メディアリテラシーという言葉がある。情報を読み書きできる力のことだが、連日のように飲酒運転の報道がなされているにもかかわらず、こうした記事が減る傾向がない。勿論、福岡での幼児三人死亡事故を受けてマスコミが徹底して書いていることだろうが、飲酒運転者はこうした情報をどう捕らえているのだろうか。
常習的に車内に缶ビールを置いて運転する者、「少しくらいなら大丈夫」とタカをくくっている者、「飲酒運転がばれるのが怖かった」と言って検問中の警官をはねて逃げる者。こうなると事故でななく事件だ。
飲酒運転の末、対向車に衝突し相手を死亡させてしまった知人がいる。彼は衝突直前に見えた被害者の驚いている顔が忘れられなくなり、夢にも事故現場がよく出てくるそうだ。
千葉県には交通事故専門の刑務所があり、最長で5年を過ごすことになる。「私は出所すれば人生を幸せにやり直すことができるが、被害者の方からはそれを奪ってしまった」とテレビのドキュメンタリーで告白していた受刑者の言葉、我々をも知っておかなくてはならない。
☆ テロでは、5000人が死んだわけだけど、それを数だけで語ることは怖いこと。その一人一人に家族があるわけで、5000回のドラマがあるということを考えなきゃいけないんだ 。(ビートたけし)
☆ 人気blogランキングに登録しています。クリックのご協力をお願い致します。
★ 交通事故ニュース一覧(Yahoo!ニュース)
★ 佐賀の男児ひき逃げ、男を逮捕(本ブログ・06/5/24)
年: 2006年
「覚えていない」「警察のでっち上げ」「電車の方角が自宅と逆だったのは間違えたから」
痴漢行為で捕まった、酒に酔った容疑者から出てくる言葉は、大学教授の品位ある言葉とは思えない。
リングの上の勝者が格好いいと思えるのは、彼らが凶器を持って武装しているからではない。体ひとつで戦っているからだ。
同様に、理論武装などただの見せかけに過ぎず何の意味も持たない。人々が落ち着けるのは芯の通った中味。人を説得する時は言葉よりも、無言の姿勢の方が恐ろしいほど強力である。
☆ プロとは、自分の生きざまをはっきりさせること。何に美しさを感じるかだ 。(江夏豊)
☆ 人気blogランキングに登録しています。クリックのご協力をお願い致します。
「容疑」で「現行犯逮捕」!?おかしな表現
マスコミが発表する事件の記述で不思議なものがある。「東京都迷惑防止条例の容疑で現行犯逮捕」というくだりだ。
「容疑」とは疑いがある状態のことなので、通常は捜査当局が捜査をして「恐らくはこいつが犯人であろう」ということで容疑者を捕まえる。
一方「現行犯逮捕」というのは、人の目前で犯罪が行われ、その場で補足されることをいう。要するに容疑も何もなくほぼ100%犯人であるという前提である。
もしかすると、警察が現場確認をしていないから「容疑」という報道発表になるのかもしれないが、○○容疑で現行犯逮捕という表現は不思議でならない。
ところで現行犯逮捕に限っては、警察などだけではなく一般人にも逮捕の権限がある。例えば、ひったくりにあった被害者が「泥棒!」と叫んで、通行人が協力して犯人を取り押さえたりする例が一般人のできる「現行犯逮捕」だ。
現行犯逮捕してみたら警官だった、という話しも珍しくない世の中である。
☆ もし強盗に出会ったら、他の憶病者達と一緒に並んでいなさい。あなたの勇気は、もっと自分の得になる時のために取っておいたらいい。(O.ヘンリー)
☆ 人気blogランキングに登録しています。クリックのご協力をお願い致します。
★ 「容疑 現行犯逮捕」の検索結果(Google・06/9/16)
小学5年生だった頃、ちょっとワルの男の子、K君がいた。廊下で隣のクラスの男児に暴言を吐いていた。「この落ちこぼれ!」と。
そこを通りかかったK君の担任は年配のベテラン女性教師。「言って良いことと悪いことがある。謝れ!」。するとK君は、「うるせえな、このクソババア」といって、女性教師の足を1回蹴飛ばした。
その後のホームルームで女性教師は「私の足は大根足だから蹴られてもどうってことはないけど、K、悪いと思うのなら今謝りなさい」と諭し、結局K君は「すみませんでした」と謝った。
K君が謝ったのはやはり、悪いことを言った(した)という自責の念ともう一つ、それを許さないというクラスの空気があったことだからだろう。彼が謝れるような空気をみんなで作っていたのである。そして先生は怖い存在であったし、子供は常にしかられる対象であった。
数年前に開いた同窓会ではそんなこともすっかり忘れて、今もお元気な先生とK君が談笑していた。こうして再会できたのも信頼関係が存在したからである。
最近、小学生の校内暴力が深刻さを増している。指導に限界を感じた教師が休職、退職を余儀なくされている。教室の机を蹴り続ける児童に「何かを蹴らなければ気が済まないのであれば、私を蹴りなさい」といった女性教師に躊躇することなく蹴り続ける兵庫県内の男子児童。
この子達が大人になったとき、誰が「私を蹴りなさい」と言ってくれることだろうか。
先生達の児童に施すしつけには限界がある。それは仕事だからだ。しかし家庭内のしつけには終わりがない。それは絆だからだ。子供はあちこちを見て成長していくが、その視線の先を親御さんも一緒に見つめる必要がある。
☆ 学校で学んだことを一切忘れてしまった時に、なお残っているもの、それこそ教育だ。(アインシュタイン)
☆ 人気ブログランキング(国内ニュース)に参加しています。クリックのご協力をお願いいたします。
★ 惜別(本ブログ・04/9/26)
福原愛さんと斉藤佑樹くんが早大に進学が決まった。多くの有名人が在籍する大学だが、あまり無用な騒ぎにならない配慮が必要だ。
彼らは決して安くはない学費を払って学びに来る。それを妨害する権利は何人たりともないわけだ。過去にも在籍していたある芸能人は、ほとんど登校することなく退学してしまった。登校時の騒ぎがなければもしかしたら卒業できていたかもしれない。
以前在籍していた吉永小百合さんの時代は、トップ女優であったのにもかかわらず、皆温かく見守っていたそうだ。有名人ではなく、一人の学生として温かく接してあげられればよい。
それに、その道で活躍している人というのは文武両道な事が多い。イチローも東大に入れるほどの学力があるといわれていたし、中田も流暢なイタリア語を話す。有名人に気を取られていると、あっという間に先を越される結果になるのでご注意を。
☆ 知識には二つのタイプがある。一つは物事を知っていること。もう一つはそれをどこで見つけるかを知っていることである。(Samuel Johnson)
☆ 人気blogランキングに登録しています。クリックのご協力をお願い致します。
ライトを付けないドライバー
「デスノート」を描いた漫画家が銃刀法違反で捕まった。車の中からアーミーナイフを発見された。パトロール中の警察官がライトの切れた車を職務質問してのことだった。
職務質問するにはそれなりの理由がある。たかだかライトと思う向きもあるかもしれないが、欠陥のある状態を放置して車を運転することは通常はほとんどない。特に日本人であればきれいな車体を走らせたいと思うところだ。
それを気にせず運転している者は往々にして心がすさんでいる事が多い。それは酒気帯びであったり薬物を使用していることもあるからだ。だからそうした状態を取締り側は不審に思うことになる。
自転車の無灯火を取り締まるのも、事故防止の観点と、盗んだ自転車を運転している可能性を否定できないからだ。
車を運転していて、傷だらけの車を見たらご注意を。その車の運転手は非常に危険です。そして危険人物はライトを付けないでいるというシグナルを発しているのです。
☆ 人気blogランキングに登録しています。クリックのご協力をお願い致します。
★ 「デスノート」作画担当者を逮捕 ナイフ所持で(産経新聞・06/9/7)
組織にいると、自らの言動を客観的に見られなくなってしまうことがある。大きな組織にいたとしても、それが小さなものに見えてしまうのは何とも残念である。
岐阜県で総額17億円もの裏金がつくられていた問題は、そうした意識が欠落していてできた結果だ。ましてや公金である。県政を円滑にするはずの元締め組織がこれでは直轄機関の市町村は迷惑この上ないことだろう。県内の市町村には「税金はもう納めない」という抗議が集まっているそうだ。
教壇に立っていれば先生はプロに見える。制服を着ていれば警察官はプロだ。しかしながら不祥事が止むことがないのは周知の事実。これは公務員に限ったことではなく、民間でも同じ事だ。通じるであろう常識が通じなくなったら危険信号がともっていると思って間違いがない。
その道のプロというのは尊敬に値するが、プロも職業のそれである前に、人としてプロである自覚がなければ必ずほころびが出ることを忘れてはならない。
☆ ずるをして勝つよりも、名誉のために失敗する方がよい。(Sophocles)
☆ 人気blogランキングに登録しています。クリックのご協力をお願い致します。
★ 裏金問題、岐阜前知事が陳謝 自身分の返還を表明(朝日新聞・06/9/8)
総務省 ネットの「ウソ発見器」開発へ
総務省がネット上にある、ウソや間違いらしい情報を見分ける「ウソ発見器」なるシステムの開発に乗り出すことになった。
ネットは便利であるが、本のように査読を通っていないために、真偽の程は怪しい部分もある。個人が自由に発言できるネット空間は世論を情報操作するのにはもってこいという部分がある。これを識別しようというものだ。
ネットでニュースを読んでいると「○○のブログ炎上」とか、「ネット上で騒然」という特有の言い回しが登場する。何を持ってして「騒然」と断定しているのかは疑問だ。新聞サイトも「狂言」とは言わずに「自作自演」という言葉遣いをしているのには閉口する。記者達もすでにネット空間に染まっているのだろうか。
噂の類というのは真偽を見極める冷静さが必要だ。冷静さを欠くと、ウソの情報に踊らされることになる。ネットだけならともかく、災害時に役立つのはこの冷静に情報を読み取る力だ。
総務省の「ウソ発見器」は2010年までの開発を目指している。しかし、これとて機械がやることであるから100%の判別は不可能と思われるが指針とは成り得るだろう。これが全てではなく、受け手自身が全ての指針とならなくてはいけない。
☆ 安全な道を選んで偉業を達成した人はいない。 (ハリー・グレイ )
☆ 人気blogランキングに登録しています。クリックのご協力をお願い致します。
★ ネット情報「ウソ発見器」 総務省が開発へ(朝日新聞・06/8/26)
★ マスコミの言葉遣い(本ブログ・06/1/25)