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2時間も新聞勧誘

 千葉県警は新聞購読契約を2時間以上も迫ったとして、特定商取引法違反(禁止行為)容疑で、千葉市内の朝日新聞販売店員(32)を逮捕した。
 
 加害者も被害者もよく2時間も「がんばった」ものだと思うが、一人暮らしをすると、最初の訪問者が新聞の勧誘であることが多い。
 
 そんなときいつも思う。「この新聞のこの人のコラムは好評です。一度読んでください!」とか、「芸能面ならお楽しみいただけると思います!」とか、その新聞を読んで利点になるセールスポイントを言われた試しがない。
 
 「1ヶ月でいいからとってくれ」ってだけじゃあ、お金払う気がしない。
 
 訪問販売法で規制されているこうした契約行為は「クーリングオフ(頭を冷やす)」が認められている。契約書面を受け取ってから8日以内なら解約できる。この場合、配達証明郵便で確実に、「契約解除の意思表示」を伝えることが大切だ。
 
 なお、契約という法律行為は「口約束」でも成立することになっている。例えば「このピーマン下さい」「はい、300円です。」といった会話も売買契約行為だ。しかし売買商品が高額になるものについては「言った、言わない」の水掛け論を防ぐために「文書主義」が採られている。
 
 アパート暮らしをしていたとき、「すみませーん」と私の名前を言わない呼びかけにはドアを開けないようにしていた。あらゆる勧誘というのは往々にしてうんざりするからだ。宅配便業者や郵便局員なら名前を呼んでくれることが多いので、安心してドアを開けられる。
 
 過去に、ドアを開けたら小さな女の子が立っていた。「ハンカチを1000円で買ってください。」という。「こんな子までお仕事か」そう思って買ってあげようと思ったら、隣から成人女性が出てきた。宗教の勧誘だと分かり断った。
 子供を使うなよ。
 
 
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朝焼けの思い出

 夜勤のバイトをしていたとき、未明に帰宅することが多かった。日の出を見ることが珍しくなかったが、一時期幻想的な朝焼けを体験した期間があった。朝焼け、というよりも夕焼けに近い。しかし、夕焼けのようなオレンジ色のグラデーションではなく、紫とオレンジと日の出との競演で、何とも言えない美しさであった。
 
「夜勤明けになんか得したな」
 
 と思ったものだが、この綺麗な朝焼けの発生には理由があった。
 
 91年6月にフィリピンでピナツボ火山が噴火した。これが原因であった。
 
 太陽光線が地球大気で散乱し、成層圏に火山灰が多いと紫色に空が変わる。これが原因で「綺麗な朝焼け」を堪能することができたのである。
 
 当時毎朝「綺麗な朝焼け」を楽しんでいたが、ピナツボ火山が原因であることを知ったのはあとの話であった。
 
同火山の噴火では、300人以上の方が死傷し、10万人以上の人が家を失った。
 
 
☆ 大きいなんて言葉、空には小さすぎるわ 。(ピーター・ヘッジス)
 
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カタカナ語の氾濫

 文章を書く上で気をつけていることがいくつかある。その一つが「カタカナ語は極力避ける」ということだ。
 何故避けているかというと、特に抽象語を多用した場合、高等教育を受けて英語能力に長けている人はその意味が分かるかもしれない。しかしそうでない場合、そのカタカナ語を知らない人を読み手から排除してしまう恐れがあるからだ。
 
 だからといってラジオのことを正式名称である「放送無線電話」と言えというのではない。日本語として一般名詞化したものは使った方が利便性が高い。
 
 その日本語化したカタカナ語とそうではない専門用語の区別が難しい。本ブログではその線引きは経験と周りの空気を読むことで決めている。
 
 もっとも、その日本語化したカタカナ語の中にも本来の外国語の意味から離れているものもある。たとえば「about」。もともとは「およそ、約」などといった前置詞などがあるが、日本語では「いい加減な」といった否定的な意味で使われている。
 
 2つの意味を持つ言葉も多い。「default(デフォルト)」も本来は「債務不履行」という意味だが、同時にパソコン用語としては「初期設定」といった意味だ。
 
 日本語に外来語を取り込むのは悪いことではない。理由は「日本語にすると難しく、長くなってしまうから」である。大切なのは、本来の言葉の意味を尊重すること。尊重しないのであれば、その本来の意味を離れたカタカナ語は言葉ではなく、流行語のような一過性のような単語になってしまうからだ。
 
 ちなみに座右の銘は「あばうと」です。
  
 
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「席を譲らなかった若者」という記事・2

 大学のある授業で、男子学生が二人遅刻して入ってきた。一人は先生の前を通過するときに「しゃがんで」さささっと通過。もう一人は先生の前をかがむことなく堂々と通過していった
 
 別の授業で最初に先生が注意をした。「例年時々あることなんですが、私が話しているときに何を思い立ったか、突然席を離れて教室を出て行ってしまう学生がいます。それを見ると、何を話そうとしたか忘れてしまうことがあるので、理由があって外に出るときは事前に言って欲しい」。その先生は続けていった。「私たちの時代にもあったんですよ。途中で授業を抜けること。でも、その時は先生が板書をしていて学生に背を向けているときにこっそり抜けましたね」。
  
 この例のように、何故か年上の方に対する礼儀とかそういうことに無頓着になっている若者が多い。自宅を出たらそこはもう公の場である。そのことを自覚すべきである。
 
 らくださんのブログ記事「席を譲らなかった若者」に出てくる若者は、嫌味を言われてよほど頭にきての発言だったのだろう。しかし、この若者の発言の内容はともかく、座ったままで、サングラス越しに、立っている年配者に対して反論している画を想像すると、それが本当に主張するものがとる態度であるかどうか疑問に感じる。
 
 年配者の中にも失礼な人たちは多い。若者の見本となるべき言動をとらない方もいる。しかしながら、この記事の若者は持論に酔い、年配者に「あんたら」「ジジイ」という言葉を使って話している。人と話すのに牙をむけて話す態度は理解ができない。
 
 この若者がもし席を年配者に譲った上で持論を展開させたのであれば、きれい事ではなくもっとまともな主張に聞こえたかもしれない。それをしなかったのは、公の場で空間を共有するものとしての手抜きとすら感じる。
 
 
☆ あらゆる法律は老人と若者によって作られたものだ。老人は規則を欲しがり、若者は例外を欲しがる(ゲーテ)
 
★ らくださんのブログ、らくだのひとりごと「席を譲らなかった若者」
 
★ 本ブログ「席を譲らなかった若者という記事」(05/4/28) 
 
 

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大和撫子は劣っている!?

 日本女性は「自分は他人より劣る」と考えている人の割合が、諸外国に比べて高いことが分かった、という記事を読んだ。世界10ヶ国の女性3200人にアンケートした結果である。
 
 自分の外見を表す言葉「かわいい・美しい」を挙げた人は0%。魅力的も2%。ブラジル、アルゼンチンでは、半数以上が自分の外見的魅力に「満足」。イタリアでは17%が自分を「かわいい」、イギリスでは20%が自分を「魅力的」と答えている。
 
 ちょっと待っていただきたい、どうしたの、日本女性。では、街で「あの人、綺麗」とか。「あの子、かわいい」とか、そういう風に目を奪われている日本男児の立場がなくなる。我々は街で、学校で、職場で、女性の美しさをちゃんと評価しているのである。
 
 この記事の最後では
 
 大阪樟蔭女子大学の村澤博人教授(顔・化粧文化論)は「日本女性はファッションセンスもメークの腕も、自信を持っていいレベル。それなのになぜ、自分を肯定的にとらえられないのか」と嘆いている。
 
 大和撫子さん。自信を持って、その袖を振り乱して、ノンジャパニーズより一歩前へどうぞ。
 
 
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★ 日本女性「自分は他人より劣る」4人に1人も(毎日新聞05/05/7)
 
 

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「席を譲らなかった若者」という記事

 
 「らくだのひとりごと」という、らくださんのブログに、「席を譲らなかった若者」という記事がある。
 
 内容を一部引用させていただくと、
 
 座席に茶髪の若者が2人座っている。その前に、ハイキング帰りと見られる60代半ばの3人の男女が立った。その高齢者組は「最近の若い者は年寄りを立たせても平気なんだから」「ちょっと前は罪悪感からか寝たふりをしたもんだが、最近じゃ寝たフリもしないからふてぶてしい」と嫌味っぽく発言した。
 
 それに対して若者が反論した。
 
 「あんたたちさぁ、山は歩けるのに電車では立てないの? それっておかしくない? 遊んできたんだろ? こっちはこれから仕事に行くところなんだよ。だいたいさぁ、俺みたいなヤツが土曜日も働いてあんたたちの年金を作ってやってるんだって分かってる? 俺があんたみたいなジジイになったら年金なんてもらえなくて、優雅に山登りなんてやっていられないんだよ。とにかく座りたかったらシルバーシートに行けよ」
 
という具合である。
 
 ブログ主のらくださんは、
 
・ お年寄りを大切にしよう、というのは「昭和のキレイごと」なのか。
 
・ 世代間の断絶というか格差を思い知らされた。
 
・ 戦後の復興と日本経済の躍進を引っ張ってきたお年寄りが「よく働いたんだからゆっくり楽しもう」「若い人から尊敬されて当たり前」と思っているのも理解できる。
 
・ 一方、若者世代は、自分の納めた年金保険料は自分のための積み立てじゃなく、現在支給されている年金の原資。自分が受け取る年金なんてこの少子化社会で支えられるはずないって分かっている。将来に悲観的になるのもムリはない。
 
といったことを書かれている。
 
 驚いたのは、この記事に対するコメントである。「若者支持」のコメントが想像以上に多いのである。「若者にエールを送りたい」「若者に拍手したい」といった具合である。
 
 確かに、この記事にあるように、高齢者組が嫌味っぽく言ってきたら立腹するかもしれない。しかし高齢者に席を譲る行為と、登山や年金問題は別問題ではないだろうか。
 
 60代の方に「高齢者」という言葉は不適切だと感じるくらい、今の60代の方は元気である。しかし、両親を見ていると足腰はやはり「ガタ」がきているし、電車内で立っている行為と登山に使う運動能力とはその方向性が全く異なる。
 
 「キレイごと」というのは、時代をまたいででも声を大にして言うべきである。昔の名言や格言が今でも残っているのは、それに共感する「なにか」があるからである。私のブログもひたすら「キレイごと」を書くようにしている。キレイごとをいえなくなれば、豊かな思想は形成されない。豊かな思想がなければ、ヒトは「考える足」ではなくなり、ただの下等動物になってしまう。
 
 「席を譲らなかった若者」に出てくる若者や、彼らに共感する人たちというのは、自身が60歳になったときに、電車内で若者に席を譲るつもりだろうか。
 
 
☆謙虚は一つの装飾である。ところが人はこの装飾をしないで外を出歩く(Franz Grillparzer)
 
★ らくださんのブログ、らくだのひとりごと「席を譲らなかった若者」
 
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電車の思い出

 昔、上鷺宮(かみさぎのみや)小学校でマラソン大会があり、東京と埼玉の都県境にある、多摩湖まで走りに行った。その帰りの電車内での出来事。
 
 私たちは急行の西武池袋行きに乗車した。そしてしばらくすると気づいた。
 
 「先生!僕たち『富士見台』で降りるんですよね?この電車、急行ですよ。富士見台に止まらないですよ!」
 
 富士見台駅は各駅停車の電車以外は止まらない。
 
 「やっべぇよ。このままじゃ池袋まで行っちゃうよ!!」
 
 ざわめく児童たち。しかし、先生たちはニコニコしている。
 
 富士見台駅が近づいてきた。
 
 すると、止まらないはずの急行電車は富士見台駅で停車した。
 
 車内アナウンス。
 
 「上鷺宮小学校の皆様、ご乗車ありがとうございました。富士見台でございます。お忘れ物の無いよう、お気をつけてお帰りください。」
 
 小さな歓声が上がったのを今でも覚えている。
 
 これは鉄道会社の粋な計らいであったが、こういうことがなくても、私たちが望んでいるのは安全第一。いつもの時間に乗って、窓から見えるいつもの風景を運んでもらえることを期待もしないくらい、自然に、無意識に乗っている。
 
 兵庫県尼崎市で起きたJR福知山線の脱線事故は、「安全第一」、「いつもの当たり前の」を逸脱してしまった。事故現場では車両が信じがたい姿をさらしている。すでに、人が乗車できる空間はその車両からは見て取ることができない。
 
 「ミスだった」という。しかし、ミスとは「思い違い」、「手違い」のことを指す。規定の速度を超過してカーブに進入した瞬間、それはミスではなくなり、未必の故意になる。
 
 多くの方が亡くなり、負傷されました。ご冥福と早期ご回復をお祈り致します。
 
 
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防犯の危機意識

 
 最近病院が物騒である。24日午後、宮城県登米市内の市立病院で、「病室で男が暴れている」との通報で駆けつけた警察官に男が包丁で襲いかかり、ケガを負わせる事件が起きた。
 
 数週間前には別の場所で、入院中の組員が、対立する組員に病室で射殺される事件も起きている。
 
 病院とか学校とか、安全だと思われていた場所の神話は崩壊して、今は防犯対策に追われている。小学校では児童にGPS(衛星位置確認システム)や、防犯ブザーを持たせているところも多い。学校側も「さすまた」を準備、暴漢に備えているという。警備員を常駐させているところも少なくない。
 
 こうした取り組みも大事である。その一方で「検挙に勝る防犯なし」という言葉もある。ある市ではボランティアによる、車を使ったパトロールが奏功し、警察の犯罪認知件数が減ったという。
 
 危険な輩を社会から排除するためにはまず、1億3千万人の「目」が防犯カメラとなって、危機意識を持たなければいけない。もっとも、それは悲しい現実ではあるが。
 
 
☆不正よりなお困ったものが一つだけある。それは手に剣を持たぬ正義だ(オスカー・ワイルド)
 
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