「らくだのひとりごと」という、らくださんのブログに、「席を譲らなかった若者」という記事がある。
内容を一部引用させていただくと、
座席に茶髪の若者が2人座っている。その前に、ハイキング帰りと見られる60代半ばの3人の男女が立った。その高齢者組は「最近の若い者は年寄りを立たせても平気なんだから」「ちょっと前は罪悪感からか寝たふりをしたもんだが、最近じゃ寝たフリもしないからふてぶてしい」と嫌味っぽく発言した。
それに対して若者が反論した。
「あんたたちさぁ、山は歩けるのに電車では立てないの? それっておかしくない? 遊んできたんだろ? こっちはこれから仕事に行くところなんだよ。だいたいさぁ、俺みたいなヤツが土曜日も働いてあんたたちの年金を作ってやってるんだって分かってる? 俺があんたみたいなジジイになったら年金なんてもらえなくて、優雅に山登りなんてやっていられないんだよ。とにかく座りたかったらシルバーシートに行けよ」
という具合である。
ブログ主のらくださんは、
・ お年寄りを大切にしよう、というのは「昭和のキレイごと」なのか。
・ 世代間の断絶というか格差を思い知らされた。
・ 戦後の復興と日本経済の躍進を引っ張ってきたお年寄りが「よく働いたんだからゆっくり楽しもう」「若い人から尊敬されて当たり前」と思っているのも理解できる。
・ 一方、若者世代は、自分の納めた年金保険料は自分のための積み立てじゃなく、現在支給されている年金の原資。自分が受け取る年金なんてこの少子化社会で支えられるはずないって分かっている。将来に悲観的になるのもムリはない。
といったことを書かれている。
驚いたのは、この記事に対するコメントである。「若者支持」のコメントが想像以上に多いのである。「若者にエールを送りたい」「若者に拍手したい」といった具合である。
確かに、この記事にあるように、高齢者組が嫌味っぽく言ってきたら立腹するかもしれない。しかし高齢者に席を譲る行為と、登山や年金問題は別問題ではないだろうか。
60代の方に「高齢者」という言葉は不適切だと感じるくらい、今の60代の方は元気である。しかし、両親を見ていると足腰はやはり「ガタ」がきているし、電車内で立っている行為と登山に使う運動能力とはその方向性が全く異なる。
「キレイごと」というのは、時代をまたいででも声を大にして言うべきである。昔の名言や格言が今でも残っているのは、それに共感する「なにか」があるからである。私のブログもひたすら「キレイごと」を書くようにしている。キレイごとをいえなくなれば、豊かな思想は形成されない。豊かな思想がなければ、ヒトは「考える足」ではなくなり、ただの下等動物になってしまう。
「席を譲らなかった若者」に出てくる若者や、彼らに共感する人たちというのは、自身が60歳になったときに、電車内で若者に席を譲るつもりだろうか。
☆謙虚は一つの装飾である。ところが人はこの装飾をしないで外を出歩く(Franz Grillparzer)
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月: 2005年4月
昔、上鷺宮(かみさぎのみや)小学校でマラソン大会があり、東京と埼玉の都県境にある、多摩湖まで走りに行った。その帰りの電車内での出来事。
私たちは急行の西武池袋行きに乗車した。そしてしばらくすると気づいた。
「先生!僕たち『富士見台』で降りるんですよね?この電車、急行ですよ。富士見台に止まらないですよ!」
富士見台駅は各駅停車の電車以外は止まらない。
「やっべぇよ。このままじゃ池袋まで行っちゃうよ!!」
ざわめく児童たち。しかし、先生たちはニコニコしている。
富士見台駅が近づいてきた。
すると、止まらないはずの急行電車は富士見台駅で停車した。
車内アナウンス。
「上鷺宮小学校の皆様、ご乗車ありがとうございました。富士見台でございます。お忘れ物の無いよう、お気をつけてお帰りください。」
小さな歓声が上がったのを今でも覚えている。
これは鉄道会社の粋な計らいであったが、こういうことがなくても、私たちが望んでいるのは安全第一。いつもの時間に乗って、窓から見えるいつもの風景を運んでもらえることを期待もしないくらい、自然に、無意識に乗っている。
兵庫県尼崎市で起きたJR福知山線の脱線事故は、「安全第一」、「いつもの当たり前の」を逸脱してしまった。事故現場では車両が信じがたい姿をさらしている。すでに、人が乗車できる空間はその車両からは見て取ることができない。
「ミスだった」という。しかし、ミスとは「思い違い」、「手違い」のことを指す。規定の速度を超過してカーブに進入した瞬間、それはミスではなくなり、未必の故意になる。
多くの方が亡くなり、負傷されました。ご冥福と早期ご回復をお祈り致します。
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都心に向かう夜の電車に、若い女性と年配の女性が同時に乗り込んだ。
若い女性が隅の席にサッと座った。
そこに座ろうとしていたのであろう年配の女性はキッと若い女性をにらむ。
車内ガラガラなんだからどこにでも座ればいいのに。
サッ、と、キッ。
どちらも嫌な女性である。
☆ 敵か、それとも味方か。私が攻撃すれば、敵になる。私がなんの恐れもいだかず、微笑してみせれば味方になる(アラン「人間論」)
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最近病院が物騒である。24日午後、宮城県登米市内の市立病院で、「病室で男が暴れている」との通報で駆けつけた警察官に男が包丁で襲いかかり、ケガを負わせる事件が起きた。
数週間前には別の場所で、入院中の組員が、対立する組員に病室で射殺される事件も起きている。
病院とか学校とか、安全だと思われていた場所の神話は崩壊して、今は防犯対策に追われている。小学校では児童にGPS(衛星位置確認システム)や、防犯ブザーを持たせているところも多い。学校側も「さすまた」を準備、暴漢に備えているという。警備員を常駐させているところも少なくない。
こうした取り組みも大事である。その一方で「検挙に勝る防犯なし」という言葉もある。ある市ではボランティアによる、車を使ったパトロールが奏功し、警察の犯罪認知件数が減ったという。
危険な輩を社会から排除するためにはまず、1億3千万人の「目」が防犯カメラとなって、危機意識を持たなければいけない。もっとも、それは悲しい現実ではあるが。
☆不正よりなお困ったものが一つだけある。それは手に剣を持たぬ正義だ(オスカー・ワイルド)
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「雑草という名前の草はない」とは、昭和天皇のお言葉。
日常生活を送っていると、この雑草を見落としがちである。時には踏みつけたり、除草してしまう。
一方で、貧乏から這い上がって大成功を収めたりする人の「雑草物語」を我々は好む。
人の生き方とはいろいろあって、目立たない草木のように慎ましく生きる人、「一花咲かせてみせましょう」と奮起して生きる人、人生を長く生きてこられて大木となって皆のよりどころになる人。
あなたはどのタイプ?綺麗な花?その下で咲いている地味な花?名前もわからない雑草?
三省堂の「新明解国語辞典」によると「ざっそう」の意味のひとつとして、「知識が乏しいために、名前をいうことができない、多くの草」とある。
これから新緑の季節。視線に飛び込んでくる草木だけでなく、足下にある雑草にも目を向けてみたい。
☆それでは雑草とは何か。良さをまだ発見してもらっていない植物のこと。(Ralph W. Emerson)
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生ギター聴いてきました
秘密の特訓の日。今日も「ダメだし」ばかりでかなりへこんだ。
そのあと、よく行く喫茶店で「チャック近藤」なるひとのギターライブを聴きに行った。全てビートルズの曲である。
そして今日は彼の誕生日であるらしい。
「松井の背番号と同じになりました。」
えっ!?55歳?。。。。若すぎる!!
文字を書くかのごとく、ギターの弦を操るのはさすがの一言。またギターやりたいなぁ。。。
30分のミニライブ。目の前で魅せられていい時間を過ごしてきました。帰り道でIpodから流れたのは、ビートルズの「Eight Days A Week」でした。
★ チャック近藤ブログ
マックが壊れた原因判明
先月パソコンが起動できなくなり修理に出した。原因がわかった。
皆さんは「システム終了(ウインドウズの終了)」を選択しないで、いきなり電源コードを引っ張ったりしたら、最悪の場合、ハードディスクがクラッシュすることがあるということはご存じかと思います。
先月、パソコンが壊れる前に3回ほど部屋の電気が落ちたことがあるんです。電気の使いすぎ。そのとき、パソコンしていました。
それがハードディスクが逝ってしまった原因だと思います。
皆さんも、電気の使いすぎには気をつけましょう。
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日本テレビ系で今日から始まった「A」を観た。
この番組の司会者は1年ぶりのテレビ復帰となる、久米宏だ。
私は久米宏世代で、昔で言えば「ザ・ベストテン」「ぴったしカンカン」(以上、TBS系)「TVスクランブル」(日本テレビ系)「ニュースステーション」(テレビ朝日系)はよく観ていた。
過去のこれらの番組に共通していることが、全て生放送であったことである。観ているほうも久米さんの軽妙な喋りに引き込まれ、緊張しながら観ていた。
最近では、報道番組以外では生放送が少ない。恐らく、作り手も相当な打ち合わせ、そして生放送に耐えられるようなスタミナが、司会者やスタッフにも求められるのだろう。
そんな意味で、今回の「A」は「生放送の久米宏」を期待したのだが、残念ながら収録済みのものであった。
今日は1回目だから、どういう感じになるのか様子見だったが、来週からはファンを獲得できるだろうか。
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