愛する人を失った悲しみは永遠 65回目の原爆の日 長崎

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 人は生まれてから両親とのふれあいを知る。肌と肌のふれあいが家族の絆を強固なものにし、自分にとって大切な人は何かを知る。外に目を向ければ、友達や異性との交友関係から友情を知り、愛情を知る。
 
 そのうち言葉を交わすことをしなくても、人と人は相手の瞳を見つめるだけで人を恋しいと思う時もある。相手の瞳が輝いていてこちらを見ているのは、とてもきれいな瞬間であり、2人にとって特別な空間が生まれる。生きている者と話をしていて楽しいのは、瞳の輝きが人の生を感じさせるからである。
 
 1945年8月9日午前11時2分、原子爆弾が長崎に落とされた。一瞬にして7万人を超える人たちが亡くなった。残された人は原爆後遺症で苦しみ、家族や友人、恋人を失って失意の底に突き落とされた。
 
 第二次世界大戦は終結したが、被爆者の苦しみが海外に詳しく伝えられることは未だに少ない。そればかりか、悲惨な歴史を刻んだにもかかわらず、世界では戦争や紛争が止むことはなく、核保有国がその脅威をちらつかせている。
 
 「戦争を終結させるために投下した正当な行為」といった文言はつまるところ戦争に勝利した国がいうことのできる大義名分だけのものに他ならない。そのために払った犠牲を認識することを避ける。
 
 爆弾に優劣などないが、原子爆弾による被爆者は今も後遺症に苦しむ。戦争は全く終結していないのだ。身体に痛みが残れば、65年前の悪夢が常によみがえる。戦争が終わっていない人たちの声に耳をふさいで本当の核廃絶ができるであろうか。
 
 原爆死没者名簿に記された人は15万2276人。これだけ多くの人たちの家族や友人、恋人たちは、30万を超える輝いていた瞳を知っている人たちであり、悲しい人たちである。そして戦争を知らない人たちが空を見る時に、別の空を知っている人たちである。

 
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