小学生の校内暴力

 小学5年生だった頃、ちょっとワルの男の子、K君がいた。廊下で隣のクラスの男児に暴言を吐いていた。「この落ちこぼれ!」と。
 
 そこを通りかかったK君の担任は年配のベテラン女性教師。「言って良いことと悪いことがある。謝れ!」。するとK君は、「うるせえな、このクソババア」といって、女性教師の足を1回蹴飛ばした。
 
 その後のホームルームで女性教師は「私の足は大根足だから蹴られてもどうってことはないけど、K、悪いと思うのなら今謝りなさい」と諭し、結局K君は「すみませんでした」と謝った。
 
 K君が謝ったのはやはり、悪いことを言った(した)という自責の念ともう一つ、それを許さないというクラスの空気があったことだからだろう。彼が謝れるような空気をみんなで作っていたのである。そして先生は怖い存在であったし、子供は常にしかられる対象であった。
 
 数年前に開いた同窓会ではそんなこともすっかり忘れて、今もお元気な先生とK君が談笑していた。こうして再会できたのも信頼関係が存在したからである。
 
 最近、小学生の校内暴力が深刻さを増している。指導に限界を感じた教師が休職、退職を余儀なくされている。教室の机を蹴り続ける児童に「何かを蹴らなければ気が済まないのであれば、私を蹴りなさい」といった女性教師に躊躇することなく蹴り続ける兵庫県内の男子児童。
 
 この子達が大人になったとき、誰が「私を蹴りなさい」と言ってくれることだろうか。
 
 先生達の児童に施すしつけには限界がある。それは仕事だからだ。しかし家庭内のしつけには終わりがない。それは絆だからだ。子供はあちこちを見て成長していくが、その視線の先を親御さんも一緒に見つめる必要がある。
 
 
☆ 学校で学んだことを一切忘れてしまった時に、なお残っているもの、それこそ教育だ。(アインシュタイン)
 
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★ 惜別(本ブログ・04/9/26)
 
 

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