眠っていると夢を見る。話の内容は支離滅裂であることが多いが、登場人物というのは大抵知っている人たちだ。それは家族であり、友人であり、知人である。知らない人というのは、もしかしたら現実世界でこれから出会う人かもしれない。
夢の中の話が実現できたらとてもきれいな思い出になると思うこともあれば、実現しないほうが良い悲しい夢もある。
前にも書いたが、夢は記憶を整理するために見るといわれている。起きているときに記憶を整理して、今年よかったこと、悪かったことを精査したい。
そうすれば、現実の世界でも夢は実現する。大きな夢を実現させるためにはとてつもない労力が必要であるが、ささやかな夢の実現をするために前を向いて歩いている。決して退いてはいけない。決して振り向いてはいけない。正面に見える者から目をそむけてはいけない。何人もの人とたくさん瞳を合わせたい。
年が明けて見る夢が、皆様にとって素晴らしい夢でありますように。本ブログは本年で10周年を迎えることができました。これもすべて皆様のおかげです。10年間は夢でした。これからも夢を作り続けたいと考えております。皆様、どうかよいお年をお迎えください。
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★ コメンスメント(本ブログ・2013/12/31)
月: 2014年12月
窃盗は犯罪。本当の反省をしたひと
窃盗罪は10年以下の懲役または50万円以下の罰金と定められている犯罪だ。他人の所有物を盗み取る行為を本ブログではこれまでも断罪してきた。盗みは人が苦労して手に入れたものを一瞬にして奪う行為であり許しがたい。
28日、大阪府和泉市のバイク店に20年前の窃盗を詫びる手紙と現金が届いていたことが分かった。バイク店代表によると、20年あまり前に府内にあった店舗では窃盗事件が相次ぎ、数百万円するバイクが5台盗まれたこともあった。
25日に現金書留で届いた手紙には、約20年前にヘルメットと中古タンクを盗んだという記述があり「若気の好奇心で、計画的な盗み目的ではありませんでした」と反省の言葉が書かれていた。
代表は「昔は悪いことをしても、今は立派な内容の手紙を送れるぐらい社会的にも精神的にも安定しているのだろう。世知辛い世の中で、こんなことができる気持ちを知ってもらいたい」とハンカチで涙をぬぐいながら話す。
「元犯罪者」が分別のつく大人になり、過去を反省する余裕ができているところが良い。刑事事件としては時効であるものの、窃盗に手を染めた痛みという部分に時効はなかった。これで手紙の差出人も罪を償ったことになるだろう。
やはり人間、心にわだかまりを残したまま生活するのは嫌である。世の中は「いいね!」といいたくなるほど、よい人たちだけで満ちていれば争いは起きず、そして他人を悲しませることもないのである。今日は誰も悲しませることをしなかった、そんな一日だった。
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★ 被害額「3銭」 駅コンセントで携帯充電の女性摘発(本ブログ・08/9/10)
★ 万引き親子に裁判官が苦言「いい加減、これっきりに」(本ブログ・06/6/30)
★ クリスマス、20年前の窃盗わびる手紙がバイク店に(産経新聞・14/12/28)
事件事故被害者の傷が癒える日は来ないのだろうか
交通事故の被害者の女性(30)はねたきりであり、両親がその介護をする。しかし両親が先立ったら誰が娘の面倒を見るのか不安であるという。女性は反応を示さないが、親御さん曰く、「分かってくれている気がする」という。
昭和55年に東京・西新宿のバスターミナルで発生した「新宿バス放火事件」の被害者である女性が先日亡くなった。被害後は兄との断絶、好奇な目などに苦しむも、その体験を執筆しノンフィクションライターとして活躍した。犯人の男は無期懲役となったが刑務所で自殺した。
こうしたこと以外にも、地下鉄サリン事件、松本サリン事件、通り魔事件、そして小さなニュースとしてしか扱われない交通事故やストーカー被害者がいる。何の落ち度もない人たちが、犯罪被害者として生きていかなくてはならないのはあまりに酷である。
日本国憲法25条では「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と記されているしかし、日本社会では果たしてこの明文化された法を前に立ちすくんでいるだけではないだろうか。
法律は社会の味方である。それが社会を円滑にする一つの指針となっている。そして正義の味方は法令や条約ではない。人と人との繋がりを守る、約束を履行できる、一個人だけがそれをなし得るのである。
些細なことでも、一人のために正義の味方でいられた一日であったか、毎日検証すべきである。
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小さな場所から始めた業績
アップル社の伝説として、創業者が自宅ガレージで初代「アップル」を組み立てて事業を始めたという話があるが、これは表現に誇張があるという。実際は組み立てたものをガレージから、つまり車庫から車で運び出して顧客に届けたというらしい。
ガレージほどの狭さというとテレビ通販大手「ジャパネットたかた」も同じである。設立当初は4坪ほどのスペースから始めたという。ラジオショッピングに進出し、その後はテレビにも登場。社長自ら売るスタイルが確立した。
事業を始めるのに最初から恵まれた環境にある人たちはそう多くはないであろう。初心の志の大きさが、経っているその場所を大きくしていくのかもしれない。そしてどこで始めたのかはさほど大きな要素ではない。そこに立っていたのがどんな人たちであったか、それが大きな要因として存在し続ける。
場所は後からついてくる。必然的についてくる。場所が大きくなれば多くの人も付いてくる。多くの人がついてくれば、お客さんもついてくる。お客さんがついてくれば社会の流れも味方してくれることであろう。初心忘るべからず、という言葉は現在も業績好調な人たちが決して忘れることのない言葉であるはずだ。
ガレージのシャッターは閉めるためにあるのではない。開けるためにあるのであって、そこから凝縮された思いが飛び立つに違いない。
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ダメダメと
言葉の決まった
師走の日
土たがやして
帰る男がいた
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