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秋田犬、大きく減少 存続危機

 母親の生家が秋田県大館市だった。JR奥羽線大館駅前には秋田犬の銅像が建っている。ここ大館は秋田犬の原産地でもある。小さいころ、祖父母に会いに行くと大きな秋田犬「タロウ」がいた。タロウは凛としていて、顔立ちの整った秋田犬。当時は犬が苦手だったので、母屋から離れたトイレに行くときが怖かった。タロウのいるところを通っていかなければならなかったからだ。
 
 祖父と一緒にタロウの散歩に行った。放し飼いにしている犬が多く、タロウに向かってワンワン一斉に吠え出し近寄ってくる数匹の犬、しかしタロウが1回吠えればどの犬も散っていった。昭和53年当時、市内で秋田犬の子犬を買うとたったの1万円であり、子供ながらに驚いたのを覚えている。
  
 その秋田犬が存続の危機に瀕しているという。大館市内にある「秋田犬保存会」の事務局長によれば、昭和47年に秋田犬の登録数が4万6千頭だったが、一昨年度は2102頭しかいなかったという。高齢化が進み、大型犬である秋田犬を育てる人が少なくなっているのだという。その一方で、海外では人気が高まっており、イタリアの秋田犬愛好家が同国に秋田犬保存会支部の設立を要請、また、モンゴルの駐日大使も秋田犬保存会本部に出向いて支部の設立を要請したと言うから驚きだ。
 
 一昔前にゴールデンリトリバーやハスキーなどの大型犬が流行したが、その時も秋田犬は流行らなかった。クルッとしたしっぽに精悍な顔立ちは素朴だが威厳がある。怖がる私にも敵意は見せずに目を合わせてくれたタロウが懐かしい。今は亡き祖父母と一緒に大館の空を駆けているのかもしれない。
 
 梅雨の晴れ間の東京の空、子供のころの大館の空をつなげてみた。
  
 
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★ 【特報 追う】秋田犬国内存続ピンチ(産経新聞・08/6/24)
 
★ ハチ公、逆輸入(本ブログ・05/04/09)
 
 
 

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ピッキング被害が激減

 父が会社に出勤すると、鍵穴に何やら異物が入っていた。いたずらされたと思い、とりあえずカギ屋に連絡した。業者が数十分後に来て開けてくれたが、社内に入ってみると中は荒らされていた。泥棒に入られたのだ。
 
 無くなった物を調べると、通帳や印鑑、カメラ、そして100枚ほどの宝くじなど。慌てて銀行に連絡すると一部は引き出されていた。全額を引き出すと怪しまれるから少し残しておくのが手口なのだそうだ。鍵穴に異物が入っていたのも、事件の発覚を遅らせるための手口であり、ピッキングという言葉が世間に広がり始める前の窃盗事件だった。
 
 以前住んでいたアパートに若い警察官が来て、防犯カードの記入をお願いされたことがある。その時ピッキング被害について聞いてみると、「野郎らは見張り役と実行役に別れて、ものの10秒ほどで開けてしまうんです。我々もやってみたんですが、1分くらいで開けることができるんですよね。ですからピッキングに強いカギをつけた方がいいです」とのことだった。
 
 2000年に全国で3万件を超えたピッキング被害も、昨年は700件程度になった。ピッキングに使う特殊な工具を持ち歩いているだけで摘発の対象になる、いわゆる「ピッキング防止法」や、カギメーカーが防犯性の高い製品を開発したことが奏功したようだ。それでも、古典的な窓破りの手口は無くなることはないようなので注意が必要だ。
 
 くだんの父の会社の話で刑事が父に言ったそうである。「もしかすると、宝くじが一番の被害かもしれませんね」。
 
 
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★ ピッキング被害が激減、ピーク時の40分の1に(読売新聞・08/4/7)
 
 

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別れの季節

 
 「サヨナラ」という言葉がアメリカでメジャーになった理由の1つに、日本人メジャーリーガーの活躍がある。「サヨナラホームラン」の時に、現地の実況が「SAYONARA!」という事が珍しくなくなった。それと「サヨナラ」という語感がきれいに聞こえるのだという。
 
 しかし実際に日本人が「さよなら」ということは少ない。人と別れるときは「じゃあね」「またね」「バイバイ」「お疲れ様でした」などが相場だ。「さよなら」というと永遠の別れを連想させる。昨年のこの時期は祖母と永遠の別れをすることになった。晩年は寝たきりで人の判別ができなくなっていたおばあちゃん。
 
 春というのは新しいことに挑戦できるいい季節であるが、人と別れるのにも適している。悲しい出来事はまとめてこの時期に起きたほうがいいと思うくらいである。気温が穏やかになり、桜やチューリップが町を彩ることで気が紛れる。時には困難と対峙し勝負をしなくてはならないときもあるから、一年に一回くらいは桜の花びらに身を任せていたい。
 
 そして新緑の季節が来れば、自分も新しく芽吹くような気がする。日本には四季があってよかったと感じる今日この頃である。
 
 
☆ おとなって、かわいそうだね。自分より大きなものがいないもの 。(ドラえもん)
 
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★ 惜別(本ブログ・04/9/26)
 

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ブラインドタッチをどうやって覚えた?

 
 高校の時、必修クラブで英文タイプ部に所属していた。タイプライターを使うクラブである。タイプライターに興味はなかったが、英語が好きなので英語に関係するそのクラブを選んだ。それ以前にパソコンは持っていたが、両手の人差し指で素早く打っていた。ローマ字打ちではなくカナ打ちであったゆえ、タイプライターのおかげで今のブラインドタッチがある。
 
 タイプライターも独特の味がある。パソコンのそれに比べると少し重量感のあるキーは、感覚でいうとピアノくらいのものかもしれない。英文を打っていてチーンと音が鳴ると改行の合図だ。レバーをガッシャンと左に寄せて文字を打つ。メカニックな感じが打つことの面白さを助けた。メーカーはオリベッティ。
 
 自宅にパソコンを持っていない人は、職場でブラインドタッチを覚えることもあるだろう。パソコンスクールもある。職場で自宅にパソコンのない人がいて、その人は東芝のルポというワープロで覚えたそうだ。古い友人曰く「大学にワープロでレポートを出す学生は羨望の眼差しで見られていた」と語る。
 
 時代はタイプライターからワープロへ、そしてパソコンになった。パソコンをしていると必然的にアルファベットに出くわすことになる。国際標準であるローマ字打ちがお勧めなのはいうまでもないが、妹は仕事を辞める数年前までカナ打ちでやり過ごしていた。ある意味すごい。
 
 カナ打ちといえば、ケータイのそれはメールを打つときに役立っているが、一人だけ「ポケベル方式」でやっている友人がいて驚いた。「あ」は「11」、「い」は「12」、「か」は「21」という具合である。「こっちの方が速いじゃない」と言って譲らない。
 
 ブラインドタッチという言葉が差別的であるとし、「タッチメソッド」という言葉が誕生した記憶があるが、どこへ行ってしまったのだろう。ここは素直に英語の「タッチタイプ」を使った方がいいような気がする。
 
 ちなみに、typewriter(タイプライター)という単語は最上部の一列だけで打つことができる。このブログをパソコンでご覧になっているかた、視線を落としてキーボードを確認してみてください。
 
 
☆ 学校で学んだことを一切忘れてしまった時に、なお残っているもの、それこそ教育だ。(アインシュタイン)
 
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忘れ物

 これまで忘れ物で焦ったことがあるといえばライターだ。イーグルが表面に付いたジッポであったが、タクシーに乗ったときに置いてきてしまった。慌ててタクシー協会なるところに電話するも、「緑のタクシーってだけでは特定は難しいねぇ」といわれてさらに焦った。こうなったら同じライターを探すしか術はなく、専門店に行ってようやく同じものを見つけた。
 
 テニスをした山奥に家のカギを忘れたこともある。どうしようかと悩んだが、悩んでも仕方ないので車を飛ばし、夜中に草むらをかき分けて見つけた。
 
 さらには財布を紛失したこともある。慌てて銀行やカード会社に連絡して止めてもらったが、その直後すぐ近くで見つかった。カードがなくて不便な期間を過ごした。
 
 職場に家のカギを置いてきたこともある。家に着く100メートル手前で気付き、電車に乗って取りに行ったが、1日に2度も会社に行くととても損をした気分になる。
 
 病気だった時に大きな忘れ物をしたことがある。歩いて30分ほどの最寄り駅に原付で行って買い物をした。帰りにビニール袋を1つ持ち、なんと歩いて帰ってしまった。原付は置きっぱなし。原付の存在に気付いたのが家のドアにカギを入れたとき。キーホルダーには原付のカギも付いていた。
 
 こう挙げてみると忘れ物が多いようであるが、他人と比べると忘れ物の類はあまりない方だと思う。忘れるというよりは準備が足りないことのほうが多い。ちなみに冒頭のライターが無くなって焦ったのは、当時付き合っていた彼女からの誕生日プレゼントだったからだ。願わくは元カノがこのブログを読んでくれていないことを。
 
 何かもっと大きな忘れ物をしている気がするが、忘れた。
 
 
☆ 探し物は最初に探す場所にかならずある。だが、最初に探したときには見つけられない。(マーフィーの法則)
 
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★ 【勿忘草】紛失(Sankei Express・08/3/14)
 
 

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ビルゲイシ 「ツ」と「シ」の違いが分からない

 ロスに行ったときの最初の失敗。宿泊先のコンドミニアムのカギが開かず従業員に訴えた。部屋番号はキーホルダーに手書きされており、「106なんですが」と見せると、従業員は「これはワン・オー・フォーだね」と笑った。「4」が「6」に見えたのである。手書きで雑に書くと確かにそう見えることもある。
 
 そして仕事で申込書の類を見ていると頭を抱えることがある。ミ、シ、ツの判別ができない。ン、ソ、リの区別が不可能。1と7、Ⅰ(ローマ数字の1)にl(エル)、I(アイ)はどれが正しいのか。0(ゼロ)とo(小文字のオー)とO(同大文字)、さらにはSと5、Zと2、0とUとCとLが分かりづらいものもある。9とP、8とB・・・・。
 
 PC上での文字を紙に転記するとき、O(オー)とゼロ、2とZの区別をするために、ゼロとZには斜線を引くように教わった。プログラムは1文字でも間違えれば正常に動かないからだ。
 
 外国人にとって見れば上記日本語は難解なものだろう。しかし憂うべきは、マス目に沿ってちゃんと練習したはずのカタカナなどが上手く書けない日本人が多いということだ。これではノンジャパニーズが悩むのも無理はない。
 
 小学校のころ、「練習帳」で上手く書けないと「書き直し!」と言って投げつけられたことがある。そこまでされる必要もないが、ケータイやPCの変換が便利すぎて、自分の字が綺麗でなくなっていることに愕然とする。しかし日本人に生まれてよかった。今から数千という日本語文字を学ぶのは絶対に嫌だ。
 
 あぁぁ、次々思い出す。漢字の「三」と「ミ」もややこしい。「・(センタービリオド)」「.(ピリオド)」、そして何となく打たれたただの”点”。あぁややこしい、ややこしい。。。。
 
 
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★ 外国人の悩み「ツとシの違いがわからない」(お茶妖精・08/3/8)
 
 

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2月29日

 
 ある騎士が川の岸辺に咲く花を恋人に捧げようと岸に降りた。ところが川に転落してしまいおぼれてしまう。騎士は力を尽くして花を岸に投げて「私を忘れないで!」と叫んで死んだ。残された恋人は騎士の墓にその花を供え、彼の最期の言葉を花の名前にしたということである。
 
 イージス艦と漁船の衝突事故では、地元の人たちが海に向かって酒を流して花束を投げた。「あなたたちを忘れていない、早く帰っておいで」という想いに違いない。どこかをさまよっている清徳丸の親子の早期発見を誰もが望んでいる。仲がよかった親子のありふれた日常。日本の食卓のために漁に出ていた何の落ち度もない2人が、巨大な船によりその人生を狂わされた。
 
 地元の人たちの熱心な捜索活動に心を打たれた人も多いと思う。それだけ結束の強い仲間であり、そういう地域の存在を知ることとなった。ふだん何気なく口に頬ばる魚介類とは、こうした人たちのゆるぎのない努力に加え、危険と隣り合わせの仕事の成果であることを忘れてはならない。
 
 冒頭の話に出てくる花の名は「勿忘草(わすれなぐさ/Forget me not))」。2月29日の誕生花であり、花言葉は「私を忘れないで」である。
 
 
☆ 私は世界に二つの宝を持っていた。私の友と私の魂と。(ロマン・ロラン)
 
★ 【勿忘草】危機の場面に出る「人格」(SANKEI EXPRESS・08/2/29)
 
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恋愛のマニュアル

 
 かつてHot-Dog Pressという雑誌がありよく読んでいた。内容は若い男性向けの情報で、服、新製品情報、そして2月ともなれば、”一人暮らしバイブル”の特集が組まれた。そして”恋愛マニュアル”の見出しも躍った。
 
 当時の”恋愛マニュアル”で覚えているのは、その名も”リンゴ作戦”。気になる女の子とデート。食事などを楽しみ、別れるときに「ほら、これあげる」と言って、リンゴを渡すというものだ。リンゴを渡された女の子はそれが印象的になり、その彼を忘れなくなるというものだった。
 
 アダムとイブ作戦みたいな感じがするが、こういうストーリーをよく考えるものだと感心したものだった。リンゴ1つあげて好きな子をゲットできればこんな楽なことはない。これを読んで実際にリンゴを買いに行った若者はいたのだろうか。
 
 マニュアルというのは最初のとっかかりを掴むときには大変有効だ。右も左も分からないとき、フローチャートに従って動くのは間違いが無く安心できる。しかし言うまでもなく人の心というのはマニュアル通りに掴めるものではない。大切なのはマニュアルを土台とし、マニュアルに書いていない事態を予想し自分でマニュアルを完成させることである。それが個性である。
 
 テレビではマニュアル通りにしなかったのが事件・事故を引き起こしたかのように言われている。でも本当はマニュアル以上のものを想像する力がなかったから問題になるのである。
 
 好きな異性をつかまえることのできる人というのは、きっとマニュアルなんて持っていない。それまで生きてきた経験がマニュアルであり、からだひとつさらけ出して好きな人の目の前に立っているものだ。もちろん、リンゴなんて持っていない。
 
 
☆ 愛し合っているというのはお互い見つめ合っていることではない。お互いが同じ方向を見つめることだ。(サン・テグジュペリ)
 
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★ 女性はなぜ「私のどこが好き?」なんて聞くの? 模範解答は?(R25.jp・08/1/25)
 
 

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