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桜塚やっくんが残したもの 事故から1年

 
 山口県美祢市の中国自動車下り線、美祢インターチェンジ〜美祢西インターチェンジ間は運転の難所と知られてきた。現場は大きなカーブが連続。その上上りや下り坂が連続するのだという。しかしここ1年で事故が半減する効果が出てきているという。
 
 管理するNEXCO西日本は、カラー舗装を整備したり看板で注意喚起するなど対策を実施した。また、山口県警も取り締まりを強化した。その結果、今年9月までの事故件数は前年比42件減の32件で死亡者はいないという。
  
 ドライバーの会社員男性(42)は、「有名人が亡くなった事故だったので今も記憶に残っている。今まで以上に安全運転をするようになった」と語る。
 
 亡くなった有名人とは「桜塚やっくん」(当時37歳)である。いつも走っている道で有名人が亡くなる事故というのは記憶から離れにくい。
 
 多くの有名人、そして一般の人が自分の意思に反してこの世を去った。その現場は実に我々の身近に存在する場所である。きれいに施されているアスファルトや土の上でかつて起きた事故を忘れずにいたい。
そして「有名人が亡くなった場所」という意識のもと、そこを通過する人が気を引き締めることがあるならば、桜塚やっくんの残したもの、その印というのはいつまでも残る。本名斎藤恭央さん、合掌。
 
 
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★ 桜塚やっくん交通死:事故から1年 防止策で事故数半減(毎日新聞・14/10/4)
 

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ツイッターアナリスティクスにみる 注目されたつぶやき

 
 Twitter Analysticsは、自分のツイートがどの程度人に見られて影響があったかを調べるサイトです。ツイッターやっているかたは調べてみましょう。
 
 
https://twitter.com/Virtualnono/status/516960154785312768
 昨今の報道だと、古いウイルス対策ソフトも効果が無いことが分かっています。OSやソフトを最新の状態にしておくこと、パスワードの使い回しをしない、不審な添付ファイルは開かない、怪しいサイトは閲覧しない、という基本原則を守ることが必要です。
 


 予知は専門家でも難しい。それを事後に喧々諤々したところで何の意味も無い。教訓に残ることは何も無い。
 
https://twitter.com/Virtualnono/status/516143257705652224
 よかったです。
 


 こうした情報は誰でも気になるもの。つい目がとまってしまうのでしょうね。
 


 誰もが気になっていたニュースだけに犯人逮捕の報は地域社会に一つの安心感を与える。
 


 実験していませんが、夕方からしばらく緊急時待機モードにしたらかなりもちますね。このモードは余計なアプリを終了させ、基本的な「電話」「メール」などのアプリしか使わず、画面も白黒になります。 
 


 警察が罪の重い方で逮捕したかったのでしょう。
 


 売り切れくらいで怒ってはいけない。
 
https://twitter.com/Virtualnono/status/510003633732059136
 若く見えるんでしょうが、自称の年齢はうさんくさい。
 
https://twitter.com/Virtualnono/status/508567901641535488
 変わりましたね。
 


 健康問題も気になる要素です。知人は快方に向かっており、ストレスが原因ではないかと推測されています。
 
 
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見直す考え

 
 かつてのエントリを読んでいると、表現がおかしかったり誤変換になっている事を見つけ、こっそりと直す事がある。無知や急いで投稿しているための間違いであるが、投稿前に少し見直せば済む事なのはいうまでもない。
 
 そのエントリを読んでいて改めで考えが及ぶ事がある。職場や学校のいじめで被害者側が身体や心に傷を負う事があるが、そうなる前になぜ対処しないのかという点である。
 
 結果として人の命をあやめる事になった加害者の中には「取り返しのつかない事をしてしまった」と犯行直後に思う者が少なからずいる。あの時ああすればよかった、そんな思いに駆られるのである。
  
 我々は事後において、物事を批判する事はあまりにたやすいが、そうなる前に手を差し伸べる事を忘れてしまっている。今後どうすればよいかを考えない。過去には及ばず未来には触れず、今だけあればよいという、あまりに刹那である。
 
 ところで、ドラえもんがこの世にいれば手に入れたい道具というのは、タケコプター、どこでもドア、タイムマシンの3つということに異論はないであろう。この3つの道具には共通の特徴があり、誰もが夢見るものだからだ。それは身体が物理的に移動できることである。上記順番で徐々にその速度が速くなる。
 
 しかしタイムマシンだけはもう一つの特徴がある。ある程度であれば、タイムマシンがなくとも時代を移り動くことができるという点だ。
 
 過去であれば「初心忘るべからず」の精神を持てばよいし、未来であれば「夢を捨てるとき、この世は存在しなくなる」(チャーチル・イギリス政治家)という考えに共感すればよい。
 
 そして今を生きるのであれば、「自分の道を進む人は、誰でも英雄です」(ヘルマン・ヘッセ/ドイツの政治家)であり、過去を未来を体現する言葉で言えば、「何を捨てるかで誇りが問われ、何を守るかで愛情が問われる」(スティーブジョブズ/アップル社創業者)であろう。そうしたことをしなければ、「同じことを繰り返すくらいなら、死んでしまえ」(岡本太郎・芸術家)と言われてしまう。
 
 ロシアの小説家ドストエフスキーの言葉が本稿主張に近い。「コロンブスが幸せであったのは、彼がアメリカを発見したときではない。それを発見しつつあったときである。幸福とは、生活の絶え間なき永遠の探求にあるのであって、断じて発見にあるのではない」。
 
 さて、我々が探しているもの、探すべきものとは何であろう。
 
 
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言葉のリサイクル

今日の短歌・72

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 黒煙が
 
 青を薄めた
 
 その場所は
 
 天空近く
 
 御霊がねむる
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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今日の短歌・71

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 若人が
 
 先見性を
 
 もつ地域
 
 香る港に
 
 傘咲き乱れる
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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革命を起こす傘 香港

 一国の社会が変化するときは独裁主義と民主主義がぶつかったときである。香港で、民主化を求める学生らが香港中心部に集まり香港政府に抗議している。「傘の革命」といわれている。
 
 かつてのフィリピンやイラク、リビアなどでも独裁政治に嫌気がさした国民が立ち上がった。エジプトを発端にした”アラブの春”ではフェイスブックなどのSNSが重要な役割を果たした。
 
 海外での出来事について、我々は報道の伝える部分しか分からなかったが、今では素人がそれを発信する。インターネットを自由に使い、表現・言論の自由という、日本ではほとんど当然の権利が他国でも担保されているかどうかが、その国の自由度を測る一つの指針となりうる。
 
 映像投稿サイトYouTubeに投稿された映像では、女子学生が世界に向けて「香港を助けてください」と題し、「この映像を見ている人には投票する自由があるでしょうが、私たちにはない」などと訴えかけている。
 
 民主国家といわれる国でも必ずしも100%の民主主義が保たれているわけではない。投票による結果が、その後の国民生活に難題を強いるときもあるからだ。
 
 だから、時として国民は声を上げなくてはならない。その声が、届くはずである。その声に共感してくれる世界の誰かに。
 
 そして、社会の変化に政府と国民がぶつかるなどではなく、自国の文化と他国の文化が出会い、社会が変わるような穏やかな”衝突”を願う。そのためには、その先見性を確保するための教育、そしてやはり声を上げ続けなくてはいけない。
 
 革命は「傘」が起こすのではなく、傘を持った人の言葉が起こすのである。香港の”雨”が早くやみますように。
 
 
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★ 香港民主化デモ(ハフィントンポスト・14/10/1) 
 
 

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いじめの思い出

 
 いじめの事件は子どものも大人のものも無くなる気配はない。いじめの内容も様々である。
 
 自殺の練習をさせられた、窃盗や恐喝の強要、持ち物の破損、服を脱がされ写真を撮られる、馬乗りになって殴られる、顔に落書きされる、廊下で顔面や腹を殴られる、小便をかけられる、ゴミや死んだハチ、カエルを食べさせられる、顔を踏まれる、被害者が自殺したあとも馬鹿にされる、いじめの現場を先生も見ていた、先生に相談しても何もしてくれなかった。先生が生徒に自殺の件を口止めした。
 
 昔からいじめが無くならないのは、いじめはいけないという事が充分に認識されていない事に加え、現場で対応する大人が及び腰になることである。こうした問題でいけないことは、見て見ぬふりをしてはいけないということである。いじめという嫌がらせは被害者が死に至る可能性が潜在的にある。死に近づいている人がいるかもしれない状況を看過していていいのか。
 
 私にもいじめられた経験もあれば、いじめた経験もある。
 
 特に、唯一のいじめ経験の相手は女の子であった。小学校2年生の時、同じ班の女の子のナオコちゃんがいじめられていた。暴力があったわけではないが、無視したりする嫌がらせの類いである。実はそのナオコちゃんと仲が悪いわけでは無かった。2人の時は仲良く話をしていたのに、班の友達が集まると私は加害者側に加わるのだ。卑怯者。
 
 そんなある日、そのナオコちゃんがふざけて私の体にぶつかってきた。その子の前だったので普通な態度でいたが、もの凄く痛かった。真似する人がいると困るので詳しくは書かないが、後日、彼女に同じ方法でぶつかっていった。やり方はシンプルなんだがこれがもの凄く痛かったらしく、彼女は泣いてしまった。私はその場で「ごめんね、ごめんね」といって謝った。
 
 今でもそれをたまに思い出す事がある。女の子をいじめるなんて男の子として最低でした。もしお会いする事があれば謝りたいと思っています。ナオコちゃん、ごめんね。
 
 こうして加害者側にいつまでも記憶に残る事がある。それを今後の教訓として生きるか、ただの過去として流してしまうか、その違いになる。過去を振り返ってはいけない、ということもあるが、振り返るべき過去もある。
 
 
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★ 「自殺の練習」をさせられていた・・凄惨ないじめの内容 大津市中学生死亡事件(NEVERまとめ) 
 

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言葉のリサイクル

今日の短歌・70

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 透明度
 
 ダイヤのような
 
 この星に
 
 にごってるひと
 
 透きとおるひと
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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