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人を笑顔にする笑顔を持つ人

 
 とある飲食店に行ったときに、「いらっしゃいませ!」と、元気よく若い女性が応対してくれた。気持ちが落ち込んでいたときだったが一気にその気分が晴れた。気分がよくなったところで”お礼のメモ”を別の店員さんに渡して店を後にした。当の店員さんはいなかった。
  
 仕事上、笑顔も売っていたのであろうと分かっていても、優しい目、謙虚な言葉遣い、ピンと伸びた背筋。こうした瞬間に助けられることもある。もしかすると、これは大げさではなく、相手の人生を変えるかもしれないその笑顔であるにもかかわらず、彼らの時給はそんなに高くなさそうなのはなぜだろう。 
 
 誠実な人柄が相手を魅了し、鼓舞することはあるに違いない。こうした人の姿勢が処方薬となって広く伝わればいい。そしてこの良薬はとてもとても甘い。
 
 昨今では、異性の店員さんに”ラブレター”でもあげようものなら、ストーカー的に考えられるかもしれなくて厄介だが、似たような経験をしたことがあったがゆえの行動だった。
 
 かつての職場である飲食店で、同僚の若い人たちが元気よく接客していた。お客さんの帰った後を片付けていると、そのテーブルにメモが置いてあり、「いろいろとふさぎ込んでいましたが、若い人たちの元気な姿を見てそんな自分がばかばかしくなりました。ありがとう。変なおばさんより」と書いてあった。そのメモで、私たちはさらに笑顔になったのである。
 
 
 

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本日の英語メモ・30

 
 Japan eases sanctions against North Korea
 
 「日本政府、北朝鮮への制裁緩和へ」
 The Japanese government has decided to lift 3 sanctions on North Korea as it believes Pyongyang has made sincere preparations to tackle the abduction issue.
 
 「日本政府は、北朝鮮に対する3つの制裁を解除することを決めた。これは北朝鮮が拉致問題に真摯に取り組む用意があることを受けてのことです」
 
 ここで出てくる、”Pyongyang”(平壌)は「北朝鮮政府」のことです。同様に、”Tokyo”や”Washington”といえば、文脈によって「日本政府」「アメリカ政府」を指すことになります。
 
 キーワードは、liftで、(解除する)にしよう。
 
 Pyongyangによるsincereなtackleを期待したいところです。主権が侵されているのですから、両政府の真摯な取り組みを切望します。
 
 
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★ NHK WORLD
 

 

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「治安崩壊」レビュー 元警視庁刑事は何を語るのか

 
 「日本は凶悪な犯罪が多発する本当に恐ろしい国になってしまった」。元警視庁刑事が書いた「治安崩壊」(河出書房新社)を読んだ。著者は交番勤務を経て、刑事事件、風俗、銃器、公安などを経験。あらゆる犯罪を見てきた。
 
 現在も未解決である「世田谷一家殺人事件」にも触れている。「ある筋から入手した情報」として、被害者は某団体から多額の寄付を要求されたが、それができなかったため「みせしめ」として殺害された、というものである。幼い子供も被害者になっていることから、「みせしめ」が意味をなすという。
 
 著者はかつて神奈川県内で起きた暴走族による殺人事件についても触れている。元新聞記者の男性が鉄の建築資材を片手に暴走族集団に立ち向かった。しかし反撃に遭い死亡した。この裁判では男性が鉄の棒を持っていたことにことさら注目が集まり、判決は懲役4年。人を殺しておいて4年。その頃の著者の刑事仲間では「日本の司法は病に冒されているのではないか」と一時騒然となったという。
 
 著者は正義感をもって職務を遂行していたようだ。繁華街で総勢120人の暴走族が乱闘していたときも、付近の警察官数人と一緒に警棒片手に戦った。しかし相手が多くて歯が立たない。ぼこぼこにされながらも戦った。その間にも無線で「近くにいる者は現場に急行せよ!」と指令が出るが応援部隊が到着したのはかなり時間が経ってからで、立つのもやっとの状態でへろへろになっていた。
 
 「後で分かったこと」とし、当時、無線を聞いていたにも関わらず、出動せずにお茶を飲んで身を隠していた同僚が数人いた。頭にきた著者はその数人を独身寮に呼び、正座させた上で、「お前ら何考えている。警察官をやめろ」と言って、一人ずつ殴ったそうだ。「先輩」もいたが、著者の怒りに目を合わせることもできなかったという。
 
 著者の名前は北芝健。早稲田大学卒業後、民間企業勤務を経て警視庁に入庁。現在は日本社会病理研究所主任研究員、助教授。伝統空手6段。
 
 他にも、犯罪に巻き込まれないためにはどうするか、巻き込まれたらどうするかということを、プロの視点でアドバイスしている。そして大切なことは危機意識を持って生活することであり、もう日本は安全ではない、という考え方を持つことが重要だと気づかされる一冊である。
 
 
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ツイッター トップリツイートに見る世相・42


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 
 
 
全国のツイッタラーのみなさま、楽しいツイートをありがとうございます。
 
 

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「相棒」にみるドラマの表現

 ネットで検索すれば「放送中止」になった番組がたくさん出てくる。興味のあるかたは検索をして戴きたい。
 
 ドラマとはいえ、作り手のモラルが問われることがある。刑事ドラマの「相棒」のシリーズ3の第7話「夢を喰う女」では、「相棒」の二人(杉下・亀山)が図書館司書から利用者の貸し出し履歴情報を見せてもらうシーンがある。これに日本図書館協会から抗議があった。個人情報を令状なしに刑事に見せることはない、ということだ。このためこの話は欠番となり、再放送もされずDVDにも収録されていないという。(参考:Wikipedia「相棒」)
 
 次に、抗議があったわけではないが、犯罪になりそうな事を咎めるシーンは作り手の慎重さを感じる。以下はすべて「相棒」の話である。
 
・ 制服警察官が道ばたの花をちぎって、人が倒れていた状況を再現したが、花をちぎる行為に対して杉下が、「おやおや、いけませんねぇ」という。
 
・ 聞き込みをしていた杉下に、町内の人が「刑事さん、こっちですよ!」と自転車の後ろに乗せようとする。杉下は後ろに乗ろうとするが、「ああ、二人乗りはいけません」と言って歩き出す。
 
・ 小野田公顕(岸部一徳)の孫の男児が「おしっこしたい」というので公園の雑木林へ連れて行く。そこで立ち小便をさせる際、「じいじ、(警視監という)立場上まずんだよな。でも、今回は緊急避難ということで」と独り言を言う。
 
・ 賭将棋士に事情を聞いていた相棒の二人。その男が対戦相手から勝って得た金を取って立ち去る。賭博の現行犯ということになり、亀山が「ちょっと、おいおい」と言うが、杉下が亀山を抑える。男に対しては別の事件の聴取で来ていたので、それ以外の追求はしたくないためである。
 
 テレビというのは基本的にスイッチを入れれば無料で見ることのできるものだ。それゆえに、その影響力は大きい。ドラマが基本的にフィクションであるとはいえ、作り手が内容に現実性の付与にこだわるように、視聴者もその話の中に没頭することになる。つまり、感情移入する。それゆえに、作り手側には見る側に対しての背信行為がないように留意すべきである。
 
 「相棒」のある話の最後で犯人が杉下・亀山に対して犯行を告白するシーンがある。通常であればそこで任意同行ということになるが、亀山が「右京さん、自首にしませんか?自首でいいでしょ?」とお願いする。杉下は言う。「いつも君がそばにいてくれて助かります。僕には、君のようなしなやかさが欠けています」。
 
 実際の警察が逃走するかもしれない犯人を目前にし、自首をさせるということは無いに違いない。しかしきっと、この場面では制作者側が視聴者の感情移入に助け船を出し、感情を共有することにしたことだろう。「半沢直樹」がそうであったように、真摯に制作すれば番組というのは素直に受け入れられる余地がたくさん有る。作り手にも受け手にも「しなやかさ」が必要だ。
 
 

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泣いている小さな子供がいたら声をかけるべきか無視するべきか

 泣いている子供を見たら声をかけるべきか、そんな話が議論になっている。
 
 男性がツイッターで「110番を利用した」とするのだが、夜泣いている女の子を見かけて迷子ではないかと声をかけようかと思った。しかし「声かけ事案扱い」されることを恐れ、不審者になるのは嫌だという思いから110番した。
 
 通信司令室から「近くの交番まで連れてきて欲しい」と言われると上記理由で通報しているのでできないと断る。「せめて警察官が到着するまで待っていて欲しい」と言われると、「子供の近くにいたら不審者扱いされる」と断り、結局通報してその場を立ち去った、とのことだ。
 
 私自身、自治体からの不審者情報メールを受信しているが、不審者による「声かけ事案」というのは結構多い。「○○まで連れて行って欲しい」や「声をかけられた」などの事案もあるが、単なる挨拶程度の文言などもあり本当に不審者かどうかは判断が難しい。
 
 そうはいっても、「声かけ事案」の延長で体を触られた、などの事件も発生しており、子供たちや地域が犯罪の前兆に敏感になるのも理解できる。では、本当に困っている子供がいたらどうしたらいいのだろう。
 
 昨年、目に涙を浮かべて口をへの字にしている小さな男の子が声をかけてきた。「あのね、ばあばがいないの。いつもいるはずなのに、インターホンならしても出ない」と私に訴えかけてきた。
 
 これは一大事、中でばあばが倒れていたりしたらどうしよう、そう思って男の子に家のカギを開けてもらい、家の中の様子を見てもらうことにした。私が入ったのは玄関の入り口まで。
 
 「ばあばいないよ」「トイレの中も見て」「どこにもいないよ」「じゃあ、近くに買い物にでも行ったのかもしれないね」。
 
 すると、男の子は「もう一人のおばあちゃんちに行ってくる」と言い出した。「そのおばあちゃんちは近いの?」と聞くと、「うん!」と笑顔で答えた。ああよかった、とりあえず一安心だ。「あ、ぼくぼくぼくぼく!おうちのカギをかけないとダメだよ!」
 
 今思えば、私の行為も他人から見れば子供の家に入ろうとした不審者にしか見えなかったかもしれない。しかし、私も母親の帰りが遅くて近所の家に泣きながら助けを求めたことがある。それを思い出したので、泣きべそをかいた男の子を無視することはできなかった。
 
 あの時の男の子、少しばかり他人に愛想がよすぎるかもしれない。でも本当は、そんな純粋な子供たちが安心して外出できる地域社会でなければならない。冒頭の男性も迷いはしたが、110番通報したのは素晴らしい行動だ。あとは警察官に任せればよい。
 
 なお、ツイッターの男性が通報した女の子は無事保護された。家からだいぶ離れたところであり、親御さんが感謝の連絡を入れたいので電話番号を教えていいか警察から打診されたが、それも断ったとのことである。
 
 困っている子供がいても無視してしまう社会になったら恐ろしい。子供を守り安全な地域を作ること。それは大人の責務です。
 
 
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★ 迷子に「どうしたの」と声をかけるべきか「不審者」扱い怖く「110番」した実例巡り議論(J-CASTニュース・14/1/10)
 


 

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言葉の再生

 
 某SNSで仲良くさせていただいている女性に「○○(女性の名)さんが出てくると、ニコニコしてしまいます☆」と書いたら、「ありがとう(#^_^#)」と返答が来た。それから何日か経ってから、「○○さんが出てくるとウケル」と書いたら、「失礼な(-.-#)」と、怒られてしまった。
 
 書いている内容はほとんど同じなのに、言葉の使い方を変えただけで相手を怒らせてしまったのである。
 
 言葉のやりとりというのは、会話というのは相手に認められたいという衝動がちりばめられている行動だ。人は年を取っても人には褒められたい、認められたいという気持ちを持っている。取るに足らない会話でも、最終的にまとまる話は気持ちの良い、清々しい行為なのである。
 
 会話のキャッチボールとよく言われるが、単に投げて受け取れば良いわけではない。相手がとれるようなボールを投げてあげるところに思いやりが必要なのだ。受け取った側は相手のことを認めることになるであろう。
 
 日常的に使う言葉というのは限られている。どの言葉をどういう瞬間に使うかという技量が問われている。言葉遣いに失敗したら、その言葉を再生させてやること、言葉の最上級を相手に投げてあげることで相手との関係も再生させることができる。
 
 相手に認めて欲しいと願うなら、相手の言葉を尊重してその意を汲んであげることだ。相手の言葉が拙かったとき、あなたがその言葉を再生させてあげれば会話も人間関係も繋がっていくし、人も、生まれ変わることができる。
 
 
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テイクアウト

sora
 ファーストフードにいったとき、レジ付近にいた店員さんが奥の店員さんに「今のお客さんにポテト入れた?」と聞いた。奥の店員さんは「いや・・・入れて・・ないです・・・」。テイクアウトの時の入れ忘れである。
 
 私も経験がある。入れ忘れに気づくと「追いかけて!」となり、急いで店外に出てお客さんを捜す。こういうときのお客さんというのはとても速く、そして遠くにいらっしゃる。見つけることができたときは幸運だが、発見に至らないとクレームになる。商品本体の入れ忘れが最悪だが、ガムシロップの入れ忘れ、ストローの入れ忘れ、ナプキンの入れ忘れでもクレームになった。
 
 原因は確認を徹底しなかったことという単純なことだ。提供前にポテトを入れたかどうかを確認すれば防げた。
 
 仕事でも勉強でもそうだが、たいていのミスというのは確認を怠ったことによって危険が高まる。「まあいいか」を思った瞬間にその危険度が増す。単純な思考がもたらす作業というのはこつこつ実行することで時間がかかっても成果が出るが、時間に追われたり環境に余裕がない状況であると簡単な工程を省いてしまうことが危険なのである。
 
 他方、いつしか時間に余裕のない現代社会の中に生きていることに気づく。気づける時間があるのはいい方だが、それすらない場合は仕事そのものを動かす人に歪みが生じるのではないかと不安になる。流行語に「ブラック企業」というのがあるが、人は何故ロボットのごとく人を使い、使われるようになってしまったか。それを享受しなければならない環境に慣れてしまったのだろうか。
 
 今年、千葉県内の工場で爆発事故があった。工場の生産過程は「安全第一」が唱われているはずだ。その次に続く「品質第二」「生産第三」の順番が狂うと事故に直結する。我々はこの順番をいつしか勝手に入れ替えてしまっている。是非、「ゼロ災」の精神を忘れないようにしたい。
 
 冒頭の「ポテト入れ忘れ事件」だが、10分くらいしてからお客さんが入れ忘れに気づいて戻ってきた。店員さんが「ああ、お客様、申し訳ございません」と平謝り。ただお客さんは笑顔でいて怒っていなかった。店員さんにしてみれば、お客さんが戻ってこなければ、嫌な気分で年越しになってしまったであろうし、お客さんも自宅で気づいたら不快であったに違いない。
 
 新しい年に嫌なものを持ち越さないように、一つ一つ丁寧に実行したい。来年にテイクアウトしていいものがあるとすれば、失敗に対して揺るがなかった正しい気持ちだけである。
 
 
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