携帯電話がなかった頃、近所の女子大寮の前にある公衆電話には夜、列ができていた。すぐには終わらない長電話。手には何も持っていない。番号を知っている人にかけていたのだろう。
思えば、よくかける番号は覚えていた。家の電話、友人、知人。強引な語呂合わせで何とか覚えた。またはプッシュホンの数字の並びで記憶した。
携帯電話の時代到来し、そんなに番号を覚える必要性もなくなった。すべてはケータイ任せにすればいい。名前を呼び出せば相手には繋がる。100を超える番号を持ち歩けるのは大変便利だ。
最近の調査で電話番号を覚えられない人が増えているという。簡単に保存できるケータイには、たくさんの番号が入っているが、覚える必要がないからそれで良い。しかし、奇妙なのが「自分の電話番号が分からない」「恋人の電話番号を知らない」ということだ。
ケータイがなかった頃は、電話番号を相手と交換するのはちょっとしたイベントであった。それが異性であれば、特別な個人情報を得たような気でいた。番号はケータイ、漢字変換はPC、だんだん記憶しないで便利であるという現実が、記憶しなくても平気であると錯覚しつつある。
ケータイがないときに限って、連絡したい人はいるものだ。電話番号は番号ではなく、その人に繋がるのだ。
☆ なたの電話帳を検索して、みんなに電話し、空港まで車で送ってもらえるよう頼んでみなさい。送ってくれる人が本当の友達だ。残りは悪い連中ではないが、ただ知り合いというだけだ(ジェイ・レノ)
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★ 8割が「電話番号が覚えられない」、5人に1人が「自分の携帯番号を覚えていない」―NTT-BJ調べ(RBBTODAY・07/6/28)