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シートベルトと野口英世

 
 1日に施行された改正道交法で、観光バスやタクシーの乗客もシートベルト着用が義務づけられた。バスガイドさんも走行中のシートベルト着用義務がある。これにより、これまでの「右に見えますのが東京タワーでございます」といった案内は、立ってすることができない。
 
 ところで、バスガイドさんというと思い出すことがある。小学生の時の林間学校で福島県に行った際、バスガイドさんが「野口英世の歌(文部省唱歌)」を披露してくれたことである。
 
♪磐梯山の動かない 姿にも似たその心 苦しいことが起こっても つらぬき遂げた強い人♪
 
 記憶に間違いがなければ、メロディは以下のようになる。音の長さ(符割)は音楽知識が貧困なため記載不可。
 
ばん だい さんの うごか ない す が たにもにた そ の  こころ
ソソ ドド ソミド ミファソーラソ ソーレードシラソド ミファソーミレレド
 
くるしい こ とが おこっても やりぬきとげた つよいひと
レレレファ ミレドド ラシドレソ ソソドドシドラ ソラソソド
 
 歌の2番、3番は以下のようになる。
 
♪優しく母をいたわって 昔の師をば敬って 医学の道を踏み極め 世界にその名をあげた人♪
♪波路も遠いアフリカに 日本の誉れ輝かし 人の命救おうと 自分は命捨てた人♪
 
 英世は1歳の時にいろりに落ちて左手に火傷を負い、指がくっついたままになるが、後に手術をして医学への道を志すようになる。野口英世の功績については異論もあるようだが、確実に言えることは若くして医学のほか英語・仏語などを学び、世界各国に渡ったことであり、行動的だったことである。
 
 黄熱病原を研究していた時に、自ら黄熱病ウイルスに冒された野口英世は51歳で他界した。その道のプロでも注意しなくては誤ることがある。プロの運転する車に乗っても、シートベルトが身の危険を軽減してくれるなら、面倒だと思わずに着用を心がけたい。
 
 
☆ 果敢であれ。最初たれ。他と異なっておれ。(Ralph Waldo Emerson)
 
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★ 今日から後席ベルト義務化 バスガイドは× 戸惑う観光業界(産経新聞・08/6/1)
★ 野口英世アフリカ賞、ゆかりの地近くに記念碑(読売新聞・08/5/29)
★ 野口英世の歌(古関裕而-歌い継がれるメロディ)
 
 

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サザン、無期限活動停止へ

 
 スッパ抜いたのが東京スポーツだったから「うそだろう」と思っていたが、サザンオールスターズが30周年を迎える今年いっぱいで活動を休止すると発表した。ホームページによれば、「30周年を大きな節目として捉え、各々がそれぞれのペースと自分自身に見合った環境の中で、音楽活動はもとより今後の人生そのものをより一層充実したものにさせていただきたいという、かねてからの思いを尊重した結果であります」とある。
 
 この話題が出る前にちょうどサザンのDVDを観ていた。2003年に全国で行われた「SUMMER LIVE 2003」だ。1万円ほどしたこの商品はDVDとしては高価なほうであるが、どうしてもライブが観たかったので買った。北は札幌から南は沖縄まで、サザンらしい楽しいライブはファンを魅了している様子がよく分かり、何といっても楽しそうである。
 
 2000年に桑田佳祐の故郷である神奈川県茅ヶ崎市で初めて「茅ヶ崎ライブ」を行った。この時は有志が実現に向けて5万人の署名を集め、駅周辺の商店街などもサザンの横断幕を掲げて盛り上げた。当時の市長もライブの実現にむけて奔走した。会場になった茅ヶ崎公園野球場は、国道134号線沿いにあり地元警察も出動し交通整理に当たるほどの混雑となった。この状況はマスコミ、とりわけ通常取り扱わない一般紙社会面でも取り上げられるほどであった。
 
 2003年の横浜国際競技場で行われたライブ中に、桑田佳祐は茅ヶ崎の前市長である添田高明さんに触れた。「前の市長であった添田高明さんがちょうど三日前に亡くなりました。茅ヶ崎ライブの実現に向けてご尽力いただきました。ご冥福をお祈りします」。このこと以外にも「25周年というと、たくさんの人と出会っていろいろ教わった。これからもそつのあるプロ集団ではなく、音楽ファンとして活動していきたい」とファンの前で話した。
 
 サザンが凄いなと思っていたことが1つある。複数人で構成されて、これだけ息の長いバンドは他にないということだ。長く続けていればスランプもあるかもしれない。それでも支えになるのは音楽に対する他ならぬ情熱、そしてステージに立てばお客さんの笑顔が見られることであり、ミュージシャン冥利に尽きるに違いない。そして前述の茅ヶ崎ライブ実現に向けて動いてくれた人たち。こうしたことを考えれば簡単に解散するわけにはいかないであろう。
 
 充電を終えてひょっこり復活しても、飾り気のないメンバーだから違和感がない。それにぜひ期待したいと思う。
 
 
☆ 一夜にして成功するには、20年の歳月を要する(Eddie Cantor)
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★ ショック・・サザン活動休止へ デビュー30周年節目に(産経新聞・08/5/19)
 
 

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16歳グラビアアイドル、巨漢の痴漢を撃退

 かつて女子高校生だった友人が夜道で痴漢に襲われた。しかし次の瞬間には犯人の男はうずくまった。空手の心得があった彼女が投げ飛ばしたのである。犯人は慌てて逃走、彼女は「待てこのヤロー」と追いかけたが見失った。その後警察に行ったが、「深追いは危険なのでやめてください」と言われたらしい。
 
 16歳のグラビアアイドルが東京の山手線内で痴漢を捕まえた。駅で降りて逃げようとした体重100キロほどの巨漢に正拳突き、そして下段回し蹴りを決めて周囲の協力も得たところで警察に突き出した。彼女の名前は倉持結香。
 
 空手の友人の例は極端であるが、倉持結香も撃退の心得がなければ出来なかったことだろう。なぜ彼女が巨漢を撃退できたかというと、極真空手の有段者であるマネージャーに特訓を受けていたからだという。それまで幾度となく痴漢被害にあっても泣き寝入りしていたそうだ。
 
 ところで16歳の女の子が100キロの男を素人の空手で倒すことが出来るのだろうか。普通、目の前にいる女子生徒が正拳突きしてくるとは思わない。男は無防備状態であったがゆえにパンチとキックで崩れ落ちたのだ。制服姿の子に攻撃されてパニックになったに違いない。
 
 痴漢の逮捕は現行犯でないと難しい。逮捕された男は警察もマークしていた男だった。山手線は殺人的な混み方をするが、被害が表面化するのは僅かな数であろう。倉持結香のブログには「過剰防衛ではないか」というコメントがあった。痴漢であれ強姦であれ、女性が誘惑でもしてこない限り、犯人の男のほうが悪いに決まっている。被害者である女子生徒の女の子を責めるのはおかしな話だ。そうした歪んだ物の見方が、ゆがんだ性犯罪を助長している。いい大人が手鏡に盗撮に鼻息を荒くしている気味の悪い世の中である。
 
 
☆ なるほど、あの娘は美しい。しかし、美しいと思うのはお前の目なのだよ。(クセノフォン)
 
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★ 倉持結香です。「痴漢を捕まえた」(08/4/14・倉持結香の【ユカ専用ブログ】)
 
 
 

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大場久美子、パニック障害とうつ病経験を告白

 
 大場久美子というと「コメットさん」を思い出す。コメットさんの隣に住んでいた女の子役が”元カノ”だったこともあり、複雑に印象深いドラマだ。その大場久美子がパニック障害とうつ病を患っていたことを明らかにした。この類の病気が老若男女問わず多くなっているのはどうしてだろうか。
 
 自動車を運転している人間が、安全に操作できる速度の限界が時速40キロメートルだという。それを超えると、突発的な事態に遭遇したときに対処できる力が人間にはない。すなわち、運が作用することになる。
 
 我々の社会がスピード重視になってしまった。時間をかけて実る仕事もあるが、それだけではなくなった。速度超過した人間の心身はまさに運に左右されることだろう。その結果、負荷のかかってしまった身体に無理が生じて心の病気になってしまうのかもしれない。
 
 誰でも仕事でミスをしたり恋人とケンカしたとなれば落ち込む。この「気分不快」という状態は通常一晩眠ればやり過ごすことが出来ることだ。しかし落ち込み状態が長期に渡り、体に異状が出てくると心の病になることがある。
 
 周りの理解が得にくいのがこの類の病気の難点だ。患者にとって辛いのは、病気そのものに加えた周りの病気に対する無知である。真の理解者が一人いるだけでも違うものだ。人を本当に心配するというのは実に労力の必要なことである。「心配している」と言うだけでは、患者に負荷がかかるだけであることを知っておかなければならない。
 
 
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★ 大場久美子「パニック障害&うつ」を告白・・・自傷行為も(ZAKZAK・08/4/7)
 
 

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好きだったお天気お姉さん

 昭和の頃の天気予報は今のようなCGを駆使したものではなく、手作りのお天気マークなどが使われることが多かった。気圧を言うときの単位も、現在の国際標準であるヘクトパスカルではなくミリバール。
 
 かつて好きだったお天気お姉さんがいた。その当時、TBSで21時前に放送する天気予報があった。この番組が始まるときの「ポッパッパッ」という音はまだ耳に残っている。音と共に登場するのが大好きだったお天気お姉さんである。
 
 気象予報士のいなかった時代にお天気を伝えるのは、アナウンサーや日本気象協会所属の気象解説者、あるいはこのお姉さんのようなお天気キャスターであった。今でこそバラエティあふれる気象予報士の布陣だが、当時は地味だったお天気キャスターの中で、ちょっとだけ変わった存在だった。
 
 他愛のないことであるが、予報が終わった後に「それではまた」といって、腰のあたりで”バイバイ”と手を振るのである。そんなことをするキャスターが他にはいなかったので、好んで彼女の天気予報を見るようになった。このお姉さんは現在も現役で競馬番組を担当されているのだという。
 
 このお姉さんの出ていた番組が夜だったこともあり、あの番組を思い出すと「もうすぐ寝なくちゃ」と思ったものだ。季節や時間を感じる思い出のお一人である。
 
 
☆ カメラの向こうに大好きな人がいると思いなさい。「ねえねえ聞いて。こんなことがあるのよ」という気持ちで話してごらん。うまくなくても、みなさんに伝わることばと表情になるはずだから。(吉村光夫・=ロングおじさん。デビュー当時のタレント・鈴木淑子に)
 
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本田美奈子. 人々の心に残る声

 
 「私のように、たいした努力もしないで芸能活動をしている人がいる中で、彼女は本当に努力家でした」。親友だった南野陽子が本田美奈子の葬儀に際して行ったインタビューでそのように語っていた。そのあと南野は泣き崩れた。
 
 本田は急性骨髄性白血病と診断されてから、骨折をして偶然同じ病院に搬送された作詞家の岩谷時子とICレコーダーを利用し、ボイスレターの交換をするようになった。無菌室にいる本田が外部と情報交換をする1つの手段がICレコーダーだった。多くの詞を提供した岩谷は本田の恩師である。
 
 岩谷を「おかあさん」とボイスレターの中で呼び、身内のいない岩谷を気遣った。そして必ず本田自身が歌を吹き込んでいた。病魔と闘っているものとは思えないほど安定感のある声量。岩谷は「みなちゃん、いつもありがとう。声がよく出ているので安心しています。声は体調がよくないと出ないから」。
 
 そんなやりとりも続き、一時は退院するほど回復した本田だったが、2005年11月6日未明に家族が見守る中、38歳の若さで帰らぬ人となった。
 
 2004年のクリスマスコンサートの時に撮影されたもので、誰もいないステージで本田が両手を広げて天を仰いでいる写真が公表されている。舞台には歌の神様がいると信じてのことだという。
 
 歌の使者としてこの世に送り込まれた彼女は、歌の神様によって迎えがあったのかもしれない。平和を愛し、「小さな幸せ」が口癖だった彼女は、歌の神様にとっても魅力的な存在であったに違いない。
  
  
☆ 音程が少しずれても、心を込めれば歌は人に通じます。(本田美奈子.)
 
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★ 本田美奈子.が最期に遺した歌が配信リリース(BARKS・08/3/24)
★ 本田美奈子さんに捧ぐ(YouTube)
★ 「本田美奈子」の検索結果(YouTube)
 
 

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「頑張れば夢かなうというのは幻想」

 
 気象予報士の半井小絵さんが「頑張れば夢は叶います」と言ったことがある。成功した人の言葉は実に深く刺激的だった。マドンナも「Dream comes true」と言ったし、同名の日本人アーチストはお馴染みだ。この文言はよく聞くが、これに異を唱えたのが作家の山田太一さんだ。
 
 「頑張れば何でも出来ると思うのは幻想だと僕は思う。成功した人にインタビューするからそうなるのであって、失敗者には誰もインタビューしないじゃないですか」「人間は生まれ落ちたときからものすごく不平等なんです」「限界だらけで僕らは生きている」「多くの人が前向きに生きるには、可能性のよき断念こそ必要ではないでしょうか」。
 
 正論だと思う。どんな分野にいる人も成功している人はほんの一握りの人たちだ。ただ、夢が叶うとか成功するというのは、その到達地点が個人によって違うことを知らなければならない。個人にはそれぞれ力量がある。向き不向きがある。その中で目標を立てて頑張ることを忘れてはいけないと思う。例えば年商2000億円の会社社長のポストを任せられても万人には務まらない。
 
 会社で言えば社長は偉いが、部長や課長も必要なのだ。社長を目指す勢いだけは忘れずに進めば、部長として、課長としての成功も喜びもあるわけだ。
 
 頑張って成功した人と失敗した人は同じ経験をすることになる。成功者は喜びの、失敗者は悲しみの涙を流す。何もしなかった人たちよりはるかに有益ではないか。
 
 
☆ 人生の落伍者の多くは、あきらめた時に自分がどれだけ成功に近づいていたかに気づかなかった人たちだ。(Thomas A. Edison)
 
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★ 「頑張れば夢かなうは幻想、傲慢」 山田太一発言ネットで大反響(J-CASTニュース・08/2/17)
 
 
 

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誰もが羊水の中にいた 発言をした倖田來未

 
 元人気子役の間下このみは難病である抗リン脂質抗体症候群にかかっている。習慣的に流産・死産になりやすい。一度死産を経験したが再び妊娠をし、「次の赤ちゃんは殺さない」という強い思いでお腹の赤ちゃんを育てた。常に最悪の事態を想定していたことが気を強く持つお守り代わりになっていたようで、昨年の3月に無事女児を出産した。
 
 妊娠は女性に負担のかかる仕事だ。10ヶ月の間、体の中にある小さい命を大事に感じているというのはどういう感覚だろう。医療の進歩で胎児があくびをしたり笑ったりしている映像を見ることが出来るようになった。お母さんが呼吸をすれば、当然赤ちゃんにも送り込まれる。命の呼吸を一緒にしているのは女性特有の喜びか。
 
 「羊水は35歳を超えると腐る」と発言した倖田來未は高齢出産経験者や不妊で悩んでいる同性を敵に回してしまった。先日、そんな彼女が謝罪をしているところを夕方のニュースで見た。
 
 失言しても決して謝らないグロかっこ悪い大人が多い中で、「普段の言葉遣いが悪いから」「自分の無知から多くの人を傷つけた」と彼女の流した涙は本物だったと思う。
 
 「授かることができれば私も授かりたい」。愛のうたを歌う彼女である。きっと最愛の人と出会ったとき、1たす1が3になることもある、今回のことで強くそれを認識したことだろう。
 
 
☆ 叱ってくれる人がいなくなったら、探してでも見つけなさい 。(永六輔)
 
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★ 倖田來未「35歳で羊水腐る」発言 公式サイトで謝罪(産経新聞・08/2/1)
★ 「言葉遣いよくなかった」 「羊水発言」涙ながらに謝罪 倖田來未会見詳報(産経新聞・08/2/7)
 
 
 

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