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夢を語ることのできる瞬間

 マーチン・ルーサー・キング牧師の演説50年記念式典があり、オバマ大統領が演説をした。「50年前に示した共感と同志愛、良心の連帯の残り火にもう一度灯をともそう」などと訴えた。
 
 1963年8月28日、34歳だった黒人牧師は「私には夢がある。私の四人の子供がいつしか、肌の色ではなく、性格によって判断される国に住むということだ」と述べた。
  
 人は何かを夢見るとき、最初に自分の置かれている現状を考える。現実に満足していなければ、明日からへの一歩として、その瞬発力となり得る夢を見る。その時に自分の新しい姿を想像することになる。新しい自分を描くことで、あたかも周りの環境がすべて新しくなると考えるのだ。
 
 しかしキング牧師は自分のことではなく、子供たちのこと、そして多くの人たちのことが一つの国で平等に過ごせることを夢見たのだ。我々は他人の夢を語ることができるだろうか。
 
 自分という存在を強く意識することで、自分以外のものを正確に評価しようとする。しかしその評価が誤った方向に偏ると差別につながる。物事を分けるというのは危険な差別と紙一重なのだ。
 
 我々が尽力しなくてはならないのは、まず相手の存在を尊重することだ。一人で人生は動かない。人生を動かすためには他人の存在が重要だ。なぜなら、夢というのは実現させる最初の一歩として、「私には夢がある」と、夢を語ることのできる相手が必要だからである。
 
 
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クールジャパンなどの拠点に 羽田空港跡地に国家戦略特区 政府構想(2013.8.21)

 
 構想が浮上している段階なので仕方のないことだが、東京の羽田空港跡地と多摩川を挟んだ対岸にある川崎市の一部を使って「国家戦略特区」にする構想が政府内にあるという。
 
 「羽田グローバルアライアンスセンター」というカナが分かりにくい。川崎市側を「ライフイノベーション」とするのもよく分からない。さらに国際展示場を併設し、付加価値の高い農産遺品を集めた展示会を開催、そしてアニメなどのコンテンツを発信するクールジャパンの拠点として活用する、とある。
 
 どうも国が音頭をとると号令だけ響きが良いように感じる。
 農産品や工芸品をアピールするのなら、都内のデパートですでにやっていることである。これを羽田でやるのであれば、そうした特産地に飛べるような総合案内所を作るべきで、羽田をハブ(拠点)にするのなら国内どこでも飛べることであるし可能である。
 
 飛んだ先では、特産品を扱う道の駅などの施設に誘導する手はずを整えておく。電車やバスなどの公共機関を利用できるように案内表示の整備も必要になるだろう。
 
 最近「Kokkai(国会)」などの標識が分かりにくいという苦情を受けて、国交省が重い腰を上げた。「国会」は「The National Diet」、「外務省」は「Gaimusho」から「Min. of Foreign Affairs」に換えるという。昔も話題になったが、当時の国交省は「直すつもりはない」と突っぱねていた。言葉の意味も分からない外国人に「kokkai」が分かるはずもない。苦情が来る前に対応できていればクールジャパンなのに。
 
 話題のドラマである「半沢直樹」のロケ地が関西で人気が出ているという。当然「半沢」に会えるわけもないが、こうした場所に行くことで実際のドラマとの相乗効果が得られるであろう。何しろ楽しい。
 
 埼玉県所沢市には「トトロの森」と呼ばれるところがある。いかにもトトロが出てきそうな雑木林である。こうしたところに案内できる交通網の整備、ガイド・通訳者の手配等が整えば、日本の観光産業に活気が出そうである。
 
 日本に何らかの期待を持って来日する外国人たち。「ここが○○で有名なところか」「ここがあの映画で使われていたところか」と実在するものに喜んでもらえるようにしたい。そして「ここにトトロがいるのか」と想像力を刺激されて楽しんでもらえるようにできればいい。そんな潜在的な魅力が日本には沢山あるのだから。
 
 
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★ 羽田空港跡地に国家戦略特区 中小製造業、クールジャパン、先端医療の拠点に(産経新聞・13/8/19)
★ 「Kokkai」やめます 国会周辺の標識、英語に(産経新聞・13/8/20)
★ 半沢直樹:関西ロケ地じわり人気(毎日新聞・13/8/21)
★ トトロの森の紹介(公益財団法人 トトロのふるさと基金)
★ トトロの家 全焼 東京・杉並(本ブログ・09/2/14)
 
 

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子供たちの夏休み

  
 NHKのニュースで子供たちが泥だらけになって楽しく遊んでいる様子が映し出されていた。その公園は親が嫌う「AKU」をあえて子供たちに与えている場所なのだという。「A」は「あぶない」、「K」は「汚い」、そして「U」は「うるさい」だ。
 
 「A」。はしごを登っていくと滑り台がある。とても高いのだが、このはしご、登る段差間隔を広くとってあり、体力のある子しか登れない工夫がされている。
 
 「K」。泥だらけになる小さな池の前で男の子たちが戸惑っていると、係員の男性が「はいってごらん。気持ちいいよ」と勧める。しかし男の子たちは「小石とか入っていて痛そう」とためらう。しかし男性の勧めで入るとそこからは子供たちの時間が始まった。
 
 「U」。ここでは大人目線ではなく、子供の目線になって係員が誘導する。何でもダメだというのではなく、優しく見守るのである。子供たちの歓声がそこら中で響いているのが映像から見て取れた。
 
 子供たちは大人のルールで遊ぶのが苦手だ。拙いながらも子供のルールで遊ぶのが好きなのである。意味の有無は関係ない。危ない経験をし、汚い思いをし、そしてうるさくすることは子供の頃でないと経験できない。こうした経験が危ないことを避ける思考につながり、汚いことを他人にさせない心を形成し、静かに人を見守る優しさを培うに違いない。
 
 「AKU」は大人が嫌う言葉であるが、これからも親御さんは言い続けてよいのだ。大人が「あぶないから、汚いから、うるさいからやめなさい」というから、掟破りの子供の世界に意味が生じるのである。
 
 いっぱい遊んで、いっぱい食べて、いっぱい声を上げると心身豊かな子供に育つ。相手を思いやる心に育てばそれはきっと、「戦後○○年」という数字を足し算できる、平和を愛する子供に育つに違いない。
 
 
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★ NHK 首都圏ネットワーク
 
★ 戦没者追悼式:「見守って」 遺族最年長の99歳(毎日新聞・13/8/15)
 
 

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