警察が自殺志願男性2人を保護 生きる刹那

 インターネット掲示板を利用して、集団自殺を図ろうとした男性二人が警察に保護された。警察官が自殺志願者を装って二人に近づいた。
 
 保護されたのは神奈川県内の無職男性(40)と栃木県内の無職男性(19)。インターネット掲示板を管理する会社から、「集団自殺の予告書き込みを発見した」と栃木県警サイバー犯罪対策室に通報があった。同県警安全企画課の捜査員が「(集団自殺に)まだ間に合いますか」と書き込んで接触を試みた。
 
 捜査員が「JR西那須野駅に午後11時集合」という内容を聞き出し、那須塩原市内のインターネットカフェにいた2人を保護した。駐車場に止めてあった車内からは練炭や薬剤などがあった。
 
 男性二人は「就職先が見つからなかった」「将来に目標が持てなくて、生きているのが辛かった」と話している。
 
 05年2月、大阪市内のマンションで集団自殺を図ろうとした男女が警察官に助けられたことがある。この時は自殺しようとした男女のうちの女性一人が「死ぬのが怖くなった」と自ら110番して発覚した。
 
 栃木にしろ大阪の件にしろ、集団自殺が未然に防がれたケースは少ない。人の心の奥底にある孤独、これに他人はなかなか足を踏み込めない。心がひとりぼっちになった人には積極的に足跡をつけたい。土足で入っていきたい。未来のある青年が命を絶つのは非常に悲しい。
 
 将来に夢を託すことがある。しかし将来とは無情なもので、一瞬にしてやってきて一瞬にして過去になる。つまり、我々に「現在」というのは実際はなく、今を生きるというのは誰でも大変な作業なのだ。
 
 そして「未来」は「まだ」「こない」と書く。苦しい時間は滞留することなく、誰にでも流れ去ってしまう刹那的なものであると伝えたい。
 
 当事者にすれば苦しいこともある。他人には分からない辛さもある。だから赤の他人として何度でも言う。
 
 死に神とは、生きようとする人に絶対に近寄ってこない。今回2人が助かったのは、あなたたちが、死に神にとって、全く魅力的な存在ではなかったから、ということを忘れないで。
 
  
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