言葉のリサイクル

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好きだったお天気お姉さん

 昭和の頃の天気予報は今のようなCGを駆使したものではなく、手作りのお天気マークなどが使われることが多かった。気圧を言うときの単位も、現在の国際標準であるヘクトパスカルではなくミリバール。
 
 かつて好きだったお天気お姉さんがいた。その当時、TBSで21時前に放送する天気予報があった。この番組が始まるときの「ポッパッパッ」という音はまだ耳に残っている。音と共に登場するのが大好きだったお天気お姉さんである。
 
 気象予報士のいなかった時代にお天気を伝えるのは、アナウンサーや日本気象協会所属の気象解説者、あるいはこのお姉さんのようなお天気キャスターであった。今でこそバラエティあふれる気象予報士の布陣だが、当時は地味だったお天気キャスターの中で、ちょっとだけ変わった存在だった。
 
 他愛のないことであるが、予報が終わった後に「それではまた」といって、腰のあたりで”バイバイ”と手を振るのである。そんなことをするキャスターが他にはいなかったので、好んで彼女の天気予報を見るようになった。このお姉さんは現在も現役で競馬番組を担当されているのだという。
 
 このお姉さんの出ていた番組が夜だったこともあり、あの番組を思い出すと「もうすぐ寝なくちゃ」と思ったものだ。季節や時間を感じる思い出のお一人である。
 
 
☆ カメラの向こうに大好きな人がいると思いなさい。「ねえねえ聞いて。こんなことがあるのよ」という気持ちで話してごらん。うまくなくても、みなさんに伝わることばと表情になるはずだから。(吉村光夫・=ロングおじさん。デビュー当時のタレント・鈴木淑子に)
 
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