「風の譜 福岡が生んだ伝説の編曲家 大村雅朗」レビュー

 レコード世代であるので新しい曲を聴くのには手間が必要だった。レコードを取り出してステレオのターンテーブルの上に載せ、そして針を落とすという作業である。今ではまどろっこしい時間かもしれないが、曲と対峙するにはそうした時間が貴重であった。
 
 そうした状況で何度も音楽を聞くので、メロディだけではなく楽器類の音がどんなふうに鳴っているのか興味が出てきた。音楽の知識はないけれど、いや、知識がないからどんなふうに音がすれば主旋律と調和するのかということに関心を持つこととなった。
 
 そうした魅力的な曲の一つが松田聖子の「チェリーブラッサム」であった。印象的なドラムで始まりストリングス(弦楽器)が来る新しい季節を想像させる。このストリングスのアレンジ(編曲)はその後のさまざまな曲に興味をそそらせることになった。
 
 曲を聞いて気に入ると、作詞作曲編曲は誰なのかが気になる。チェリーブロッサムは、作詞が三浦徳子、作曲が財津和夫、そして編曲が大村雅朗だ。

 BS日テレの番組「風の譜 福岡が生んだ伝説の編曲家 大村雅朗」を見た。大村は松田以外にも多くのアーティストの曲、編曲をてがけた。八神純子と渡辺美里が大村について語ったり、当時のプロディーサーやミュージシャンが大村との思い出を語った。
 
 当時の編曲のままで八神が「みずいろの雨」を歌う。見ていて面白かったのが、楽器の演奏者を全て映していくのである。最近ではミュージシャンの名前がテレビに出ることが多くなったが、今後は演奏者の表情や楽器を見せてもらえれば映像に臨場感が出るだろう。
 
 それにしても印象的な編曲というのは、原曲が別の曲に聞こえることもあるすごい作業である。元の作品よりもアレンジの違う作品のほうを好きになることもある。
 
 曲というのは目に見えない。作曲や編曲は頭の中にあるものを形にする作業であり、人々の「琴線」に触れる演奏家でもある。
 
 大村雅朗は46歳という若さで旅立った。彼は、演奏する人たちの音色(おんしょく)を聞き手の音色(ねいろ)に変えることのできる偉大な職人であった。偉大な音楽家たちの余韻に浸っていたい。

Mac「ミュージック」でiTunesStoreが出ないときの対処法

「ミュージック」を開いて、左側に “iTunesStore”が出ない場合、以下の手順を踏む。

1. 環境設定→「一般」タグ内の “iTunesStore” にチェックを入れる。これで表示されるはず。

2. 上記を試しても ”iTunesStore”が出ないときは、加えて「制限」タグの、”iTunesStore”のチェックを外す。

これでiTunesStoreが表示されます。
 

転機

 懐かしい曲に触れるとその時の時代を思い出す。80年代に流行った3人組女性グループの「シュガー」という人たちがいて、「ウエディングベル」という曲が話題となった。
 
 歌詞の内容はかつて好きだった男性が別の女性と結婚することを皮肉を込めて歌い上げる。「くたばれ」という呪いのような言葉をお祝いの言葉に変えている歌で面白い。
 
 メンバー構成は、ボーカル・キーボードのミキ(笠松美樹)、ボーカル・ベースのクミ(長澤久美子)、そしてボーカル・ギターのモーリ(毛利公子-婚姻後「徳本公子」)の3人組だ。
 
 グループのヒットの後にモーリに悲劇が襲った。結婚をして妊娠したが、羊水塞栓症を発症して1990年(平成2年)に亡くなった。29歳という若さであった。胎児も亡くなった。
 
 私の当時の記憶なので正確ではないかもしれないが、最初にモーリのお腹の中の胎児が死亡した。そしてそのまま病院で一晩過ごしたモーリも翌日に亡くなった。素人考えではあるが、亡くなった子をお腹に残したままで良かったのだろうかと記憶している。医学的知識もないので間違いである可能性をご了承いただきたい。
 
 妊娠して出産をするというのは、モーリのように若くても危険を伴う可能性もあるということだ。もしモーリが生きていらっしゃれば、シュガー3人組のきれいなハーモニーが聴けたことであろう。

 某公共放送の元女性アナウンサーが育児休暇などを連続取得して第四子の出産をしたということが話題となった。これにつき視聴者からは「受信料を返せ」というような声があがっているといい、かつての職場の関係者からも「表立って誰も言わないがあれはやりすぎ」という声もあったようだ。
 
 しかし不正でもしていたならともかく、職場の内規に則っての休暇取得ならば何も問題がないはずである。この件で休暇取得に何らかの異議があるならば規則を変えればよい。
 
 元女性アナウンサーはアラフォーの年齢で第一子を出産した。のちに第四子までの出産となった。今では珍しくなくなったといはいえ、いわゆる高齢での出産である。母子ともに危険もなくおそらく元気に過ごされていることに喜ぶべきではあるまいか。
 
 有給の休暇を使って育児出産するプライベートな事由が認められる国ではないようだ。モーリと違って、あまり若くない人なら危険があるにもかかわらず、である。他人事ながら、誰か近くの人から「おめでとう」と伝えられたのかと心配になる。この少子化の折に批判的な世論がつくづく残念である。
 
 時代は間もなく平成から令和に変わる。昭和から平成になった時、1900年代から2000年代に入った時も新しい時代に変わるのだろうと考えていた。しかし変わろうとする時代にしがみつくのではなく、転機に対しては自分の方から率先して考えも行動も新しいものにしていきたい。
 
 人生の”転機”予報としては、
 
 「全国的に、平成のち令和でしょう。ところにより昭和となるでしょう」
 
 

前奏のない曲、イントロの短い歌

 前奏(イントロ)がない曲、または短い曲というのが多数存在する。番組収録などの場合はよいが、生放送の場合はタイミングを取るのが難しいだろう。そういう場合はドラムスティックを使ってカウント、またはキーを鳴らしてそのカウントを分かりにくくする、さらには簡単な前奏を演奏するなどと工夫が見られるのが興味深い。昔の楽曲ばかりで恐縮だが並べた。
 
1. ピンクレディー「ウォンテッド(指名手配)」
 
 前奏なしの曲。彼らの時代には生放送での歌の披露が多く、その多くは前述のようなタイミングをバンドやオーケストラが作って出だしを助けた。生放送だと時間の都合で全編歌うことができずに「ショートバージョン」になることも多かった。ピンクレディーの二人の曲は歌のみではなく振り付けも大きな魅力となっていただけに、短い編成の時は間違いのないようにしなくてはならず苦労があったに違いない。
 
2. シャネルズ 「ランナウェイ」など
 
 ドゥワップの曲は考えてみると前奏がないものなのかもしれない。「ランナウェイ」「街角トワイライト」「ハリケーン」などは鈴木雅之のカウントで始まる。
 
3. 田原俊彦「悲しみTOOヤング」
 
 前奏は4拍。しかし歌う準備ができてないとタイミングに追いつくのが大変になる。「歌の準備をどうぞ」と言われない状況だとなかなか難しいことであろう。
 
4. 近藤真彦「情熱☆熱風☽せれなーで」
 
 前奏のない曲。この曲も生放送泣かせの曲であったろう。カウントなどがあれば入りやすいが、いきなり始まるパターンしか記憶にない。
 
5. 松田聖子「渚のバルコニー」「瞳はダイアモンド」
 
 いずれも前奏は4拍。「渚のバルコニー」は大抵、歌の準備ができていることが多く、また立ち位置(バミリ)の近くにいて曲紹介をされることが多かった。「瞳はダイアモンド」の場合はスタンバイができた状態で歌うことが多かった気がする。
 
6. シュガー「ウェディング・ベル」
 
 前奏なしの曲。実際の歌番組でもちゃんと歌から始まることが多かったが、バックバンドのカウントを使ったこともあるようだ。コーラスの大変美しい曲であり、元カレに対する強烈な詞が面白かった。この曲が披露されるときの多くが「2番はカット」であった。
 
7. チェッカーズ「涙のリクエスト」
 
 前奏なしの曲。こういう曲の場合、生放送であるとメンバーではなくセットの一部、例えば花などのアップを映し、その間に曲が始まるというカメラ構成も多くある。
 
8. サザンオールスターズ「TSUNAMI」
 
 前奏なしの曲。この曲の場合はドラムスティックでのカウント(ワン・ツー・スリー・フォー)で始まることが多いようだ。間奏の部分を前奏に置き換えて編集されたものもある。サザンのようなバントの場合は出だしだけでなく、次の曲とのつなぎの部分のアレンジも楽しめる。
 
9. DREAMS COME TRUE「あなたにサラダ」
 
 前奏なしの前菜の曲。それにしてもサラダが言葉になるとなんとも健康的で幸せな時間の到来を予期させるのは何故であろう。
 
10. 【番外編】伊藤つかさ「少女人形」
 
 この曲は前奏が10小節あったが、時間的制約からかイントロが極端に短く編集された例である。さらに、伊藤つかさの場合、”存在そのものが編集された” 稀有な例であるという点だ。
 
 14歳で歌手デビューした彼女であったが、当時の歌番組が20時以降の生放送が多く、労働基準法の「20時以降の15歳未満は就業禁止」に抵触するという考え方から、歌番組では彼女の歌っている場面のVTR出演という形で対応した。ただ、同法では例外的に「学業などに抵触せず有害でないもの」、「芸能などの子役」などは認めていたことから、彼女は本来出演できたはずであった。後に伊藤つかさ本人がこの件について語っている部分がウィキペディアにあるので興味のある方は参照されたい。
 
 同じような例としては、工藤夕貴の「野性時代」がある。当時20時開始であった日本テレビ系列の歌番組「トップテン」に出演することができず、歌唱部分はVTRで流し、客席に「お客さんとして」着席していた本人に話を聞くという離れ業が披露された。SPEEDの4人組も19時台に歌ってその後は客席から座って”出演”ということがあった。
 
 前奏のアレンジだけではなく、生放送番組であると時間的な問題で曲そのものが大きく変更されることが多くあった。そのたびに間違わないように歌わなければならないし、AKB48などの振り付けが多い歌ではプロとはいえ間違いが許されない緊張感があるだろう。
 
 しかしその一方で、生放送でお客さんが目の前にいて、ステージ上で生のオーケストラのかたたちがいる環境において、歌うことができるというのは歌手冥利に尽きることであろう。
 

「今日の日はさようなら」

 「今日の日はさようなら」という歌がある。てっきり戦前に作られた作者不詳の曲なのかと思っていたら違っていて、1967年に金子詔一さんが作詞作曲をし、森山良子さんによって歌われたものだということを知った。美しい旋律と短い歌詞。
 
 希望があるというのはとてもよい日である。絶えることのない友人関係を築くことができる。自分を作ってくれた過ぎ去った日にちに感謝して、相手のいる喜びの未来に向かって羽ばたくのである。さようならを言ってもよいのである。それは、再び会うという日が来ることを信じているからである。
 
 
★ 森山良子さん『今日の日はさようなら』の歌詞

見える歌、聞こえる踊り

 ピンクレディーの人気が凄かったことは当時を知る人であればよく分かるところである。二人のルックスもさることながら、歌そのものの魅力と学校で必ず真似する子供がいた振り付けは社会現象となった。
 
 Wikipediaによれば、「当時は忙しすぎてTBS系の歌番組『ザ・ベストテン』の番組出演は覚えているが、司会の久米宏さんと黒柳徹子さんに会ったことを覚えていない」というのだからすごい。さらにはプロマイドの売上も順調であったが、「忙しすぎてちゃんとしたスタジオで撮影できなかったので移動中の局の階段などで撮った」という。
 
 インターネットも携帯電話もなかった時代。さらにいえば固定電話があっても、基本的に留守番電話もなかった時代である。忙殺された中でのスケジュール調整は簡単なものではなかったに違いない。自分たちがどう思われているか知る由もなかったはずだ。

 そんなピンクレディーが「レコード大賞」で昨年に続いて歌っていた。ミーちゃんもケーちゃんも昔のままである。生放送も昔のまま、生演奏も当然、生歌であるのもいつもどおりだ。
 
 一曲目の「UFO」での振り付けで足を横に大きく投げ出す部分があるが、今でもあんなに上がるのかと驚いた。「SOS」と「渚のシンドバッド」では衣装替えをして後方に移動、スタンドマイクで歌を披露した。その後の「サウスポー」ではまた前に出てワイヤレスマイクで臨んだ。
 
 DA PUMPの「U.S.A.」を初めて聴いた。ISSAが「自分が想像していた以上にいろんなかたに聴いてもらえて感謝の一年になりました」と笑顔で語る。続いてマイクを向けられたケンゾウは、「USAという楽曲で僕たち、、、本当に夢みたいな時間を過ごさせてもらっています」と感涙するにこちらもつられてしまった。きっと、辛いこともたくさん経験されたのだろう。
 
 この「U.S.A.」という曲はイタリア人歌手のカバーなのだという。電子音冴えるユーロビート楽曲が懐かしいが、これをオーケストラ演奏アレンジで歌って踊ってみせた彼らがすごい。タキシードを着てかっこいい。
 
 カバー曲のヒットというと、「Y.M.C.A.」はビレッジピープルが1978年に出した曲で、これを「ヤングマン(Y.M.C.A.)」として西城秀樹がカバーして大ヒットとなった。
 
 この「YMCA」の振り付けを、DA PUMPがレコ大で披露したのである。自分たちの「U.S.A.」の楽曲最後のほうでISSAが、そしてメンバー全員が頭の上で「Y」「M」「C」「A」をやってみせた。「USA」も「ヤングマン」も同じカバー曲である。今年亡くなった西城秀樹への追悼のメッセージであり、当時のレコ大で「カバー曲であるYMCAは大賞を取れない」という話を踏まえて、カバー曲を歌ったDA PUMPのメンバーが皮肉ったとも考えられている。DA PUMPは大賞を逃している。
 
 ダサかっこいいという噂の「USA」であったが、とてもかっこいいものであった。サビの部分で片足で移動するが、練習する場所と実際のステージでは滑り具合が異なる。どんな舞台に立っても歌いながら踊れるのはとても素晴らしかった。
 
 上を見ればピンクレディのような巨匠が歌って踊り、振り返ればDA PUMPのような中年域に突入したメンバーが踊っている。時代を飛び跳ねて愛される曲を引っさげてステージに登場する彼ら。彼らにしてみれば、ただやりこなしている日常かもしれないが、それがどれだけ一般の人びとの胸を熱くさせているのかということを、忙しい彼らは知らない。
  
  
★ 【日本レコード大賞】DA PUMPが大賞を逃し不満の声も YMCAで西城秀樹さん偲び話題(ニフティニュース・2018.12.31)