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連続発砲、容疑者逮捕

 和歌山と大阪の高速道路上で発生した発砲事件。容疑者が大阪府警に捕まった。前を走っていたクルマが遅いことに立腹、エアガンを撃ったというものである。
 
 この事件が起きてから、全国でも散発的にエアガンを使った暴行事件、器物損壊事件が相次いでいる。模倣なのか、偶然なのかはよく分からないが、いずれの事件も被害者が大事に至っていないということが救われる。
 
 しかし、クルマを運転しているだけでこんな目に遭ってはたまらない。エアガンといえども、目に当たれば失明の危険はあるし、殺傷能力を備えた改造モノもあるという。
 
 ガンマニアと呼ばれる人たちがいる。趣味の範囲であれば、そして違法でなければ当然問題がない個人の領域である。自分の趣味は家の中で。一歩外に出れば、そこはもう公の空間であり、ルールが存在することを忘れてはならない。
 
 
☆ 井戸に唾を吐く者は、いつかその水を飲まなければならない(ユダヤ格言)
 
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顧問の女子生徒を30回殴った教師

 「好きな男性がいる」と女子生徒に打ち明けられた男性教諭が立腹し、この女子生徒を30回以上も殴ったとして、鹿児島県警に傷害容疑で逮捕された。
 
 年の差があっても、好きになってしまうことは自然なことではあるが、やはり先生というのはそういうことをおおっぴらにしてはいけない職業である。放課後という、時間的に閉鎖されたところで、この男性教諭が女子生徒をそういう目で見ていただけなのかと思うと何とも切ない。
 
 友人は学生時代に分からないところを先生に聞きに行った。その先生は熱心で、昼休み返上で友人のために時間を割いてくれたという。先生とは本来、そういう「教えること」ではなく「教える姿勢」のプロである。
 
 先生は学校と名の付く建物の中では、少なくともこのプロでいてほしい。鹿児島の事件では、殴られた女子生徒から尊敬していた大人が一人いなくなってしまったことが残念である。
 
 
☆ 人間の幸せとは、金でも、地位でもない。天職についているという気持ちで元気に働いている満足感である(小島直記)
 
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★ 「好きな人いる」にカッ、教師が高3女子30数回殴る (読売新聞・05/10/7)
 
 

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キレる小学生

 
 小学校で校内暴力が増えている。児童がカッターを振りかざし、手当たり次第に物を投げつけたりするという。学級崩壊が全国各地で起きている。
 
 対教師への暴力といえば、中学・高校と「相場」が決まっていた。小学生が激高するとは想像を絶するが、それが現実というのが悲しい。
 
 識者の見解はさまざまだが、一つには感情を表現するのが下手になり、また子供なりのストレスを発散する場が減ったのが原因ではないだろうか。
 
 犯罪から子供を防ぐために、子供は外気から隔離された。隔離されたところは安全ではあるが、対人との空気の触れあいや肌の付き合いが減ってしまい、思いやりが形成されていない一部の子供達。
 
 親に叱られてがっかりすることがあっても、外に出て遊べば杞憂が晴れるのは昔の話のようである。そんなストレスの発散の場がない子供達は、対人空気の触れあいに不慣れな児童は、学校という場でキレる。
 
 キレた子供を押さえつける対処療法では問題は解決しない。崩壊しているのは子供の心自体ではなく、子供を取り巻く環境が崩壊しつつあるのかもしれない。
 
 「児」という字は、「幼い子供・かわいい物に付ける接尾辞」、「童」という字は、「物事のはっきり判断できない幼い子」を意味するそうだ。判断能力のない、幼くてかわいい子を豹変させてしまった社会の一部のよどんだ空気が、「児童」という言葉の意味すら崩壊させようとしている。
 
 
☆ 借り物の概念と教育で植え付けられた偏見を元にして、ありきたりの筋道に合った話をする大人の議論よりも、子供たちの予期しない質問から教えられるところが多いと思われます。(ジョン・ロック)
 
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ある受刑者の最期

 
 82年に松山市内でホステスを殺害、約15年逃亡し、時効寸前で逮捕されて服役していた、福田和子受刑者が和歌山市内の病院で病死していたことが分かった。
 
 今年の2月に刑務所内で倒れ、病院に運ばれたが3月に死亡。死因は脳梗塞で57歳だったという。
 
 人の命を奪い、逃亡することで自由を作っていた彼女も、情報の力で捕捉され、塀の中に入った。その最期は塀の外の病院ではあっても、彼女を看取ったのは家族ではないであろう。
 
 あらためて、当時の被害者の冥福を祈りたい。願わくは、被害者と加害者があの世で出会うことがないように。
 
 
☆ 意地の悪い人間は、 その意地悪さを発揮する相手がいないと寂しいに違いない(谷崎潤一郎)
 
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★ 福田和子受刑者が病死 ホステス殺し逃亡15年(共同通信・05/8/26)
 
 

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日航機墜落ともうひとつ、

  
 20年前の日航機墜落関連ニュースが毎年この時期に報じられると、必ず思い出すもう一つの「事件」がある。それはそれより2年前に起きた「旧ソビエト連邦軍による大韓航空機撃墜事件」(83年9月1日)である。
 
 アンカレッジからソウルに向かっていた同航空機はソ連の領空を侵犯した。ソ連の戦闘機は領空から出た同航空機をミサイルで狙撃、大韓航空機は樺太の海に散った。269人が死亡。当時、「見れば民間機と分かるものを、狙撃するとはけしからん」とソ連は非難を浴びた。
 
 そして。
 
 当時中学生だった私はその衝撃的な新聞記事を読んでいた。搭乗者名簿をみてハッとした。「東京都中野区白鷺イノウエミワ」とある。私の知っているイノウエミワさんなら同級生だ。当時は隣のクラスだったが、一年生の時は同じクラスで同じ班であった。彼女は物静かでいい子であった。
 
 でも、失礼だが「イノウエミワ」なんて名前はありふれている。別人に違いない。急いで同級生のイノウエミワさんの住所を調べた。うちの中学に通える町名は、「白鷺」か「上鷺宮」のどちらかだ。住所録をみると新聞のそれと同じ「白鷺」だった。
 
 そして残念ながら不安は現実となった。大韓航空機に乗っていたのは、同級生の井上美和さんだったのだ。
 
 重い空気の二学期の始まりだった。隣のクラスからは女子生徒の泣き声が聞こえ、私のクラスも重い空気に包まれて。
 
 存命あらば、井上さんは私と同い年。女として、女性として、一番華のあるときじゃないか。
 
 
 

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「これはもう、だめかもわからんね」

 1985年8月12日18時56分、日本航空123便が群馬県の御巣鷹山に墜落するまでの生々しいやりとりを公開している動画。機長も副操縦士も最後まで諦めずに奮闘している様子を聴くことが出来る。
 
 悲しくなる。
 
 乗客を守るために最後まで戦っている瞬間があったことは忘れたくない。そして航空機事故史上最悪となってしまったこの出来事を絶対に忘れてはならない。
  
   
 
★ JAL 123 日航ジャンボ墜落 フラッシュ(音が出ます)
 

 
 
 

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20年経った日航機墜落事故

 「羽田発大阪行きの日本航空123便が管制塔のレーダーから消えた模様です。」
 
 夕方のニュースが終わる直前に「今入ってきたニュースです」のあとに冒頭の原稿をアナウンサーが読み上げた。
 
 日航機墜落事故は明日12日で20年になる。乗客乗員520名が死亡、4人が奇跡的に助かったが、航空機事故史上最悪のものとなった。歌手の坂本九さん(享年43)も巻き込まれた。
 
 その後、毎年この日になると、遺族は事故現場である群馬県の御巣鷹山に登り、故人の冥福を祈った。12日は無理だが、坂本九さんの長女で歌手の大島花子さんが御巣鷹山に事故後始めて向かうという。
 
 現場は山の尾根。遺族も高齢化しており、故人の冥福を祈るのも容易ではない。
 
 そして最近の日航機の相次ぐ整備ミス。「安全第一」が絶対であるはずの乗客輸送にかげりが出てきた。子会社である外国人の労働力に整備を任せて経費を節約。どの航空会社もそれをしているが、「安全面に問題はない」と胸を張る。
 
 事故が起きてからでは遅いのである。脱線事故も墜落事故も会社幹部が頭を下げて、亡くなった人が戻ってきてくれればいくらでも下げてもらいたい。しかしそれが出来ない以上は、不幸な歴史を繰り返さないのが重大な責務である。
 
 「安全第一」には続きがある。「品質第二」「生産第三」である。「安全第一」は単なるかけ声ではなく、乗客輸送に携わるものが仕事を超えて意識していなければならない文言であることを忘れてはいけない。
 
 
☆ 急いでも無駄だ。大切なのは間に合うように始めることだ(ラ・フォンテーヌ)
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中学3年生の「僕」のコメント

 
 中学生の頃、エレクトロニクス同好会(=パソコン部)で活動していた。活動と言っても、していることはもっぱらゲーム。このゲームというのも「○」や「□」が動いたりするような視覚的に乏しいものであったが、それでも私たちは楽しんでいた。
 
 卒業アルバムに中学3年生の「僕」はコメントしていた。
 
 「パソコンの未来は明るい」
 
 「僕」はこうも思っていた。「パソコンが発展すれば、仕事も生活も楽になる。今より便利になる」と。
 
 その予想は的中し、当時では考えられないくらいの発展に至っている。パソコンがなければ仕事も不便であろう。電卓をたたかなくても、表計算ソフトがあれば数字があっという間に整理される。メールも伝達手段としてなくてはならないものとなった。
 
 しかし現実は少し違っている。確かにパソコンの普及で利便性を甘受している部分もあるが、パソコンで効率的になった仕事は空いた時間を生み出し、さらに売り上げを伸ばすべく人は働く。9時5時で仕事は終わるものだと「僕」は思っていたのに、である。仕事はきつい労働条件を強いられ、紙面に載らなくとも過労で倒れる人は少なくない。
 
 中学3年生の「僕」は、こんな事など期待していなかったのだ。
 
 
☆ 自分の力以上のことを創り出そうとして、そのために斃れていく人を私は愛する(ニーチェ)
 
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