爆笑問題×東大

 深夜、テレビをザッピングしていたら爆笑問題が出ていた。場所は東京大学駒場キャンパスだ。東大の先生がたと「教養とは何か」といった内容でのシンポジウムだ。
 
 爆笑問題の太田光が言っていたのは、
 
1.「大学の先生は社会との接点がないので、守られている」
2.「東大で学んでいれば安心という姿勢は間違い。東大を疑った方がいい」
3.「東大の研究著書など読んでも分かりにくい。表現力がない。立花隆さんの方が分かりやすく面白い」
 
といったことだ。
 
 学問というのは道楽だと思っていたので「1」の太田発言は昔なら賛成していたが今は違う。その社会との接点を削ってまでする道楽のおかげで、新薬が開発されたり、文化の深層部分が解明されたり、そして「3」の分かりにくい研究著書を分かりやすくしてくれる。
 
 「2」には賛成。教養は受動的な姿勢でなく、常に攻撃的であるべきだからだ。受け身の姿勢で学ぶのは高校までだ。
 
 「3」だが、一般的な語彙を用いて文を書くのは平易で理解されやすいが、端的に専門的なことについて語るとき、専門用語を用いた方が早い場合がある。このバランスが難しいのだが、専門的であればあるほどマニアっぽい文体になってしまうのは仕方のないことであろう。
 
 太田光がほとんどしゃべっていて、先生方に対して失礼な発言もあったが、よくいろいろ考えているものだと感心した。学生の質問にも真摯に答えていた。
 
 チンパンジーの研究をしている教授がいた。「チンパンジーはすぐ切れる。しかし、人間はお節介なほど他人に優しい部分がある」。
 
 イモリの研究をしている教授は、「人間の遺伝子はイモリの40分の1しかない。イモリは人間にはない進化した部分を持っている」。手足を切っても再生するイモリ。その遺伝子研究を人の医学に応用すべく研究しているという。
 
 果たして我々人間は自分たちで思っているほど高等な動物なのだろうか。他の動物は平和に暮らしているが、時に人間は歴史に汚点を残すほど暴走する。そんな人間を他の動物はどんな教養を持って見ていることだろう。
 
 教養とは、知的好奇心を尊い、慕って、一生追い求める恋の対象のようなものである。
 
 
☆ 学校で教えることも必要だけれども、教えているのは過去のことなんだ。ほんとに問題なのは、未来なんだな。(本田宗一郎)
 
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