「サヨナラ」という言葉がアメリカでメジャーになった理由の1つに、日本人メジャーリーガーの活躍がある。「サヨナラホームラン」の時に、現地の実況が「SAYONARA!」という事が珍しくなくなった。それと「サヨナラ」という語感がきれいに聞こえるのだという。
しかし実際に日本人が「さよなら」ということは少ない。人と別れるときは「じゃあね」「またね」「バイバイ」「お疲れ様でした」などが相場だ。「さよなら」というと永遠の別れを連想させる。昨年のこの時期は祖母と永遠の別れをすることになった。晩年は寝たきりで人の判別ができなくなっていたおばあちゃん。
春というのは新しいことに挑戦できるいい季節であるが、人と別れるのにも適している。悲しい出来事はまとめてこの時期に起きたほうがいいと思うくらいである。気温が穏やかになり、桜やチューリップが町を彩ることで気が紛れる。時には困難と対峙し勝負をしなくてはならないときもあるから、一年に一回くらいは桜の花びらに身を任せていたい。
そして新緑の季節が来れば、自分も新しく芽吹くような気がする。日本には四季があってよかったと感じる今日この頃である。
☆ おとなって、かわいそうだね。自分より大きなものがいないもの 。(ドラえもん)
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★ 惜別(本ブログ・04/9/26)
カテゴリー: その他
友人が言った。「最近、体の調子が悪いから病院に行こうと思って。何かの病気だと診断されたら安心じゃない?」。いや、健康だと診断された方がいいに決まっている。
何かに分類され、その中に収まっていたほうが安心であるということがあるが、奇妙な枠にとどまることが安心できるという空気に時々遭遇する。例えば「負け組」という言葉がその一例だ。
収入やその社会的地位が低いと自覚すると、「わたし負け組だから」と言う。負けという消極的な言葉を使うことで、自分を区別しある種安心する心の拠り所を作るのであろう。しかし一方で「勝ち組」の人は自らをそうは呼ばない。「負け組」と称する人は少々ずるい。不安定なことを認めながら、負けていることに誇りすら感じる勢いなのだ。
そもそも、そうした人たちが何をもって勝ち負けを決めているのかは分からないが、いつの間にか広がっている拝金主義もその一因を担っているのかもしれない。
その俗っぽい言葉である「負け組」の人にも2通りある。1つには敗北感にひたすら打ちひしがれているだけの者。そしてもう一つには、それをバネにして這い上がろうとする者である。その違いが勝ち組であり、負け組である。
☆ 成功とは基本のABCに尽きる。つまり能力(ability)、運(breaks)、そして勇気(courage)である(Charles Luckman)
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好きだったお天気お姉さん
昭和の頃の天気予報は今のようなCGを駆使したものではなく、手作りのお天気マークなどが使われることが多かった。気圧を言うときの単位も、現在の国際標準であるヘクトパスカルではなくミリバール。
かつて好きだったお天気お姉さんがいた。その当時、TBSで21時前に放送する天気予報があった。この番組が始まるときの「ポッパッパッ」という音はまだ耳に残っている。音と共に登場するのが大好きだったお天気お姉さんである。
気象予報士のいなかった時代にお天気を伝えるのは、アナウンサーや日本気象協会所属の気象解説者、あるいはこのお姉さんのようなお天気キャスターであった。今でこそバラエティあふれる気象予報士の布陣だが、当時は地味だったお天気キャスターの中で、ちょっとだけ変わった存在だった。
他愛のないことであるが、予報が終わった後に「それではまた」といって、腰のあたりで”バイバイ”と手を振るのである。そんなことをするキャスターが他にはいなかったので、好んで彼女の天気予報を見るようになった。このお姉さんは現在も現役で競馬番組を担当されているのだという。
このお姉さんの出ていた番組が夜だったこともあり、あの番組を思い出すと「もうすぐ寝なくちゃ」と思ったものだ。季節や時間を感じる思い出のお一人である。
☆ カメラの向こうに大好きな人がいると思いなさい。「ねえねえ聞いて。こんなことがあるのよ」という気持ちで話してごらん。うまくなくても、みなさんに伝わることばと表情になるはずだから。(吉村光夫・=ロングおじさん。デビュー当時のタレント・鈴木淑子に)
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ブラインドタッチをどうやって覚えた?
高校の時、必修クラブで英文タイプ部に所属していた。タイプライターを使うクラブである。タイプライターに興味はなかったが、英語が好きなので英語に関係するそのクラブを選んだ。それ以前にパソコンは持っていたが、両手の人差し指で素早く打っていた。ローマ字打ちではなくカナ打ちであったゆえ、タイプライターのおかげで今のブラインドタッチがある。
タイプライターも独特の味がある。パソコンのそれに比べると少し重量感のあるキーは、感覚でいうとピアノくらいのものかもしれない。英文を打っていてチーンと音が鳴ると改行の合図だ。レバーをガッシャンと左に寄せて文字を打つ。メカニックな感じが打つことの面白さを助けた。メーカーはオリベッティ。
自宅にパソコンを持っていない人は、職場でブラインドタッチを覚えることもあるだろう。パソコンスクールもある。職場で自宅にパソコンのない人がいて、その人は東芝のルポというワープロで覚えたそうだ。古い友人曰く「大学にワープロでレポートを出す学生は羨望の眼差しで見られていた」と語る。
時代はタイプライターからワープロへ、そしてパソコンになった。パソコンをしていると必然的にアルファベットに出くわすことになる。国際標準であるローマ字打ちがお勧めなのはいうまでもないが、妹は仕事を辞める数年前までカナ打ちでやり過ごしていた。ある意味すごい。
カナ打ちといえば、ケータイのそれはメールを打つときに役立っているが、一人だけ「ポケベル方式」でやっている友人がいて驚いた。「あ」は「11」、「い」は「12」、「か」は「21」という具合である。「こっちの方が速いじゃない」と言って譲らない。
ブラインドタッチという言葉が差別的であるとし、「タッチメソッド」という言葉が誕生した記憶があるが、どこへ行ってしまったのだろう。ここは素直に英語の「タッチタイプ」を使った方がいいような気がする。
ちなみに、typewriter(タイプライター)という単語は最上部の一列だけで打つことができる。このブログをパソコンでご覧になっているかた、視線を落としてキーボードを確認してみてください。
☆ 学校で学んだことを一切忘れてしまった時に、なお残っているもの、それこそ教育だ。(アインシュタイン)
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ビルゲイシ 「ツ」と「シ」の違いが分からない
ロスに行ったときの最初の失敗。宿泊先のコンドミニアムのカギが開かず従業員に訴えた。部屋番号はキーホルダーに手書きされており、「106なんですが」と見せると、従業員は「これはワン・オー・フォーだね」と笑った。「4」が「6」に見えたのである。手書きで雑に書くと確かにそう見えることもある。
そして仕事で申込書の類を見ていると頭を抱えることがある。ミ、シ、ツの判別ができない。ン、ソ、リの区別が不可能。1と7、Ⅰ(ローマ数字の1)にl(エル)、I(アイ)はどれが正しいのか。0(ゼロ)とo(小文字のオー)とO(同大文字)、さらにはSと5、Zと2、0とUとCとLが分かりづらいものもある。9とP、8とB・・・・。
PC上での文字を紙に転記するとき、O(オー)とゼロ、2とZの区別をするために、ゼロとZには斜線を引くように教わった。プログラムは1文字でも間違えれば正常に動かないからだ。
外国人にとって見れば上記日本語は難解なものだろう。しかし憂うべきは、マス目に沿ってちゃんと練習したはずのカタカナなどが上手く書けない日本人が多いということだ。これではノンジャパニーズが悩むのも無理はない。
小学校のころ、「練習帳」で上手く書けないと「書き直し!」と言って投げつけられたことがある。そこまでされる必要もないが、ケータイやPCの変換が便利すぎて、自分の字が綺麗でなくなっていることに愕然とする。しかし日本人に生まれてよかった。今から数千という日本語文字を学ぶのは絶対に嫌だ。
あぁぁ、次々思い出す。漢字の「三」と「ミ」もややこしい。「・(センタービリオド)」「.(ピリオド)」、そして何となく打たれたただの”点”。あぁややこしい、ややこしい。。。。
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★ 外国人の悩み「ツとシの違いがわからない」(お茶妖精・08/3/8)
「頑張れば夢かなうというのは幻想」
気象予報士の半井小絵さんが「頑張れば夢は叶います」と言ったことがある。成功した人の言葉は実に深く刺激的だった。マドンナも「Dream comes true」と言ったし、同名の日本人アーチストはお馴染みだ。この文言はよく聞くが、これに異を唱えたのが作家の山田太一さんだ。
「頑張れば何でも出来ると思うのは幻想だと僕は思う。成功した人にインタビューするからそうなるのであって、失敗者には誰もインタビューしないじゃないですか」「人間は生まれ落ちたときからものすごく不平等なんです」「限界だらけで僕らは生きている」「多くの人が前向きに生きるには、可能性のよき断念こそ必要ではないでしょうか」。
正論だと思う。どんな分野にいる人も成功している人はほんの一握りの人たちだ。ただ、夢が叶うとか成功するというのは、その到達地点が個人によって違うことを知らなければならない。個人にはそれぞれ力量がある。向き不向きがある。その中で目標を立てて頑張ることを忘れてはいけないと思う。例えば年商2000億円の会社社長のポストを任せられても万人には務まらない。
会社で言えば社長は偉いが、部長や課長も必要なのだ。社長を目指す勢いだけは忘れずに進めば、部長として、課長としての成功も喜びもあるわけだ。
頑張って成功した人と失敗した人は同じ経験をすることになる。成功者は喜びの、失敗者は悲しみの涙を流す。何もしなかった人たちよりはるかに有益ではないか。
☆ 人生の落伍者の多くは、あきらめた時に自分がどれだけ成功に近づいていたかに気づかなかった人たちだ。(Thomas A. Edison)
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★ 「頑張れば夢かなうは幻想、傲慢」 山田太一発言ネットで大反響(J-CASTニュース・08/2/17)
ある組織の中に長くいると、考えが硬直化していくのが怖い。ゆえに教育というのはそういうものを排除するためにもとても重要な役割を担っている。柔軟な考えが幼いころから構築されていれば、物事の善悪はもちろん、それを検証しようとする大切な考え方が身につく。
歪んだ考えを前提に物事が進むのは恐ろしいことである。そうした言動を回避すべく大切なことは、自分と対峙する時間を持つことであろう。自分の時間というのはわざわざ作るものではない。気の向くままに時間を過ごすというのが正解であろう。仕事の後に自分の時間をあえて作ることで、新たな仕事枠としていつの間にか生活に定着してしまい、結局は自分と面と向かう時間が奪われるからだ。
人間も所詮動物。本能の赴くままに過ごすのがその流儀。シンプルさを追求することは実は単純な発想。生と死に固執しなければ、ありのままの人生を送れる気がする。日常の時間割を作って生活することではなく、時間割を捨てることのほうが大切なのである。
☆ 誰もが長生きしたがるが、誰も年をとりたがらない。(ベンジャミン・フランクリン)
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★ 「頑張れば夢かなうは幻想、傲慢」 山田太一発言ネットで大反響(J-CASTニュース・08/2/17)
SO905icsを買った・2
先日のエントリにアクセスが多かったようですが、まともなレビューを書いていなくて申し訳ありません。カメラのことは分からないので書けませんが、使い勝手について書いてみようと思います。
文字入力さえしなければスライドさせる必要のない本体表側。メール受信と確認、発着信はスライドすることなくできます。ただ、大きな画面の下部に操作ボタン類が集中しているのは若干持って操作するのが難しいかなと思いました。スライドさせ、本体を大きくして使ったほうが便利かもしれません。復活したジョグダイヤルは非常に便利ですが、なれるのには少し時間がかかりそうです。
液晶はソニーの技術を駆使しているのか、とてもきれいです。その画面のした左右に小さいランプがあります。右側が受信・着信時に光るランプ。左側は充電時やオサイフケータイ利用時に光るランプ。受信・着信時のランプは小さくて物足りないと思う人もいるかもしれませんが、こっそり光るのはシンプルでこれはこれで格好がよくて好きです。
キー配列は所狭しという印象があります。前のケータイが折りたたみ式ゆえにボタンの配列に余裕があったため戸惑いますが、ボタンが小さなスロープ上になっていることから、押すこと自体に不便は余りありません。
電話として使うときには本体をスライドさせる必要があります。というのも、キーの下部にマイクがあるためです。裏面はどこから見てもデジカメ、表は大きな液晶。デザイン的にも優れた逸品です。
☆ 幸せとは「瞬間」的なものだ。ほとんど毎日、幸せな瞬間なら、少なくとも一度はある(メイ・サートン)
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