生命体の差別 花が被害に遭う事件が相次ぐ

 今年の春からプランターに入った植物などが被害に遭っている。花だけちぎられたり、根本からごっそり取られているものもある。これに対して警察は器物損壊容疑で捜査をしている。一部の事件は犯人が捕まっているが多くは未解決だ。こんな揚げ足を取っても仕方ないが、「器物損壊罪」で捜査が行われているのが悔しい。
 
 花を育てるというのは大変手間がかかる。植物、季節によって水をやる時間が違うし、肥料の具合も計算しなければならない。人の通るところに花を育てている人は、人に花を見てもらうことを楽しみにしているのだ。これは酷い仕打ちだ。
 
 我々は人との交わりの中で生活している。人だけでなく犬やネコ、家畜にも接することがある。昆虫も意識する。植物も同じである。花が咲いている光景に出会うことが出来れば、そこで時間が奪われる。
 
 花は人間に何も期待していないかもしれないが、我々は小さな生命体に思いを馳せることがある。年に一度しか咲かない桜も、梅雨時に顔を見せるあじさい、夏のひまわりも小さな命を自己主張し、それを人間は受け入れている。花をもぎ取られると人間の思いを寄せる時間までも殺される気がする。
 
 植物が人に文字通り花を添えることがある。”器物損壊”をしている人間は恐らく、人から花束を受け取ったことも無ければ、プレゼントしたこともない寂しい人間に違いない。
 
 
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