たちは見えないものを信じ、また切り捨てる技術も備えている。織姫や彦星の再会を信じてやまないのもその一つだ。
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★ ニセ科学に関心、東京のフォーラムで参加者倍増(朝日新聞・07/7/7)
タグ: ひと
いのちの電話、相談員減少
子供のころ、TBS系列ラジオの「全国子供電話相談室」に電話したことがある。
質問は、「どうしてチーターは足が速いんですか?」というもので、放送はされなかったが、数十分後に調査担当者から丁寧な電話を頂いた。答えは「厳しいアフリカの地で動物を捕まえて食べるのに、速い足が必要だったから」である。これだけのことだったが、聞いてもらえたこと、答えてもらえたことが嬉しかった。
聞いてもらえるだけで、そのほとんどが解決に導かれる方がむしろ多い。自殺予防ホットラインとして1971年から存在している「いのちの電話」。この相談員が減少傾向にあるという。プロの相談員の高齢化により、家庭の事情でやめる人が多くなったことがある。寄付金なども少なくなり、運営が困難な場所も多い。
相談員になるための研修にかかる約10万円は自己負担だ。そして相談員はボランティアである。政府は自殺対策基本法を施行したが、こうしたボランティア活動を円滑にする支援策も検討すべきだろう。
こうした話を聞いてあげる人たちの存在はこの相談員だけに任せるだけではいけない。悩みを持っている人の多くは誰にも話せずに独り苦しんでいるのである。本来は近くにいる、上司、同僚、友人、知人、そして家族が苦しみに寄り添ってあげる必要があるのだ。
だれでも悩んで落ち込むことがある。自力で立ち直ることの方が多いと思われるが、もしそれができない人に声をかけられるのは、無名のボランティアだけでは決してない。肩を落としている友人を見かけたら、声をかけてみてはいかがだろう。人を救うことのできるボランティアは周りにいっぱいいるはずである。
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★ 「いのちの電話」相談員6年で11%減、自殺予防に影響も(読売新聞・07/6/13)
「レンタルお姉さん」は脱ひきこもり支援
近年問題になっているひきこもる人たち。その多くは人生や社会にある種の絶望感を持ってしまったがために、自室に自分の世界を求める。
そんな中、「レンタルお姉さん」として脱ひきこもり支援をしている女性がいる。川上佳美さんだ。引きこもっている若者から暴言を吐かれたときは「一生引きこもってろよ」と思ってしまったこともあったそうだ。
しかし、彼らのことを「生真面目でナイーブなんです。人間関係を重く真面目に受け止めていて、失敗は許されないと思っている。ひきこもりを単なる怠け者と決めつける社会のイメージは絶対に違う」と語る。
こつこつと歩み寄ることで社会復帰支援をする。それは容易なことではないだろう。家族ができないことを赤の他人がするのであるから。
真面目なことは悪いことではない。いい加減なことも悪いことではない。真面目すぎる、いい加減すぎる、それが少しばかり社会の波に乗れなくなることがある。度の偏りが社会と隔たりを持ってしまうことになる。
働き盛りの若いひきこもる人たちが社会の将来を担っている。そんな原石を輝かせるため、という大げさなことをしようとしているのではない。あなたは誰とも同じ原石ですよ、と気付かせるために、レンタルお姉さんは日々飛び回っている。
「おせっかいなんですよ」というには、あまりに大きな役割を担っている。
☆ 井の中の蛙、大海を知らず。されど空の青さを知る。(近藤 勇)
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★ 脱ひきこもり支援「レンタルお姉さん」川上佳美さん(産経新聞・07/4/1)
★ NPO法人ニュースタート事務局
確かに昔は本名とはほど遠いあだ名が存在した。小太りだった私は「タヌキ」と呼ばれたこともあったし、高野君は歴史上の人物、高野長英から「ちょうえい」と呼ばれていた。土屋君は「どや」と呼ばれた。ペコちゃんと呼ばれた女の子もいた。
あだ名を研究している椙山女学園大学教授・加藤主税さんは「ジーパンやマカロニといった、『太陽にほえろ!』式のあだ名が減っている。かっこよくないイメージが浸透しているようだ」と言っている。
あえて名前から離れたあだ名を付ける、つけられることで友人間のコミュニケーションは親密になる。親しい間柄だけのコードネームのようなものであるからだ。最近はそうした古風なあだ名は衰退し、「ちゃん」「ちん」「っち」を名前のあとにつけるのが主流だ。
昔のような特殊なあだ名はハンドルネームとなって、ネット上の世界に存在している。コミュニケーションが取られているようであっても、ネット世界から離れて実際に会うときは、ハンドルネームは使われない。ネットという、親密な関係を築ける副次的な場所ができても、それを実際に使わないのは人間関係を構築する上でもったいないような気がする。そしてちょっと奇妙だ。
さらに奇妙なのは、ハンドルネームやあだ名が分かっていても、友人の本名を知らない、書けない、そうした若者が多くなっていることである。
☆ 多くの友を有する者は、一人の友をも得ず。(アリストテレス)
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★ 現代「あだ名」事情 「太陽にほえろ!」式は衰退(産経新聞・07/5/18)
「その仕事は任せたんだから、好きなようにやりなさい」
近年、叱れない上司というのが増えている。叱れば若い社員は辞めてしまうので、それを恐れてのこともある。もっとも、叱るべきところは叱らなくてはいけないが、それができない。叱り方が分からないばかりでなく、そのあとのフォローの仕方も分からないのである。
若い社員は怒られると、ショックを受けるか、ふて腐れたりする。それも置かれている状況・立場がまだ分からないから仕方のないことだ。それを諭し、フォローするのが上司の役目だ。アメとムチが上手く使えないのである。
激しく怒っても、そのあとに「飲みに行くか」といったコミュニケーションが図られるべきだが、最近の会社組織というのは「人的交流の過疎化」が進んでいるようだ。
会社という名の「自治体」が存在しても、その中味は少子高齢化。ひとり当たりの労働力に負担がかかり、個人でできる仕事の許容量を超えている。その結果、負担増の社員は何らかの疾患を抱えて倒れてしまう。
「過疎化した自治体」にはその長のバックアップが必要となる。人間関係が円滑にいかない挙げ句、社員が辞めてしまったりするのは、絶対に長の責任である。
エサを与えておけば飛び立とうとするのは、雛のうちである。自分から飛び立てるようになった成鳥はきちんとエサの管理をしなくてはやがて死んでしまうのである。
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★ 【溶けゆく日本人】 孤独な職場 成果主義…責任回避する上司(産経新聞・07/5/30)
ミス・ユニバース、48年ぶり日本人優勝
メキシコシティで行われた、2007年ミス・ユニバース世界大会で、日本代表の森理世さん(20・静岡出身)が優勝した。日本人としては48年ぶり2人目。
いわゆるミスコンの類は賛否両論ある。それでも、女性が美を競う大会は洋の東西を問わず行われている。
森さんは4歳からバレエを始めて現在もインストラクターとして活躍しているという。バレエを通して、人の持つ美しさを追求していることだろう。そしてそれを披露する場が、バレエステージではなく、今回はミス・ユニバースであった。
女性が美を追究しなくなったら、男性はつまらない。否定的な意見もあろうが、ミスコンの類は男性を楽しませてくれるものになっているし、なってきた。世界の頂点に立ったその人が日本人であることは素直に嬉しいことだ。
美を追究している人というのは、老若男女問わず美しい。見た目を追求している人というのは、そのまえに心の美しさを研究している。世界の晴れ舞台に立つ前には、日常の地味な努力があったに違いない。
☆ 十六歳で美しいのは自慢にはならない。 でも六十歳で美しければ、それは魂の美しさだ(M.ストープス)
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★ ミス・ユニバースに森理世さん、48年ぶり日本人が優勝(読売新聞・07/5/29)
東京の慶應大学付属病院で訃報が相次いだ。
1つは、松岡農水大臣が赤坂の議員宿舎で首をつり自殺を図った。同病院に搬送されたが、28日午後2時に死亡が確認された。
農相はいわゆる「何とか還元水」問題など、「金との癒着」が立て続けに取りざたされ、国民に不信感を抱かせた。現職大臣の自殺は例がない。この問題の時に安倍総理が辞めさせておけばこんな事にはならなかっただろう。対応が遅すぎる事態となった。
2つ目の訃報は、ZARDのボーカル、坂井泉水さんが40歳の若さでなくなっていることが分かった。子宮頸ガンの治療を受けていたが、日課としている散歩のコースである、同病院内のスロープから転落した。自殺の可能性もあるという。90年代からスタートした魅惑のボーカリストの突然の死にファンは動揺を隠せないでいる。
3つ目は、こうした訃報に触れた家族や関係者、そしてファンの人たちの心が殺された。現職大臣、現役で活躍しているアーティストの死、あまりにも突然の知らせに茫然自失となった人たちが多い。魂がもぎ取られたことだろう。
大物になるということは、孤独になることである。一般の感覚では理解できないところまで上り詰めることができるのは、そうした孤独に耐えられる者だ。大物ゆえの苦渋の決断なのかも知れない。
自殺は生きる上での選択肢にならない。死は自分で選んではいけないのだ。生まれることと同様、死は自分以外の運命にそれを託さなければならない。両氏とも自然死でないことが非常に残念だ。
ご冥福をお祈りします。
☆ ツライけど、人はね、神様が許してくれるまで、何があっても生きなくちゃいけない(西原理恵子)
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★ ニュース特集:松岡農相自殺(産経新聞)
★ 坂井さん死去、突然の悲報にファン沈痛(読売新聞・07/5/28)
長いことブログを書いているうちに、エントリ本文末に名言・格言の類を載せるようになった。自分の言葉ではないし、やめてしまおうかと思ったが、友人が「楽しみにしている」と言ってくれたので続けている。
偉業を達成した人の言葉というのは重みがある。歌詞に癒されたりすることもある。しかし、名も無き人たちの言葉にもハッとさせられることがある。それは外から見たら他人でも、自分から見たらとっても身近な存在であったりするのだ。
本日は特別サービス。いっぱいどうぞ。
・努力する人は希望を語り、怠ける人は不満を語る。(井上靖)
・たった一度笑うために、何度でも泣いたっていいや。(藤原基央)
・大人ぶってかっこつけてさ、言いたいことも言えないなんて絶対にいやだ!
そんなんじゃ何も変えられない!(ティーダ「ファイナルファンタジーX」)
・人生にリハーサルなんて無い。毎日が本番なんだ。(鬼塚英吉「GTO」)
・過去から学び、今日のために生き、未来に希望を持て。(アインシュタイン)
・自分の夢まで、自己採点しないでください。(某予備校講師)
・傷のない過去なんて存在しない。不安のない将来なんてあるはずもない。痕がない綺麗な心なんて、ありもしない。(作者不明「2ちゃんねる」)
・伝えることをあきらめちゃいけない。聞く気持ちがある人には、必ず伝わるから。(「1リットルの涙」)
・「俺の人生終わった」「まだはじまっちゃいねぇよ」(作者不明「2ちゃんねる」)
・あそびにんも努力してレベルを上げれば、けんじゃになれる(作者不明「2ちゃんねる」)
・泣いて過ごすも、笑って過ごすも、同じ長さの人生だから(作者不明「2ちゃんねる」)
・自分ひとりで大人になった気でいるやつは、大人になる資格なんて無い(劇場版クレヨンしんちゃん)
・生まれたときから目が見えない人に、空の青さを伝えるとき何て言えばいいんだ?こんな簡単なことさえ言葉にできない。だから俺、もっと頑張るよ(江頭2:50)
・この世で人を疲れ果てさせるものは、自分を偽る心です。(アン・リンドバーグ)
・愚者は景色が汚いと文句を言うが、賢者は自分から見たい景色を見に行く(作者不明)
・惨めな気持ちになる秘訣は、自分が幸福であるか否かについて、考える暇を持つことだ。(バーナード・ショー)
・人生の悲劇は、まだ生きているのに心が死んでいるということである(アルベルト・シュバイツァー)
・世界に変化を望むのであれば、みずからがその変化となれ(マハトマ・ガンジー)
・四つ葉のクローバーを見つけるために、三つ葉のクローバーを踏みにじってはいけない。幸せはそんな風に探すものじゃない。(作者不明「2ちゃんねる」)
・なくしたものを取り戻すことはできないけど、忘れていたものなら思い出せますよね。(上杉達也「タッチ」)
・10年後にはきっと、せめて10年でいいから戻ってやり直したいと思っているのだろう。今やり直せよ。未来を。10年後か、20年後か、50年後から戻ってきたんだよ今。(作者不明「2ちゃんねる」)
☆ 名言集が完成されることはない。(ハミルトン)
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