2日午前8時5分ごろ、大阪府豊中市庄内西町の路上で、同市内に住む警備員の男性(62)が、自転車に乗った男とすれ違ったときに、鉄棒のようなもので左顔面を殴られる事件があった。男性は病院に運ばれたが、眼球破裂で左目を失明するなどの重傷。殴った男は逃走しており、大阪府警豊中南署は殺人未遂事件として捜査を始めた。
男性を殴った男は20歳くらいで1メートル70センチ、やせ形で茶髪。事件の直前に女性と自転車に2人乗りをしていた男が「にらんだだろう」と男性に言いがかりを付け、いったんは走り去ったが1人で引き返してきて男性を殴った。男性は男と面識はないという。
男性は近くの家に助けを求め、左目から出る血を手で押さえながら「警察に電話してください」と訴えたという。
失明させる事件としては、02年10月に横浜市内で無職の男性(当時66)が金属バットを持った高校生の少年2人(いずれも同17歳)に襲われて右目を失明する大けがをした事件がある。少年2人は強盗殺人未遂容疑で神奈川県警に逮捕されており、金欲しさの犯行であった。
豊中の事件は金目当てではないが、「ガン付けただろう」などと因縁を付けて暴力事件に発展することは多い。こうした身近な犯罪が体感治安を悪くする。警察は何としても被疑者の検挙に尽力して欲しい。
☆ 人気ブログランキング(国内ニュース)に参加しています。クリックのご協力をお願いいたします。
★ 自転車の男に殴られ眼球破裂、そのまま逃走 大阪(朝日新聞・09/8/2)
★ 殺人未遂:すれ違いざまに棒で顔を殴られ重傷 大阪・豊中(毎日新聞・09/8/2)
日: 2009年8月2日
当時、夏休みに家族でフィリピンに旅行に行っており、その当日はマニラ市郊外の刑務所を見学していた。その帰りには幹線道路でバスが横転しており、その近くを通ると白バイ警官がピースをしながら通過していった。ホテルに到着、ロビーで新聞を読んでいると父がつぶやいた「アキノ氏が暗殺か」。当時は子供で訳が分からなかったが、1983年8月21日、危険を察知しながらも米国から祖国フィリピンに帰国した、人気政治家ベニグノ・アキノ氏はマニラ国際空港(現:ニノイ・アキノ国際空港)で暗殺されたのだ。
「アキノさんって人が暗殺されたの?」と事情も分からず聞く私に父は「あまりでかい声出すな」と注意した。それもそのはず、宿泊していたホテルは当時のマルコス大統領の夫人、イメルダ氏の経営するホテルだったからだ。突然ホテルは停電、フィリピンの暑い夏の停電は不便を強いられたが、1時間ほどで復旧した。
アキノ氏暗殺以降、フィリピンは民衆の力、そして軍の離反によってマルコス大統領の独裁政権を追い出す形となった。その後の選挙でアキノ氏の妻であるコラソン・アキノ氏が大統領に選出され、フィリピンの民主化を推し進めることとなった。「コーリー」の愛称で呼ばれたアキノ氏は、それほど政治手腕があったとは言われていない。軍や支援関係者の後ろ盾があったからこそその地位を守り続けられた。そうはいっても、フィリピン民主化に最初に手を入れた大統領であり、フィリピン国民の心のより所になっていたことに違いない。
コラソン・アキノ氏が1日、マニラ市内の病院で死去した。76歳。結腸ガンを患い闘病中であった。フィリピンは経済成長を続けてきたが、官僚の腐敗や貧富の格差は無くなったとは言えない。島が点在するフィリピンは、地方自治を統括するのにも大変である。そんなフィリピンの一時代を築いた人が亡くなった。フィリピンは1つの区切りを迎えたことであろう。
私が初めて飲んだカクテルは「チチ」で、前述のホテルのバーで飲んだ。子供だったのでアルコールを抜いてもらったが、ココナツの味のおいしいこと。帰国後も忘れられず、大人になってから至るところでチチを注文するも、あれを上回る味には出会えていない。ただ、チチを飲むとフィリピンを思い出し、暗殺されたアキノ氏、夫の遺志を継いだコラソン・アキノ氏に思いを馳せる。甘いが苦いフィリピンの思い出。
☆ 人気ブログランキング(国内ニュース)に参加しています。クリックのご協力をお願いいたします。
★ 【評伝】アキノ氏、各国の民主化運動に多大な影響 運命を変えた夫の死(産経新聞・
09/8/1)
★ アキノ元比大統領死去:民衆の力示した 農地改革は進まず(毎日新聞・09/8/1)