京都での信じられない出来事。犯人の男で大学生(23)は法学部の学生であった。法を守る立場を目指していたはずの男の卑劣な反抗。そして、また何ら落ち度もない子供が犠牲になった。
この学生は強盗致傷で逮捕歴があり、今年3月まで停学処分を受けていた。
何故、その時に退学処分にしなかったのだろうか。
成人に達したら、過保護な扱いは必要ない。「こんなことをすれば、どうなるか」を教えてこそ教育ではないか。
退学になって、「もう一度やり直そう」と思ったときに、過去の過ちと冷静に対峙できるのである。しかし、この手の事件を起こす者に反省する機会など与えたくない。
歪んだ思いこみが、起きなくてもいい事件を起こしてしまった。
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★ 〈京都小6〉ショックと怒り(毎日新聞・05/12/10)
★ 学長からの緊急声明(同志社大学)
★ 法学部長からの緊急声明(同志社大学)
タグ: 若者
科学を悪用した女子生徒
小学校の頃、科学部に所属していた私は、仲間と炭酸水を作ったことがある。その校内発表会のとき、「それではこの炭酸水を校長先生に飲んでいただきたいと思います!」というと場内は拍手喝采。「アポなし」だったため、校長先生はご自身の顔を指さし「わたし?」という感じで驚いていたが、快く飲んでくださった。
「うまい!!」
と校長先生。場内はまたまた拍手である。
正直、そんなに美味しいものでもなかった。炭酸に甘味を加えただけの質素なもの。それでも僕らは、初めて作った炭酸水に満足していた。水に対して、この粉はこれくらいがうまい、いや、もっと少ない方がいい、炭酸が多すぎる、と、たかが炭酸水に侃々諤々。
科学に接したことは楽しい思い出だった。きっと、そんな幼い気持ちが、将来の科学者を生み、医療や最先端技術で活躍するのかもしれない。
しかし、オウムの事件では化学の知識が悪用され、松本と東京で多数の死傷者を出した。松本の事件では、薬品知識がない警察が無実の人を犯人に仕立てた。
先日は静岡県内で、県立高校の女子生徒(16)が母親に劇物のタリウムを摂取させ、殺人未遂容疑で逮捕された。母親は意識不明のままだという。この生徒は高校で化学部に所属、劇薬物の知識が豊富らしい。
この女子生徒が、炭酸水を作る楽しみをもし知っていたら、そしてそれが人を喜ばせることを知っていたら、科学は悪用されなかったはずである。
☆ 科学は農薬を生み出すが、それを使うなとは言ってくれない(『ジュラシック・パーク』)
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★ 母を毒殺未遂容疑の高1女子、ブログで動機示唆 (読売新聞)
今週は自分の名前について、出来事が2つあった。
「だいすけ」というのが私の名前。
「だいすけ」と言ったら、どんな漢字を思い浮かべるでしょうか。
経験則で思い浮かぶのは「大輔」「大介」「大助」あたり。
変換してみると、他にも色々な「だいすけさん」を発見できます。
私の名前は「大輔」です。
先日、若い友人が、私の名前「輔」の字を書けないという場面に遭遇した。正直ビックリです。「おいおい」と苦笑してやり過ごしましたが、珍しい名前ではないし、昔は荒木大輔、今は松坂大輔(共にピッチャー)のおかげで、定期的に「大輔」は有名になるのです。
確かに、学校では若い人にはあだ名で呼ばれており、それは勿論嬉しいこと。しかし、付き合いが始まって半年。これまで電話やメール、ネット上などは勿論、実際にもよく会うメンツなのに、友人の名前を書けないというのはどういう事でしょう。
もう一つは「だいすけ」ではないが、「輔」がつく名前を彼氏に持つ女の子。
この子と彼氏も半年の付き合い。しかし、その子も「輔」が書けなかった。それどころか、「●●●●(彼氏のあだ名)ってなんて名前だっけ?」と逆に聞かれる始末。10秒ほどで思い出したが、どういう感覚で彼氏と付き合っているのか、呆れてしまった。
ゆとり教育を誤って甘受した若い人たちの一部は、声は上げるけれども、それがネット上やメールの上だけだったり、その漢字変換もスペースキーに頼っているとしたら、一体誰と本気で話ができるのだろう。恋心を伝えるのも自分の言葉ではなく、仮想空間で変換キーの助けがなくてはできないのでしょうか。
ゲームのキャラクターではあるまいし、あだ名やハンドルネームしか覚えられないのなんてゴメンです。そんな仮想空間でしか人と交流できない彼らは「井の中の蛙」ですが、この「蛙」も読めない若い人が多いという、お寒い実態。
「大輔」って、そんなに難しい漢字でしょうか。
☆ 過ちを後悔しながら過去に生きるのは辛い。私は過去にはいない。私の名は「私だった」ではない。問題や不安を抱えて未来に生きるのも辛い。私は未来にいない。私の名は「私だろう」ではない。しかし、この瞬間に生きるのは困難ではない。私の名は「私」だ(ヘンリー・メリコスト)
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顧問の女子生徒を30回殴った教師
「好きな男性がいる」と女子生徒に打ち明けられた男性教諭が立腹し、この女子生徒を30回以上も殴ったとして、鹿児島県警に傷害容疑で逮捕された。
年の差があっても、好きになってしまうことは自然なことではあるが、やはり先生というのはそういうことをおおっぴらにしてはいけない職業である。放課後という、時間的に閉鎖されたところで、この男性教諭が女子生徒をそういう目で見ていただけなのかと思うと何とも切ない。
友人は学生時代に分からないところを先生に聞きに行った。その先生は熱心で、昼休み返上で友人のために時間を割いてくれたという。先生とは本来、そういう「教えること」ではなく「教える姿勢」のプロである。
先生は学校と名の付く建物の中では、少なくともこのプロでいてほしい。鹿児島の事件では、殴られた女子生徒から尊敬していた大人が一人いなくなってしまったことが残念である。
☆ 人間の幸せとは、金でも、地位でもない。天職についているという気持ちで元気に働いている満足感である(小島直記)
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★ 「好きな人いる」にカッ、教師が高3女子30数回殴る (読売新聞・05/10/7)
中学3年生の「僕」のコメント
中学生の頃、エレクトロニクス同好会(=パソコン部)で活動していた。活動と言っても、していることはもっぱらゲーム。このゲームというのも「○」や「□」が動いたりするような視覚的に乏しいものであったが、それでも私たちは楽しんでいた。
卒業アルバムに中学3年生の「僕」はコメントしていた。
「パソコンの未来は明るい」
「僕」はこうも思っていた。「パソコンが発展すれば、仕事も生活も楽になる。今より便利になる」と。
その予想は的中し、当時では考えられないくらいの発展に至っている。パソコンがなければ仕事も不便であろう。電卓をたたかなくても、表計算ソフトがあれば数字があっという間に整理される。メールも伝達手段としてなくてはならないものとなった。
しかし現実は少し違っている。確かにパソコンの普及で利便性を甘受している部分もあるが、パソコンで効率的になった仕事は空いた時間を生み出し、さらに売り上げを伸ばすべく人は働く。9時5時で仕事は終わるものだと「僕」は思っていたのに、である。仕事はきつい労働条件を強いられ、紙面に載らなくとも過労で倒れる人は少なくない。
中学3年生の「僕」は、こんな事など期待していなかったのだ。
☆ 自分の力以上のことを創り出そうとして、そのために斃れていく人を私は愛する(ニーチェ)
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俳優の杉本哲太(40)が夜間に都内で、他人の自転車を乗っていたところを警察官に見つかった。本来であれば、「チャリンコドロボー」ということで処罰されるところだが、本人も認め、反省していることから「微罪」として立件しない方針だという。
杉本哲太といえば、かつて黄金時代を築いたツッパリロックバンド「横浜銀蝿」のメンバーであった。今では俳優としてのいい味を画面に出している。
このニュースを知る前に、妹と昔のツッパリについて話していた。
「昔はさぁ、ツッパリって中学にいたけど、下級生を脅したり殴ったりする人っていなかったよね。」
「1年生の時に、ツッパリグループの1人に声をかけられたときはビクビクしたけど、『Nono君っていうの?1年生?俺、○○っていうんだ。よろしくね~』てな感じで、いい兄ちゃん、という感じだった。」
「番長がいて、他校とケンカになりそうなときでも、彼が出ていくだけで収まったこともあった。」
昔のツッパリは、人に危害を与えるというよりはむしろ、不満を社会へぶちまけていた感があった。ケンカするときは素手で取っ組み合い。ナイフなど持っていなかった。
最近では、護身用だの、ファッションだのという理由でナイフを持ち歩く若者が少なくない。それを使って人を傷つけることに躊躇すらない。
反抗期を迎えるこの年代は、誰とて突っ張っていたところがあるかもしれない。とんがり精神は若者に必要なのだ。しかし、突っ張るのに、とんがるのに本物のナイフは持っていてはだめだ。
昔のツッパリはナイフを手にしていなくても、いつもナイフを持っていた。心の中に。
☆ 臆病者ほど持っているナイフが大きい。(映画 「島の女」)
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★ 杉本哲太、自転車持ち去り聴取(Yahoo!NEWS・05/7/28)
万引きにつぶされてしまった本屋
45冊もの本を万引きし、その本を同じ店で売ろうとした男が捕まったニュースがあった。それにしても45冊の本を万引きできるものなのか、と思ってしまうが、万引きは窃盗罪。3年以上14年以下の有期刑であり決して軽い犯罪ではない。
以前、神奈川県内の本屋で万引きした中学生の少年が店主に発見された。反省が見られなかったので店主は警察に通報。警察官が駆けつけ、少年に任意同行を求めたところで少年は逃走、遮断機の下りた踏切に入り電車にはねられて死亡する事件があった。驚いたのはその後の展開。この店主に対して「人殺し」などといった中傷が続いて閉店に追い込まれてしまったのだ。。当然店主には何の落ち度もない。
その後、その本屋や新聞社には激励のメッセージが多数届き、営業を再開させたが、店主はその後も万引きを目撃。しかし、注意ができなかったという。「もうどうしてよいかわからない」と、結局、経営意欲のなくなった店主は閉店させてしまったというものである。
ひどい話である。
万引き被害は多い書店で月に200万円ほどにもなるという。大きな損失だ。最近はデジタル万引きもあり、店側は頭が痛いだろう。本に限らず、商品を手にとって購入を検討する時間は楽しいものだ。加えて、手にしなければ、現物を見なければ購入するのが難しいものもある。犯罪に優劣などないが、犯罪意識が乏しいのが万引きである現実が悲しい。
※「デジタル万引き」・・本を買わずに、必要なページをケータイのカメラで撮影する行為。
※「万引き」・・「間引き」から転じた言葉。間(すき)をみて引く(盗む)という意味。
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★ 本ブログ「夢の国の裏側」(2004/9/25)
「席を譲らなかった若者」という記事・2
大学のある授業で、男子学生が二人遅刻して入ってきた。一人は先生の前を通過するときに「しゃがんで」さささっと通過。もう一人は先生の前をかがむことなく堂々と通過していった
別の授業で最初に先生が注意をした。「例年時々あることなんですが、私が話しているときに何を思い立ったか、突然席を離れて教室を出て行ってしまう学生がいます。それを見ると、何を話そうとしたか忘れてしまうことがあるので、理由があって外に出るときは事前に言って欲しい」。その先生は続けていった。「私たちの時代にもあったんですよ。途中で授業を抜けること。でも、その時は先生が板書をしていて学生に背を向けているときにこっそり抜けましたね」。
この例のように、何故か年上の方に対する礼儀とかそういうことに無頓着になっている若者が多い。自宅を出たらそこはもう公の場である。そのことを自覚すべきである。
らくださんのブログ記事「席を譲らなかった若者」に出てくる若者は、嫌味を言われてよほど頭にきての発言だったのだろう。しかし、この若者の発言の内容はともかく、座ったままで、サングラス越しに、立っている年配者に対して反論している画を想像すると、それが本当に主張するものがとる態度であるかどうか疑問に感じる。
年配者の中にも失礼な人たちは多い。若者の見本となるべき言動をとらない方もいる。しかしながら、この記事の若者は持論に酔い、年配者に「あんたら」「ジジイ」という言葉を使って話している。人と話すのに牙をむけて話す態度は理解ができない。
この若者がもし席を年配者に譲った上で持論を展開させたのであれば、きれい事ではなくもっとまともな主張に聞こえたかもしれない。それをしなかったのは、公の場で空間を共有するものとしての手抜きとすら感じる。
☆ あらゆる法律は老人と若者によって作られたものだ。老人は規則を欲しがり、若者は例外を欲しがる(ゲーテ)
★ らくださんのブログ、らくだのひとりごと「席を譲らなかった若者」
★ 本ブログ「席を譲らなかった若者という記事」(05/4/28)