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教育する立場の人

 今まで先生と名の付く人たちに多く会い、振り返ってみるといい先生とばかり接することが出来て大変光栄だったと思う。時には腹の立つこともあったが、振り返ってみたときに「あの先生よかった」と思えるのが本当にいい先生である。
 
 最近の教師による不祥事は目に余るものばかりである。特に、安全であるはずの学校の中で児童や生徒、学生に対してわいせつ行為をする先生たち。子供たちをどんな目で見ているのだろうか。ここまで先生の不祥事が多くなってくると、先生になったのは子供を”標的”にするためではないかと勘ぐってしまう。
 
 電車内の痴漢で逮捕された都立校の副校長がいる。事件の態様は悪質である。酒を飲んで帰宅中の車内で女性の体に触った。女性は車内を逃げたが副校長は追いかけて犯行に及んだ。警察に逮捕されたこの男は示談が成立したため不起訴に。東京都教育委員会は「痴漢は懲戒免職」の処分規定に則り男を退職させた。
 
 ところが、男は東京都人事委員会に「たまたま女性の体に手が当たっただけ」と痴漢行為を「否定」、処分取り消しを求めるという暴挙に出た。さらに人事委員会は「接触は極めて短時間で、悪質であるとは言えない」という決定をし、懲戒免職から停職6ヶ月と”減刑”、男は現在教壇に立っているというから驚きだ。
 
 示談したということは「犯行は認めるが、これで勘弁してくれ」ということである。被害者が示談に応じなければ、刑事事件として立件されていたのである。にもかかわらず、痴漢行為に対して「時間が短い」という人事委員会の判断はどうなってしまっているのか。この判断を被害者女性が聞いたら何と思うだろう。痴漢行為の時間の長さによってランク分けがあるとは驚きである。
 
 先生とは、教育とは、こういうものであると教えられた事件がある。
 
 イタリアの大聖堂に落書きをした岐阜県内の女子短大生が、学長と一緒に現地を訪れ、大聖堂側に謝罪した。女子学生は号泣し謝罪、大聖堂側は「学生は泣いて謝罪しているし、この件で両国の関係にひびが入ってはいけない。これで終わりにしたい」とし、さらに「謝罪訪問という勇気ある行動に感銘を受けた。(大学側からの)寄付金で落書きを消した箇所に、学校名入りのタグを作りたい」と述べた。
 
 この女子学生が大人になり子供をこの場所に連れてきたとき、自分がしたことをしっかりと説明し、このタグにはどんが意味があるか説明できたならば、大学側のとった行動も大聖堂側の粋な計らいも生きるというものであり、これが教育というものである。
 
 変質者と化した一部の教師に知って欲しいというのは虚しい願いか。
 
 
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★ 「落書き跡に銘板で校名残したい」伊の大聖堂が申し出(朝日新聞・08/7/10)
★ 「痴漢」処分軽減の都立高副校長、教員として復職していた(読売新聞・08/7/11)
★ 教師の不祥事(Yahoo!ニュース)
 
 

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